淡墨の深層 第十一章 敷かれた布団の上で…

 あの夜……

 あや捜査官からの『取り調べ』を受けた、あの夜から……

 

「私には面倒な遠慮、しないでね!」


 と、言っていたあやさんは……

 僕にとって既に、心を開ける存在となっていた。

 つまり僕はもう…

 あやさんを、しっかり『好き』になっていたんだ。


 然しながら……

 何かがはっきりしなかった。

 否……『何か』では、ない。

 はっきりしなかったのは……二人の関係。

 僕の気持ちは、既にハッキリしていたのだが……

 『取り調べ』を終えたあの朝、駅まで手を繋いで歩いた以外……

 進展らしきものは無かったんだ。


 


 ならば……ハッキリさせてやろうじゃないか。



「今夜は僕……二次会行かない」

「え? なんで?」


 そんなやり取りで終わったツバキハウスのヘヴィメタル・ナイト……

 否、始まった……『二人の夜』だった。


「あやさんも……二次会、行っちゃヤダ」


 そんな……『指図をする』かのようなことをあやさんに言ったのは、初めてだった。

 あやさんからしても当然、僕からのそんな『要求』は初めてであり……

 『生意気言うな』的に叱られるのも覚悟はしていたが……

 あやさんからの、意外な反応は……


「もしかして、三笠……連れてってくれるの?」

「三笠だったら、これから一緒に行ってくれるの?」

「だって……約束したでしょ?」


 それは……三笠ならOKということか。


 ホワイトパイソンの“アイ・ウィッシュ・ユー・ウェル”が流れて、ヘヴィメタル・ナイトが終わるのが21時。

 それから電車を乗り継いで、横須賀に……三笠公園に辿り着くことは、確かに可能だった。

 しかし……三笠の観覧時間は17時半まで。

 乗艦は疎か、三笠公園もゲートが閉まっている。

 そして……その夜は東京へ、戻って来れないんだ。


 あの夜……

 二次会のあと、初めてあやさんと二人で抜け出し、西口側のロワイヤル・ホストであや捜査官からの『取り調べ』を受けた、あの夜……

 “三笠”と聞いただけで「横須賀……東郷元帥?」と返してきたあやさんが……

 観覧時間までは知らなかったとしても……

 その夜は……どこかへ『お泊り』となってしまい……

 三笠へ乗艦するとすれば、それは翌朝以降になると……

 それくらいのことを、推察できないはずがない。


 つまり……いずれにしても、二人きりで一夜を明かす……

 それ自体はOKだということか……。


「ごめん。三笠はもう、閉まってるよ。でも今夜はその……あやさんと二人で、一緒にいたい。あやさんち……行ってもいい?」

「え?」

「あやさんち、行ったことないから、行きたいんだ」


 勿論……『行ったことがあるかないか』など……『理由』ではなかった。

 ただ……あやさんと、もっと近付きたかっただけ。


「いいでしょ?」


 戸惑うような……それでいて何かを隠そうとしているような……

 そんな表情のあやさんだったが……


 暫くの沈黙の後、僕の目を真っ直ぐに見つめながら……


「うん……いいよ」


 こうして……ツバキから二次会へ流れる隙にみんなを巻き……

 あやさんと、やっと二人きりになれた。



 あやさんのアパートは、西武新宿線の沿線駅から800m弱のところにあった。

 駅から真っ直ぐ……『道順』を覚えるまでもなく真っ直ぐ進んで、左側にあるアパート。


 初めて入ったあやさんの部屋は、綺麗に整理整頓されていた。


「お腹……すいてない?」

「あ……うん。すいてるかも」

「『かも』って……遠慮しないって、約束したでしょ?」

「あ……ごめんなさい。すいて……ます」

「私こそごめんね。コンビニで何か、買ってくればよかった」

「いや、べつにそんな……」

「ちょっと待ってね。あるもので何でも、作れるから。私、料理は得意なんだ!」



 暫くして出てきたメニューは……

 シェルパスタをトマトソースで和えた『何か』だった。


 美味しかった。勿論その当時……“シェルパスタ”なんて呼び名さえ、知らなかったが……


「これ……今、作ったの?」

「うん。まぁ……トマトは缶詰め使ったんだけどね」

「うんめぇ~! こんな美味しいの、いつも作ってるの?」

「もうちょっと手間ひまかければ、もっと美味しくできるよ」

「すっげぇ~!」

「ワインなら冷えてるけど、飲む? 出す順序、逆だったね!」

「はい! 頂きます!」


 二人きり。部屋で二人きり……。

 やっぱり、こういうのいいな。

 ときめくけど……落ち着く。


 落ち着きが……愛しさを、正直に投げかける。

 素直に投げかけた愛しさを……

 素直に受け止めてくれる、あやさん……

 そんな美しい貴女と……

 今夜一晩、一緒にすごせるだなんて。



「ここね……ホントは、もう一つ先の駅の方が、近いの」

「じゃあ、なんで遠回りしたの?」

「遠かったけど、回ってないでしょ?」

「うん。駅から真っ直ぐ……あ!」

「次来る時に、れいが迷子になったら困るからさ!」

「あやさん……」




 あやさんの部屋に、ベッドは無く……

 敷かれた布団の上で……縺れ合う二人……だった。

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