【毎日15時投稿】NERV - 壊れゆく秩序
湊 マチ
第1話
第1話:政治の影
佐伯隼人は、窓の外に広がる東京の夜景をじっと見つめていた。幾千の街灯が無機質に輝き、空には赤く光る信号機の明かりが微かに見える。その光景は、まるで無数の命が繋がる無意味な現実を象徴しているかのようだった。しかし、その現実の中で動いている人々、そしてその裏で支配している力に、佐伯は深い懐疑と共に身を置いていた。
「隼人、資料は揃ったか?」
背後から声がかかる。振り返ると、そこには冬月コウゾウが立っていた。いつもと変わらぬ、冷静で慎重な表情だが、その眼差しにはどこか疲れが見え隠れしていた。
「はい、少しだけ時間がかかりましたが、これが必要な分のデータです。」
佐伯は手に持っていたファイルを冬月に差し出す。
冬月はファイルを手に取りながら、佐伯の顔を一瞬だけ見つめた。その視線には言葉にしない圧力が含まれている。佐伯はその視線を受け流し、再び窓の外へ目を向ける。
「ネルフ内部の物資供給が逼迫していることは承知しているだろうな。特に燃料と食糧、そして医療物資が不足している。」
冬月が言葉を続ける。「ゼーレからの要求も日に日に厳しくなっているが、これをどう乗り越えるか、君にかかっている。」
佐伯は軽くため息をついた。「わかっています。」
だが、心の中では冷静に考えていた。ゼーレの要求は、決して単なる物資の供給だけにとどまらない。彼らの目標は、あくまで人類補完計画を前進させること。そしてそのためには、ネルフ内外のリソースをどれだけ効率的に回し、最も効果的なタイミングで使うかが問われる。だが、同時に佐伯はその過程で一度も「正義」や「倫理」を振りかざすことはできないと知っている。政治は冷徹で、時に非情である。
「では、早急に進めてくれ。」冬月は短く言い、部屋を出ようとした。しかし、その足を止め、わずかに背を向けたままで言った。「君には覚悟が必要だ。これから先、何が待ち受けているのか、君もよく理解しておくべきだ。」
その言葉が、佐伯の胸に重くのしかかる。冬月の言葉通り、ネルフでの仕事は今、想像以上に深刻な事態に直面していた。だが、何よりも佐伯が恐れているのは、ネルフ内部で巻き起こる政治的な嵐だ。
― 午後、ネルフ本部 ―
佐伯は次の会議のため、会議室へと向かっていた。途中で、加持リョウジが歩いているのを見かけた。彼は情報部員として、裏で数多くの情報を握っている人物で、佐伯と同じくネルフ内部の動向に敏感な人物だ。
「おい、佐伯。ちょっといいか?」加持が手を挙げて呼び止める。
「なんだ?」
佐伯は足を止め、加持を見つめた。
加持は一瞬周りを見渡すと、低い声で言った。「ゼーレのやり方、どう思う?」
佐伯は考え込み、無言で一度立ち止まる。加持の言葉には、単なる情報交換ではない、もっと深い意味があると感じていた。
「彼らは…本気で補完計画を進めるつもりだろう。」
佐伯は静かに答える。「でも、彼らの計画がどれほどの犠牲を伴うか、まだ誰も知らない。少なくとも、私たちの上司はそれを意識して動いているだろう。」
加持は口元に微笑みを浮かべた。「その通りだ。だが、俺はどんな犠牲があっても、ネルフが生き残ることが最優先だと考えている。」
その言葉に、佐伯は少し驚きの表情を浮かべるが、すぐに冷静さを取り戻し、黙って歩き出す。加持はその後ろをついてくる。
会議室に入ると、すでに他の部門の幹部たちが集まっていた。皆、顔には緊張の色を浮かべている。特に、国枝隆司はいつになく険しい表情をしていた。彼もまた、ゼーレの圧力に敏感な一人だ。
「それでは、会議を始める。」ゲンドウ・イカリが低い声で言うと、場が静まり返った。
ゲンドウは一度、参加者全員を見渡しながら言葉を続ける。「ネルフが直面する危機はこれまで以上に深刻だ。物資が足りない、リソースが不足している。だが、ゼーレはそれを無視している。彼らは計画を止めることなく進めようとしている。」
佐伯は心の中でそれを否定できない自分に嫌悪感を覚える。ゼーレの意向がどれほど強力でも、ネルフ内の勢力がその要求をどこまで受け入れるかが、今後の鍵となる。しかし、その裏で流れる不穏な空気、誰もがそれを感じ取っていた。
国枝が声を上げる。「このままでは、完全に内部が分裂する。我々は、ゼーレの要求にどう対応するかを決めるべきだ。」
その言葉に、ゲンドウが静かにうなずく。「我々には、今、選択肢がある。しかし、どれも簡単ではない。」
彼の言葉は続いたが、佐伯はその内容よりも、背後で蠢く陰謀に意識が引き寄せられていった。
会議が続く中、佐伯は自分の心の中で一つの問いを繰り返していた。
「このまま進むことが、最善なのか?」
その答えを探すために、彼はネルフという組織を、そしてその背後で操る者たちを、少しずつ理解しようと決心する。だが、その選択肢がどれほど恐ろしい結果を招くのか、まだ彼は知る由もなかった。
次回予告
佐伯は、ネルフ内で起こる派閥争いと、ゼーレとの交渉に翻弄されながらも、次第に自らの選択を迫られることとなる。彼の目の前に現れたもう一つの選択肢。それは、ネルフを裏切るか、それとも組織に従うかという究極の決断だった。
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