第12話 クラクションとアクションとアタック(3)
空は高いところにあった。手を伸ばしても届かないのが、ちょっぴり悔しい。
僕はベンチに几の字になって、だらしのない格好をしていた。そして隣には後輩がいる。
「それで? 何時にどこで話す約束したんですか?」と後輩は訊いてくる。
「とりあえず、これで缶コーヒー買ってきてくれ」といってチャンコロを投げる。後輩はそれをこぼした。「おつりはいらない」
後輩はため息をついて、自動販売機のほうへ歩いていった。親切なやつ、と、僕もため息をついた。相対して僕がクズ人間だから、ため息が出た。
戻ってきた後輩は僕の腹部に缶コーヒーを置いて、おつりもそこに置いてきた。
「それで?」
「話さないさ。あいつとは」と僕は言った。「今から久我家の屋敷に行く。後輩も来い。さっき、運転手を呼んだ」
「え?」
「本物の久我リーシャは――まあ、本当にいるなら、だが――やはり、屋敷に居る可能性が一番に高い。邪魔な偽物は、適当な喫茶店に呼び寄せて絶対にいないはずだから、屋敷に久我リーシャが居た場合、それは本物の久我リーシャだってことだ。つまり、今から屋敷に向かって確認しに行く」
「じゃ、じゃあ、さっき約束してたところには……」
「……行かないが」と僕が言うと、運転手が来た。
「おまたせしました! だんな!」というと、隣にいた後輩を見て、「女連れっすか、だんな、あんたのこと見損なったよ!」
僕は無視して、「行くぞ、後輩」と言ったが、後輩が動こうとしなかったから、手を取って一緒に荷台に乗った。
「おい。ちょっと走るの、もうちょい待ってくれ」
「? 分かりやした!」と運転手は言った。
「なあ」と僕が後輩に言う。「おまえ、何で『キギスの明敏』に入ったんだ?」
「どうしてそんなこと訊くんですか?」
「向いてないからだ」
後輩はキッとなって一瞬は僕の顔を見たが、すぐにさっと目を逸らした。
「正義感が強いのは、人として最も素晴らしい美点の一つだ。だがな――」
「ちが、ちがう。私は……怖いだけだよ」
これ以上、踏み込むのは違うか、と思って、運転手に合図しようとしたとき、
「私、友だちを助けるためにここに入ったの」と言い聞かすようにはっきりと後輩はいう。
「そっか」にっと笑った僕は運転手に合図する。
走りだした軽トラックはまたもや新幹線のようなスピードで走っていく。これを忘れていた僕は初速の段階で焦って後輩の体を抱きしめて伏せ、振り落とされないようしっかりと、もはやなんでも藁に見えそうなくらいだが、それらを掴んだ、状況によっては、何にだって藁になることを、僕は学んだ。何度も吹き飛ばされたかと思った。
後輩は吐いたが、僕も吐いた。これに慣れうることは、人間にとって可能なのだろうか。誰か、これについての研究を早く教えてくれ。
「せんぱい、これ、やばいれす」
「そんなやばいすかね?」と運転手は僕に問う。
「おまえな……」といって僕は言葉を
「うーん。これ直せないんすよね。スピード出さないと爆発するんすよ」
「マグロか!」と言った後輩は、運転手に「マグロは爆発しないっすよ」と言われ、顔を赤くしていた。
「さて、後輩、行くぞ」と僕はいって、後輩に手を貸す。「マグロはここらへんで時間潰しててくれ。多分、そんな時間はかからないと思う。僕の見立てだと二時間くらいだ。呼んだらすぐこれるようにしてくれ」
「俺のあだ名はマグロすか!」とマグロは、とほほと言ったが刹那、「了解っす!」と元気よく返事した。こういうやつは、どうやっても憎めそうにない。
「ちょっと休憩するか?」と僕が提案すると、
「いや、いいです。急ぎましょう、先輩」と真っすぐな眼差しで言う。
軽トラックから降りたのは、久我家の屋敷から少し離れたところにある、とある森だ。どうやらこの森を通り、久我家の所有している土地に(久我家は森を所有していて、屋敷の敷地に面している)辿って行けるようだ。
「これからかなり歩くが、本当に平気か?」
「はい、別に嫌な気分なわけではありません。ちょっと胸が、精神的にきつくて」
「?」
顔は赤いが、無気力になっているわけではなさそうだったので、後輩と一緒に森のなかを進み始めた。ここら辺は、蛇とか、なんならクマとかもいるそうだから、それらに警戒しつつ、進んでいった。一匹、ヤマカガシと出会って殺した。
「着きましたね。先輩」と小声で後輩が言う。夕日が伴って、その横顔は
「そうだな……」と言って、屋敷の外観を観察しながら、検討する。「隅っこから行くか。二階の窓からなかに入る。縄でのぼる」
「窓は破壊するんです?」
「いや……やっぱり窓はやめよう。とりあえず屋敷の上にのぼって――」
「先輩。ここまで来てなんですが。私は正門から堂々と中に入ろうと思います」
どうやら知人としてなかに入ろうとしているようと見える。
「屋敷の人間が、おまえが久我リーシャの関係者だって知っているのか? それに久我リーシャにまつわるやましいことがあることは、ほぼ確定してるんだ。『キギスの明敏』に依頼がきてるってことはそういうことだからな。だから、あいつの友だちだって言ったってなかに入れてくれるとは思えないんだが」
「それについては、私には考えがあるので。先輩、私たち別々に入りましょう」
「つまり?」
「私はなかに入ってできるだけの状況を伝えます。こちらに面している窓がもし開けられたら、開けるので、そこから中に入ってください」と緊張した様子で後輩は言う。
「どうして急にそうこという」
「私、今のまま一緒に中に入ろうとしたら、足手まといになります」
「まだ怖いのか?」と言うと、後輩は頷く。僕はホッとした。「自分が分かるのは
頭にぽんと優しいつもりで手を置いた。「僕は移動を始める。失敗したら暴れるか、連絡。分かったな?」
「はい!」
僕はそそくさと移動を始めた。後輩が少し心配だが、僕も緊張していて、ひどく喉が渇いた。
それにしても、なかなか
亜鉛のサプリメントを無理に飲み込むと、一つ息をついて、集中した。
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