第23話 耐久力とヘキサバリア

 水着に着替えた隼人たちは、ビーチコートで暗子の耐久力を計ってみることにした。


「連続でサーブを打っていくから、サーブレシーブしてくれ! まずは水属性からだ!」


 サービスゾーンに立つ隼人の体が青く輝き、ボールに凍えるような冷気をまとわせる。氷の粒がキラキラと舞い踊る。


「いくぞ暗子、〈アイスシュート〉!」


 暗子は〈レシーブバリア〉を展開せず、素の状態で冷気ボールをレシーブする。


「ヒエヒエっすね!」


 暗子は軽く笑いながら肩を回した。冷気で体が硬直する様子もない。


「次、いくわよ!」


 隼人の隣で構えていたエリスが〈紫電星霜〉を発動し、紫の電流がバチバチとボールを包み込む。


「〈ライジングシュート〉!」


 暗子はレシーブで電流をまともに受けるが、苦しむ素振りひとつ見せない。


「ビリビリっすね!」


「全然痺れてないのか……普通、数秒動けなくなるんだが……エリス、炎属性も打ってくれ」


「あんまり得意じゃないけど……〈ファイヤーシュート〉!」


 炎をまとったボールを暗子が軽くレシーブする。


「ホカホカっすね!」


 けろりとしている暗子に隼人とエリスは感心しながら歩み寄る。


「忍者の耐久力はとてつもない、ということがよく分かった……」


「すごいことは、すごいと思うけど……これって、武神ペアを倒すのに役に立つの?」


「直接役立つわけじゃないが、〈レシーブバリア〉を使わなければ、〈魔力〉の消費は抑えられるし、〈ファイヤードラゴン〉を何度も食らってピンピンしていたら、ノックアウト狙いの相手は精神的にショックを受けるだろうな」


「でも流石に、炎の影響で体温は上がるっすよ」


 暗子は額に浮かんだ汗を拭った。


 隼人は顎に手を当て、少し考える。


「7オーダーに〈クーラー〉は入れたほうがいいかもな」


「アタシらもハグ作戦っすね!」


 暗子がエリスに抱きつきながら〈クーラー〉を発動させ、自分と相方の体を冷やす。


「あー、ひんやりして気持ちいい……」


 エリスも暗子を抱きしめて、心地よさそうに目を細める。


 隼人は二人の仲睦なかむつまじい様子を見て笑いながら、作戦について話す。


「実は武神ペアの試合成績を分析して気づいたんだが、あのペアって、勝つときはストレートで、負けるときもストレートなんだ」


「えっ⁉ それって、3セット目までいかないってこと?」


 隼人がうなずく。


「圧倒的な攻撃力が通用すれば勝てるし、通用しないと負ける。去年の高校選手権の最後も相手の三年生ペアのディフェンス力に完封され、スタミナ切れで負けていた」


「でもアタシらには、そんなすごいディフェンス力はないっす」


「むしろディフェンスは穴だらけよ」


 エリスがため息を漏らす。


「大会まであと三週間……フィジカルを底上げして、ディフェンス力の大幅アップを狙うのは現実的には無理だな」


「そんな~、隼人にい、アタシ、MBバレーを諦めたくないっす!」


「何とかならないの⁉」


 暗子とエリスが抱き合ったまま器用に隼人へ詰め寄る。


「落ち着け、まだ話は終わりじゃない! フィジカルがダメなら、マジカルだ‼」


 隼人は〈レシーブバリア〉系統の〈魔法〉を次々と二人に見せていく。


 円形の〈サークルバリア〉。


 四角形の〈スクエアバリア〉。


 よく使っている六角形の〈ヘキサバリア〉。


「MBバレーで使用率が高いのはどれか知っているか?」


「一番は〈サークルバリア〉で、二番は〈スクエアバリア〉でしょ……〈ペンタ〉や〈ヘキサ〉はあんまり使われないし……」


「どうしてだか分かるか?」


「多角形が複雑になるほど繊細な〈魔力操作〉が必要で難しいからっすよね? アタシらも含めてジュニア選手は、ほとんど〈サークルバリア〉っす!」


「そのとおりだ。俺も普段だったら、ジュニア選手に多角形バリアを勧めたりはしないんだが、お前たちにはディフェンス力アップのために〈ヘキサバリア〉を習得してもらう」


「えー、〈サークル〉最強でしょ! プロだって使っている人いるじゃん⁉」


 エリスが面倒くさそうに抗議する。


「そもそも単純な面積を比べたら円の方が〈魔力効率〉はいいと思うっすけど?」


「普通に考えたらそうなんだが……理由は練習しながら説明する」




 ビーチコートの片面に松百ペア、もう一方に隼人が立つ。


 隼人はエンドラインまで下がり、レフトの角に移動する。


「〈魔法〉は使わないで普通のサーブを打ってくれ! 俺がぎりぎり取れそうな位置で!」


「よく分からないけど、打てばいいのよね? それっ!」


 エリスのジャンプスパイクサーブが、隼人から少し離れたライト方向へ打ち込まれる。


 隼人は砂を蹴って体ごと飛び込み、右のシングルハンドでレシーブした。


 砂を払って立ち上がり、元のポジションに戻る。


「こんなディフェンスシーンはよくあると思う。次は俺がぎりぎり取れない位置に打ってくれ!」


「分かったっす! そりゃっ!」


 今度は暗子のフローターサーブが、隼人からかなり離れたライト方向へ打ち込まれる。 


 隼人は再びコートを走って飛び込み、シングルハンドでレシーブしようとするが、わずかにボールに届かない。


 だが、手の先から〈ヘキサバリア〉を発生させ、青い障壁でボールを弾いて、レシーブを成功させた。


「これがMBバレーならではのディフェンスだ。〈レシーブバリア〉で腕を伸ばす感じだな」


「バリアの使い方は上手いけど……〈サークルバリア〉でも同じことはできるんじゃないの?」


 エリスが納得しきれない顔で、肩をぐるぐる回す。


「ここまではな……最後にライトの角に打ってくれ!」


「角? バリアを使っても、取れないと思うけど、まあいいわ! それっ!」


 エリスのサーブがライトの角に向かって矢のように放たれる。


 隼人は砂しぶきを上げながら飛び込み、右腕を伸ばして〈ヘキサバリア〉を発動する。だが今度のバリアは一枚だけではなく、二枚、三枚と数珠繋じゅずつなぎになっていた。


 隼人は青い六角形が連なった縦長のバリアを鞭のようにしならせ、ボールをポーンとすくい上げた。


「えぇ⁉ それ拾えるっすか? でも〈サークルバリア〉だって大きくすれば同じように拾えるっすよね?」


「いや、暗子、それは――」


 エリスが暗子の疑問を否定し、隼人が続きを答える。


「――できなくはない、が〈魔力消費量〉はとんでもないことになるぞ」


 エリスがうなずく。


「円の半径が大きくなればなるほど維持は大変だし、縦とか横の一方向にバリアを伸ばすんだったら、多角形をくっつけて伸ばす方が〈魔力効率〉はいいわね……でも〈スクエアバリア〉じゃダメなの?」


「ダメじゃないが……斜め方向に伸ばすこともあるから、〈ヘキサバリア〉の方が使い勝手がいいんだ。それに六角形ならこういうこともできる」


 隼人は〈ヘキサバリア〉を立体的に多重展開する。六角形のバリアが次々と連結し、体全体を覆う半球状の巨大なドーム型バリアが構築された。


「ここまで大きいバリアを使うことあるの? 〈魔法戦闘〉をするんじゃないんだからさ……」


 エリスが呆れ気味に言う。


「使用頻度は少ないが、ノックアウトを狙ってくる相手への対策で役立つぞ」


「う~ん、とりあえず覚えておいて損はないっすね……隼人にい、分かったっす! 〈ヘキサバリア〉を習得するっす‼」


「はあ……分かったわよ! 優勝するためなら何でもやってやるわよ!」


 エリスと暗子が早速〈ヘキサバリア〉を発動し、青い障壁を生み出そうとするが、辺の長さが揃わず、いびつな六角形ばかり生まれる。


「こればっかりは、反復練習あるのみだな……」


 隼人のつぶやきが、海風に溶けていった。

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