エピローグ

第34話 パーティーと新たな挑戦

「本日は、仙石建設MBバレー部、第1回日天島ジュニア大会優勝記念パーティーにお集まりいただき、心より御礼申し上げます。MBバレー部監督、仙石裕貴です。皆様の熱い応援のおかげで、私たちは望外の結果を手に入れることができました。しかし、これは始まりに過ぎません。一歩一歩、努力を積み重ね、私たちはさらなる高みを目指し、ゆくゆくは全国制覇を狙っていきます。その長い道のり中で、皆様の応援は私たちの力になります。どうか今後とも仙石建設MBバレー部への継続的なご支援、応援をよろしくお願い致します。それでは僭越ながら、乾杯の音頭を取らせていただきます。皆様、お手元にグラスをご準備ください。ご唱和お願いします。日天島と仙石建設の輝かしい未来、そして私たちの新たな挑戦に──乾杯!」


「乾杯!」


 仙石家の別荘に集まった老若男女が、グラスを掲げる。チリンチリンと、あちこちでグラスが触れ合う涼やかな音が響いた。


 当初は身内だけの新生MBバレー部お披露目パーティーだったはずが、裕貴の主導で日天島の財界人や名士も招かれ、優勝記念パーティーに変貌してしまった。


 それでも、パーティー自体はカジュアルなスタイルなので、隼人たちを含めて参加者は皆、アロハシャツやTシャツ、サマードレス姿でリラックスしている。特にMBバレー部の女性陣は、胸元が開いている大胆なドレスを着こなしていた。


 大仰な裕貴の挨拶を話半分に聞いていた暗子とエリスは自称監督に白い眼を向け、小声で文句を言う。


「いつの間にか、全国大会優勝を目標にされてるっすけど……」


「監督って、どういうことよ……」


 隼人は苦笑いする。


「まあまあ、これも点数稼ぎの一環なんだろうが……後ろ盾にはなってくれるだろ」


「一応、会長と社長の了承は得たらしいけど……私たちに事後報告だったからね。パーティーの準備や段取りは全部してくれたし、お金も払ってくれたから、そこに文句はないけど……」


 千尋は呆れながら言う。


「念のための確認だが、監督さんは、MBバレーに対して余計な口出しをするつもりはないよな?」


「もうすでに怪しいけど……そこは大丈夫。コーチと選手の自主性に任せるって」


「自主性か、便利な言葉だな……」


 四人で裕貴への不満をグダグダと喋っているところに、JKの集団が近づいてきた。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます……」


「誠にありがたく存ずる」


 神岡と武曽が背筋をピンと伸ばし、畏まって頭を下げてきた。


 後ろにいた田中たちMバレー部も表情硬く、一礼する。


 千尋がほがらかな笑顔で挨拶を返す。


「みなさん来てくれてありがとう! でも、そんなに緊張しなくても大丈夫! 兄が東京で有名なハンバーガーショップの方を呼んだから、お腹いっぱい食べて行って!」


 テラスから肉汁が爆ぜる音と香ばしい匂いが漂ってきた。


 裕貴が手配した軽食は他にも色々あるが、やはり今日のメインディッシュは和牛を使った特製ハンバーガーだ。


「それじゃ……遠慮なく頂いてきます」


 田中たちがテラスへ向かう中、神岡と武曽はその場に残った。二人の表情には、まだ緊張の色が残っている。


 エリスが疑問を口にする。


「何よ……ハンバーガー嫌いなの?」


「そうじゃないけどさ……あーしたちって、何をすれば?」


「うむ、土下座すればよいのか?」


 武曽と神岡が床に膝をついて、頭を下げようとする。


 暗子とエリスが慌てて押しとどめる。


「そんなのいらないっす!」


「アンタたち、ワタシたちのことを何だと思っているのよ!」


「え~と、復讐に燃える忍者とビリキン?」


「ビリキンって何⁉ もしかして、電撃ビリビリな金髪? はあ……もういいわよ……ほら、立って立って」


 神岡たちがエリスたちに腕を引かれて立ち上がる。


「とりあえずアンタたちに求めるのは、名前を覚えてもらうことね。ワタシは松田エリスで――」


「――アタシは百地暗子っす!」


「二度と忘れないように(っす)‼」


 エリスと暗子の凄みを見せる顔に、神岡はうなずいた後、拍子抜けしたように言う。


「……それだけでいいの?」


「戦いはこれからも続くっすからね」


「ワタシたちも今年は絶対に東京都代表になって、高校選手権本戦に出場するわ! もっと強くなってやるから覚悟しなさい‼」


「ほう……それは楽しみだ! 我らも負けていられないな、璃音!」


「いやー、そうくるか。あーしたちも気合を入れ直さないとマズいなこれは……」


 死闘を繰り広げた末に友情が芽生えたのか、JK四人が熱心に話し込み始める。


 しばらく隼人はその様子を見守っていたが、テラスの異変に気づいて忠告する。


「そろそろ、お前らもバーガーを食べてきたほうがいいぞ。思った以上に田中たちのペースが速い」


 暗子たちがテラスに目を向けると、ハンバーガーを貪る肉食バレー部の集団を目の当たりにする。


「マズいっす! このままじゃ全部食べられちゃうっす!」


「せめて四個は確保しないと!」


 エリスと暗子は神岡たちと息を合わせ、次の試合に向かうかのようにテラスへと駆け出していった。


 JKたちを見送った千尋がきょろきょろと周囲を見回す。


「そうそう隼人君! 今日、会長は来られなかったけど、社長は来る予定で――」


「――わたしなら、ここにいるが?」


 大柄の中年男性が突然背後から現れた。声をかけるタイミングを見計らっていたようだ。


 180センチほどの身長にジムで鍛えているのか引き締まった肉体。きっちりとセットされた短いグレーの髪と、額に刻まれた歴戦のしわが威厳を醸し出している。その眼光はまるで獲物を捉えた猛禽類のように鋭いが、パイナップル柄のアロハシャツが不思議と威圧感を中和していた。


「初めましてだな、岩崎隼人君」


 社長は隼人を上から下まで品定めするように見据えた。


「わたしが社長の仙石貴之だ。今度から君の雇い主になるわけだが……君に関しては色々と話を聞いている」


 言外のプレッシャーに隼人は臆せず応じる。


「よろしくお願いします、岩崎隼人です……パイナップルって確か金運アップでしたっけ」


 社長の表情がわずかに緩んだ。


「そうだ。我が社の繁栄に願をかけてな……ところで君は一体いつ娘とよりを戻したのかね?」


 唐突な話題の転換に隼人は面食らう。


(より? 何のことだ? もしかして、大学時代の偽装彼氏のことか?)


 チラリと横を見ると、千尋は目を見開きながらフルフルと首を振る。


(千尋はバイセクシャルのカミングアウトは家族にしていないし、大学時代、俺が表向きの彼氏だったことも話していないと言っていた。ということは社長の独自調査か? 千尋が心配で探偵でも雇ったのか?)


 隼人は瞬時に状況を把握し、真実に嘘を織り交ぜて、大学生カップルにありそうな話を即興で組み立てた。


「えー、何か勘違いがあるようですが……俺と千尋――さんは、よりを戻していません。大学卒業と共に別れました」


「付き合っていたことは認めるのだな!」


「認めますが……もう過去の話です。今はただの友人――いえ、チームの同僚です」


「それをわたしに信じろというのかね?」


 社長は眉を寄せ、疑いに満ちた目で二人を交互に見た。


 千尋が話を合わせてくる。


「隼人君の言うことは本当です! 社長‼ 三年間はいいお付き合いでしたが……将来を考えて、性て――間違えた! 性格の不一致でお別れました」


 隼人が内心でヒヤリとする。


(今、千尋……性的志向の違いと間違えそうになったよな。いや、まあ、それが真実なんだが……)


 千尋がここぞとばかりに畳みかける。


「隼人君をコーチに誘ったのは、人となりと能力を知っていたからです! 言い方は良くないですがコネみたいなもので……そこに特別な意味はありません! あれです! 男女の友情は存在するんです! お父さん‼」


 娘の弁明を一通り聞き終えた社長は、最後の問いを千尋にぶつける。


「では……この男はただの友人、ただの同僚で、結婚するつもりはないのだな!」


「ありません‼」


「それを誓えるか!」


「誓います‼」


 父と娘の視線が交錯し、場の空気が張り詰める。


「…………」


 社長が根負けして、ゆっくりと息を吐いた。


「……そこまで言うのなら、わたしも娘の言葉を信じよう」


 隼人たちがホッと胸を撫でおろした時、社長は思い出したように言った。


「そうだ、一応言っておくが、MBバレー部の契約は単年だ。結果を出さねば君も選手も契約終了となる。肝に銘じておくように」


「えっ? 社長、それは――」


 千尋が反論しようとするのを隼人が手で制した。


 社長が再び鋭い視線を隼人に向ける。


「何か、不服でもあるかね?」


 隼人は毅然きぜんとして答えた。


「いえ、特にありません。サッカーでも野球でも、複数年契約を結べるのは実力や人気がある選手だけです。己の価値を証明し続けなければ、プロスポーツの世界では生き残れません」


 社長は短く鼻を鳴らした。


「フンッ! それを理解しているなら、問題ない。仙石建設の名を世間に広めるよう尽力じんりょくしたまえ」


 パーティー会場に知人を見つけたのか、社長は颯爽と去っていた。


 隼人と千尋は大きく息を吐く。


「大会で社長がうわの空だったのって、試合じゃなくて俺のことを気にしていたせいか……」


「そうだったみたい……ごめんね、隼人君。色々と迷惑をかけて……契約も一年で」


「そこは振り出しに戻っただけだし、気にしてない。プロは常に結果を求められるシビアな世界さ……」


「それはそうかもしれないけど……私も父の言葉で決心がついたわ! 今年はチームのSNS活動を頑張ってみる!」


「『仙石建設の名を世間に広めるよう尽力しろ』か。MBバレー部の人気を高めれば、多少大会の結果が振るわなくても、契約を継続してくれるかもしれないし、その作戦はアリだな……でも、SNS活動って何をすればいいんだ?」


「そこが問題よね……自己紹介動画とか? 練習風景をアップするとか?」


「それだけじゃ企画として弱いよな。フォロワーが増えるアイデアか……う~ん、何も思いつかない……」


 隼人と千尋が頭を悩ませていると、聞き覚えのある声が響いた。


「おーい、隼人君。お久しぶり~」


「こらっ! 夏海、きちんと挨拶しなさい……本日はご招待いただきありがとうございます。優勝おめでとうございます」


 藤田夏海と高村涼香のコンビが、仕事の合間を縫って祝いに来てくれたようだ。


 初対面の千尋が頭を下げる。


「お祝いの言葉ありがとうございます。MBバレー部マネージャーの仙石千尋です。藤田さんと高村さんの海外での御活躍は、私も配信で拝見しています」


「そんな敬語なんて、いらないですよ! よろしくお願いします、千尋さん」


 高村と千尋が互いにかしこまって頭を下げる中、隼人は藤高コンビの隣にいる人が気になっていた。


 サマースーツを着たショートカットの小柄な女性がニコニコして立っている。髪はビビットな緑色だが、〈オーラ〉は感じないので地毛ではなく染めているのだろう。


(誰だこの人? 招待客にこんな人いたっけ?)


 隼人の視線を察して、藤田が紹介してくれる。


「この人は、私がよくお世話になっている編集者さんで、どうしても一緒に来たいって言うから、アポなしで連れてきちゃった。隼人君、突然ごめんね」


 女性編集者が隼人に名刺を差し出し、張り切って自己紹介を始める。


「初めまして、啓談社けいだんしゃの週刊ヤングブレイク編集部、グラビア班所属の片山唯花かたやまゆいかと申します」


 隼人は名刺を受け取りつつも、混乱していた。


「……ヤングブレイク? グラビア?」


「なになに、どうしたの隼人君?」


 千尋が高村との挨拶合戦が終わったのか横から顔を出す。


 片山は目を光らせながら、隼人と千尋に向かって熱く語り出す。


「先日の大会で、SNSのバズりを拝見しました! このバズりを一過性のブームで終わらせるのは正直もったいないです! 鉄は熱いうちに打てと言います! すぐに百地暗子さんと松田エリスさんのペア水着グラビアを撮りましょう! 上手くいけばさらにバズって、人気やフォロワーも、うなぎ上りですよ‼」


「ええっー⁉」


 パーティー会場に、隼人と千尋の驚愕の声が響き渡った。(了)

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マジカルビーチフェアリーズ ~元カノ令嬢に拾われたニート(コーチ)は、JKニンジャと電撃ビリビリ娘の最弱ペアを世界最強に導けるか?~ 夜明ヒカル @460xe

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