第32話 1回戦とおにぎり

 試合開始時刻が迫り、隼人たちは試合用コートへ移動した。


 キャプテンのエリスが、相手キャプテンの小島と向き合い、審判がコイントスをする。


「裏」


 エリスが言う。


「表」


 小島が言う。


 コインは裏だったようで、エリスがサーブ権を取った。


 小島はエリスの選択に意外そうな顔をするが、セオリー通り風下のコートを選んだ。


 MBバレーにおいて、多くのペアはコート権を取る。風向き的に有利なコートを選べるだけでなく、相手サーブをレシーブする方が、先にオフェンスとなり攻撃できるからだ。


 逆にサーブ権を取る方は、風向き的に不利なコートで始まる。それでもサーブを選ぶのは、自分のサーブに絶対の自信があるという宣言に他ならない。


 隼人は松百ペア側の風上にある選手ベンチに向かう。そこには選手用パイプ椅子が二つ並んでいて、追加で後ろにコーチ用の椅子が設置されていた。隼人はそこに腰を下ろし、バッグを足元に置く。


(ふう……この位置に座るのは初めてだが、意外と座り心地は悪くない。でもまあ、俺の出番があるかまでは分からないが……)


 基本的にコーチは試合中、アドバイス、助言はできない。アドバイスが許されるのは、各ペアが1セットに一度だけ取れる30秒のタイムアウトの時だけだ。


 エリスは審判からボールを受け取ると、サービスゾーンへ歩いていく。


 暗子は、臀部でんぶに両手をピッタリつけて、相手から見えないように指でディフェンスのサインを出す。


 対面コートのライトを守る小島とレフトを守る牧野は中腰の態勢で、固唾かたずを飲んでエリスの動きを注視する。


 審判台に立った主審がサービス許可を表す腕を振るジェスチャーをして、笛を吹く。


 試合開始だ。


 エリスは助走しながら、〈紫電星霜〉を発動し、紫色の燐光をまとう。


 手首のスナップで前回転をかけながらトスを上げる。


 助走の最後の一歩を大きく踏み込むと、腕を大きく振って、ジャンプ。


 腕を弓のように引き絞り、スイング。


 インパクト。


 紫電のジャンプスパイクサーブが、相手コートのど真ん中、ミドルのエンドラインへ一直線に飛んでいく。


 サーブ後、ブロッカーのエリスは即座にネット際に走る。


 小牧ペアは丸い障壁〈サークルバリア〉を発動するが、アイコンタクトをしてサーブを取りに行くのを止めた。


 ボールが砂に突き刺さり、ホイッスルが鳴る。


 際どい場所だったが、ラインジャッジは旗を上げなかった。


 ボールはイン。


 スコアは1対0。よし、松百ペアの先制だ。


 小牧ペアは悔しそうな顔をするが、すぐにサーブレシーブのポジションに戻る。


「まずは1点」


「1点っすね」


 松百ペアは軽く手を合わせて、エリスは再びサービスゾーンへおもむく。


 そこからエリスは連続でサービスエースを決める。


 2点目はライトの角に、3点目はレフトの角にボールを叩き込む。


 3対0。ここまでは作戦通りの完璧な滑り出しだ。


 隼人は二人と相談して、エリスの強力なジャンプスパイクサーブでエンドラインぎりぎりを狙い、点を取れるだけ取る作戦を立てた。サーブは風にかなり左右されるのだが、幸い今日は風が穏やかで、狙いをつけやすい。


 このまま行けるとこまで行ってくれ。


 エリスは4球目を再びミドルへ放つ。


 牧野が体をピクリと動かすも、また途中で足を止める。


 ボールが砂に円形のマークを刻む。


 今度は、ラインジャッジが旗を上げた。


 ボールはコートの外、アウトだった。


 3対1。


 小牧ペアが嬉しそうに肩を叩き合う。


 ボールを受け取った小島がサービスゾーンに下がっていく。


「狙いはいいっすよ! 3対1、リードっす!」


「3対1、このままリード」


 点数を復唱しながら、松百ペアが守備位置につく。


 MBバレーは点差によって、かなり戦い方が変わるスポーツだ。勝っているのか、同点なのか、負けているのか。常に状況を頭に入れながら、次のプレーの動きを考えなければいけない。


 笛が鳴り、小島のサーブが始まる。


 小島は緑色の燐光をまとい、ジャンプスパイクサーブを放つ。


 ボールはレフトのエンドライン狙い。


 エリスが下がってアンダーパスの構えを取るが、ボールは物理法則を無視するような角度で急激に曲がり、ライトへ軌道を変える。


〈風属性魔法師〉である小島は、風の力でボールにスピードと回転を与え、軌道を自在に操り、相手を翻弄するプレースタイルだ。ここまでは予習済みである。


 暗子が〈ストレングス〉を使って瞬発力を強化しボールに飛びつく。レシーブ成功。すぐさま方向転換して、ネットに走る。


 ボールはレフト側に上がり、エリスがオーバーパスの態勢を取る。


「暗子、ダブル!」


 助走の勢いそのままに、JKニンジャが黒い燐光をまとって分身した。ネット際に二人の暗子が並び、同時にジャンプする。


 小島は目を見張りながらも、左側の暗子目がけて手を伸ばしブロックする。しかし、ボールはむなしく通り過ぎ、右側の暗子がフリーでスパイクを叩きこんだ。


「えー! あれって〈分身の術〉⁉」


「オーマイガー! ニンジャガール‼」


 観客席から大きなどよめきが起こり、外国人客も大喜びだった。


 これで4対1。


 主審が笛を吹いて、左腕を前から後ろに、右腕は後ろから前に動かし、ローテーションを表す独特なジェスチャーを取る。


 両チームの合計点数は4+1=5。5の倍数なのでコートチェンジだ。


 松百ペアと小牧ペアがポールの外側を回って、コートを交換する。


 その様子は対照的で、楽しそうに喋るエリスと暗子、悩ましそうに喋る小島と牧野。


 小牧ペアは内心、相当焦っているだろう。トーナメント表を見た時は、去年一勝もしていないシード15位の雑魚ペアと当たってラッキー、と思っていたかもしれないが、蓋を開けてみれば、この試合展開だ。


 暗子がボールを受け取り、サービスゾーンに入る。


 サーブを打った側がラリーに勝って点数を入れた場合、サーバーは変わらないが、レシーブした側がラリーに勝った場合、サーバーは交代する。


 暗子は〈魔法〉を温存して、普通のフローターサーブを打つ。


 レフトの牧野がレシーブ。


 小島はアンダーパスでセットを上げる。


 エリスは牧野とネットを挟んで腕を突き出し、ストレート方向をブロックする。


 牧野の体が茶色に光って、ボールの横側を叩き、クロス方向にカットを打つ。


 暗子が体を赤く光らせ、シングルハンドでダイブするが、ボールは突如、土に包まれ、飛距離が伸びず落下する。


 暗子の目の前で、土のかたまりがゴロゴロとコートを転がった。


 ホイッスルが響く。


 4対2だ。


 初めての攻撃成功に、牧野と小島は両手でハイタッチする。


〈土属性魔法師〉である牧野は、ボール表面に土を付着させることで、重量や形状を変化させ、ボールの軌道を予測困難にする技を持つ。


「4対2、ここまではデータ通りっすね!」


「4対2、相手の戦術が去年と変わってないなら勝てるわね! 油断はせずに一気に行くわよ‼」


「OKっす!」


 二人の言葉通り、結局小牧ペアは、エリスと暗子の変幻自在の攻撃に対応できなかった。


 じわじわと点差が開いていき、ついにスコアは14対9。松百ペアのマッチポイントだ。


 エリスのサーブ。


 エリスは臆することなく、ジャンプスパイクサーブでエンドラインぎりぎりを狙うが、ボールは枠の外へ逸れた。


 14対10。


 この試合にデュースは無いので、小牧ペアが逆転勝利するには、五連続得点が必要だ。


 牧野が小島の肩を叩き、その場で何かをささやいた。小島は両手でT字を作るハンドシグナルを審判に見せ、タイムアウトを取った。


 タイムアウトを要求できるのはキャプテンだけなので、牧野が小島に休憩を促したのだろう。


 30秒の休息時間が訪れる。エリスと暗子がベンチに戻ってくる。


 隼人は無言で、バッグからスポーツドリンクの入った水筒を差し出す。


 二人は水筒を受け取り、椅子に座って喉を潤しながら、話し合いを続けていた。


「最後のサーブだし、何か仕掛けてくるわよね?」


「絶対そうっす! サーバーは小島だから、風でとんでもない回転をかけてくるかもっす!」


「そうよね……前か後ろか、ライトかレフトか、どこにボールが飛んでくるか、全然予想がつかないわ……ねえ、隼人はどう思う?」


 あえて黙っていた隼人は、選手に意見を求められたので、コーチとして口を開く。


「何かを仕掛けてくるのは確実だが、内容までは読めないな。7オーダーも相手は全部使ってない。俺たちと同じく隠し玉があるはず。だが、結局は〈風魔法〉だからな……ここでアイポジションを使ってみるか?」


 隼人の提案に松百ペアが驚きの声を上げる。


「えっ? それってミドルに前後で並ぶディフェンスよね?」


「Iの字みたいに真っすぐ並んで、サーブを打たれた後、ライトかレフトに移動する戦術っすよね?」


「よく覚えてるな、二人とも偉いぞ! 小島がどこにサーブを打ってくるかは読めない。だが、Iポジションならミドルは塞がれるから、必然的にライトかレフトに打つことになる。そして〈風魔法〉を使うなら、ライトからレフトに曲げるか。レフトからライトに曲げるかの二種類しかない」


「どっちに曲がっても、結局二択になるのね」


「二択なら対応できるはずっす……アタシが後ろに回るから、エリスは前を頼むっす!」


「任せて!」


「よし! 行ってこい!」


 タイムアウトが終了し、二人は意気揚々とコートへ戻る。


 主審が腕を振り、サーブ開始の笛を吹く。


 エリスと暗子は、縦に連なるIポジションで身構える。


 サービスゾーンの小島は、松百ペアの特殊な守備シフトにも顔色を変えず、〈ストレングス〉を発動して、トスのボールを真上に途轍もなく高く上げた。


(一体、何を仕掛けてくる?)


 隼人と松百ペアは、小島の動きに全神経を集中させる。


 小島は体を緑色に光らせると、その場でグルグルと高速回転を始めた。足元から砂が舞い上がり、風の渦を引き起こされる。


 あれは〈トルネード〉――竜巻を生み出す〈風魔法〉だ。


 気づけば牧野はサイドライン側に逃げていて、小島はコートのど真ん中を通るラインに照準を合わせ、巨大竜巻にボールを乗せ、一気に射出した。


「キャー‼ トモ君、ヤバくない⁉ こんなのアリなのー‼」


「ゲホッ! ゴホッ! マジでヤバいけど……MBバレーは協会が許可さえすればどんな〈魔法〉でもアリなんだよー‼」


〈トルネード〉で巻き上げられた砂を浴びるカップル客が、悲鳴にも似た声を上げる。


 竜巻を冷静に観察する松百ペアは、とりあえず身を守ることを選んだようだ。


「エリス! ドームバリアっす!」


「分かった!」


 暗子とエリスは、自分を包み込むように〈ヘキサバリア〉を多重展開。青く輝く半球状のドームがコートに二つ生える。


 すぐさま竜巻に飲み込まれるが、バリアは持ちこたえた。


 砂の嵐が通り過ぎ、二人はバリアを解除する。体は何事もなく無事のようだが、ボールはいつの間にかコートに落下していた。


 審判が笛を吹く。


 14対11。


 さらに合計点数が25に到達。5の倍数なのでコートチェンジだ。


 松百ペアと小牧ペアがコートを移動する。


 その様子は対照的で、楽しそうに喋る小島と牧野、悩ましそうに喋るエリスと暗子。


 奇しくも最初のコートチェンジと真逆の状況だ。


(ここで、こちらもタイムアウトを使って、一旦考えるのも手だが……)


 隼人の視線がキャプテンのエリスに向けられる。だが、エリスにタイムアウトを取ろうとする素振りは特になかった。


 松百ペアの顔は覚悟が決まっている。


 短い話し合いの中で答えを見つけたようだ。


(それでいい……二人とも成長したな)


 隼人は人知れず微笑む。


 サーブ開始の合図。


 サービスゾーンの小島は、体を緑色に光らせると、風の渦を生み出す。


 再び巨大な竜巻が、松百ペアに襲いかかる。


「エリス! 作戦通り頼むっす!」


「任せて!」


 先程と同じようにエリスは自分を守るドームバリアを展開した。


 だが、暗子は違う。〈ストレングス〉を発動し、ドーム目がけて後方から全力ダッシュ。


(そうか!)


 普通のビーチバレーでは、チームメイトや何かしらの構造物(ボールを含む)を足場や支えにする行為はアシステッド・ヒットとして反則である。しかし、MBバレーでは〈魔法〉そのものや〈魔法〉で生み出した構造物は、その例外とされている。


 暗子はエリスのドームバリアに飛び乗り、全身の力を込めて蹴り上げた。


 大空へ身を投げ出すようにジャンプ。


 竜巻に飛び込んだ暗子は、風の流れを巧みに利用して、螺旋を描きながら上昇していく。空中に浮かぶボールが、目の前に迫った。


「あった! これで、決めるっす‼」


 暗子は体を青白く光らせながら、サッカーのオーバーヘッドの要領でボールを蹴り飛ばす。


〈アイスシュート〉。


 上空から氷をまとったボールが、小島目がけて降り注ぐ。


 小島は自分の〈魔法〉が返されたことに愕然としながらも、必死に〈サークルバリア〉を展開してレシーブを試みる。


 かろうじて弾いたが、ボールは斜め後ろに飛んでいく。


 牧野が追う間もなく、砂に落ちた。


 15対11。


 主審の笛が試合終了を告げる。


 竜巻が消え、暗子は空から落下する。体を丸めてバリアを発生させながら、砂の上をゴロンゴロンと転がって、なんとか停止した。


 エリスが駆け寄り、ふらつく暗子の手を引っ張って立ち上がらせる。


「ワタシたちの! 初勝利よ!」


「うう、目が回るっす……でも、ついにやったすね!」




 1回戦に続いて首尾よく2回戦も勝利を収めた隼人たちは、再びビーチに設置してあるパラソル席に腰を下ろし、昼食の時間を楽しんでいた。


 アルミホイルで包んだおにぎりを頬張っていると、千尋が笑顔で近づいてくる。


「お疲れさまー、あれ、おにぎり? もらっていい?」


「そう言うと思って、たくさん作ってきた。どうぞ」


 隼人の言葉に促され、千尋もおにぎりを手に取り、かぶりつく。


「おいしい! これって鮭とおかかと――」


「しょうがのおにぎりだ。あとは、海苔の代わりにとろろ昆布を巻いた梅とひじきのおにぎりと、醤油ダレの肉巻きおにぎりだ」


「どれも凝ってるわね……」


 千尋が俵型たわらがたの肉巻きおにぎりを手に取り、しみじみと眺める。


「元気が出ないと戦えませんからね!」


「エネルギーが必要っすから!」


 エリスと暗子は、もりもりとおにぎりを平らげていく。


「おい! 満腹になるまで食べるなよ!」


「ふぁーい!」


 二人の気の抜けた返事を聞きながら、隼人は気になっていたことを千尋に確認する。


「社長と兄貴は、どうしたんだ?」


 まだ姿は見ていないが、社長も有料席にいたはずだ。


「二人でその辺のレストランに行くって言ってたわ」


「そうか……試合中の反応とかは?」


「うーん、兄は面白そうに色んな試合を見ていたけど……社長はよく分からないわね……」


「MBバレーに興味が無くて、つまらなそうにしているのか?」


 千尋は顎に人差し指を当てる。


「いや、そういうわけでもなくて、きちんとエリスと暗子の試合は見ていたわよ……でも、何か反応が薄いというか、心ここにあらずといった感じなのよね……」


「よく分からないが……経営者としては優勝という結果が出るまでは何とも思わないのかもな」


「かもね……ところで言われたとおりシード1位の試合も見ていたけど、本当に強いわね……1・2回戦どっちもノックアウト勝利よ」


「やっぱりそうなるか……」


「あれに勝てるの?」


 千尋が不安そうな目で見つめてくる。


 隼人は不敵な笑みを見せる。


「勝てるさ、エリスと暗子ならな‼」


「おー!」


 二人は食べかけのおにぎりを掲げながら、隼人の声に答えた。

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