淡墨の深層 第十三章 たどりつきたい…

「おはよ……」

「うぅ……え? あ~⁉」


 そこは池袋のアパートの……自分の部屋。

 起きたらいきなりあやさんがベッドにいたという状況が……

 寝ぼけた頭では、すぐには理解できなかったが……

 前夜の経緯を思い出し……把握できた。


「れ・い・く・ん! おはようってば」

「……はぁ……そうだった。おはよう、あやさん」

「もぉ、寝ぼけて……思い出した?」


 それが、あやさんがとった『大胆な行動』……

 この物語の冒頭(序章)で述べた、真夜中……突然の訪問だった。


 あやさんとの関係……『辿り着けない二人』に、特に『気まずさ』を感じていたわけではなかったが……

 何となく、あやさんと顔を合わせ辛くて……

 その前夜、11月2日……日曜日の夜……

 その日曜日のヘヴィメタル・ナイトへは行かなかったのだった。




 シーンはその夜、突然やって来て僕を起こした……

 あやさんからの台詞から。


「れい、連絡もくれないままツバキ来ないし……心配したんだよ」

「ごめん……」


 当時携帯電話などは無く、僕はアパートの部屋へ電話を引いていなかった。

 勤務先へ連絡を入れるくらいしかなかった時代。


「そしたら……れいのアパート、住所知ってるなら行ってみればって言われたから……来ちゃったの」

「言われたって……誰に?」

「あ、だから……相談した人。二次会で……ツバキのメンバー」


 その『相談した人』が誰なのか、それ以上は尋ねなかったが……

 『その人』が、あやさんの元カレであったことは……後に判明する。


 更に続けるあやさん。


「明日……あさってまで、おやすみなんでしょ?」


 その日曜日を含めて僕が三連休であることを、なぜあやさんが知っていたのか?

 翌日11月3日は月曜日だったが、文化の日で祝日……

 更に次の火曜日まで、職場のシフトの関係で、日・月・火と三連休であることが、前月から決まっていた。

 その予定をツバキのメンバーへそれとなく話したのが、どんな経緯かは判らないが、あやさんへ伝わったのだろう。


「それでそのまま来たの?」

「うん。だから泊めて」


 あやさんが泊まりに来てくれるなんて……

 まったく予想外の展開に、驚きと嬉しさでどうにかなりそうだったが……

 なんとか自分自身を落ち着かせ……


「そのままじゃ寝られないでしょ? トレーナーとスウェットパンツ……替えのがあるけど、メンズので我慢してね」

「うん、ありがとう」


 とは言ったものの…

 初めてあやさんをお迎えするアパートのベッドで……そのまますんなりと眠りにつけるはずは無く……

 それまで通り……求め合う二人だった……。


 然しながら……

 結局その夜もまた、それまでと同じパターン。


 働き蜂へ蜜を提供する美しい花は……

 その歓びに咲き乱れ、色香を更に広げるも……

 なぜか途中からは……その花を閉じてしまう。


「まただ……ごめんね。相性……悪いのかな」


 何も答えない僕に、あやさんも困った様子。

 本当は僕だって、貪るように愛し合いたい。

 しかし、あやさんのそのような反応に対して強引にはなれず……

 自分自身もまた、消極的な反応をしてしまうのだった。


「あ……気にしないで。私がこんなだから……」

「あやさんが悪いんじゃないから……あやさんこそ気にしないで」


 そっと抱きしめ合ったが……どこか不安が拭えなかった。

 お互いに「気にしないで」と言いながらも……

 こんなパターンが続くのは、僕としては初めてのケースだったから。


 そんな腕の中から話してくれるあやさん。


「私も……三連休なんだ。あ、土曜も入れたら四連休か」

「え? だってあやさん、OLさんだからカレンダー通りじゃないの? 火曜日は?」


 日曜日の夜……翌月曜日は文化の日で祝日。

 しかし、次は火曜日で平日だから、会社じゃないのかな?


「有休取っちゃった。れいが今週三連休って、ツバキのメンバーから聞いてすぐに」

「じゃあさっき、二次会で相談とか言ってたのは?」

「アポ無しでいきなり夜中に押しかけても……いいのかなって、ちょっと……」

「躊躇ったってこと?」

「そう。でも……もう来ちゃったんだから、そんなこといいでしょ?」

「あ……うん」

「火曜日まで一緒にいていい?」

「うん。嬉しい」

「私も。同棲ごっこ……しようね」


 こんな展開……本来なら、再度深く愛し合うはずなのだが……

 『再度』も何も、唯の一度も辿り着けていない二人……。


 もう一度、試してみるかどうか?

 否……そんな虚しい挑戦はせずに……

 そっと唇を重ね、そして……眠りについた二人だった。

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