第16話 バックセットとツーアタック

 エリスと暗子がコート脇の傘つきのベンチに座って、スポーツドリンクを飲んでいる間。隼人は〈氷魔法クーラー〉を使いながら、二人の背中をうちわであおぎ、冷風を送っていた。


「涼しくて気持ちいいけど……大丈夫なの?」


「アタシも〈クーラー〉は使えるっすけど……」


 エリスと暗子が振り返りながら隼人の〈魔熱病〉を心配する。


「気にするな! 数分程度なら問題ない。それに〈魔法〉はなるべく練習で使え!」


「そうかもしれないけど……こんなに細かく体を冷やす必要あるの?」


 アスリートのコンディション管理について、エリスはコーチに疑問をぶつける。


「MBバレーに限らず、屋外のスポーツは暑さとの戦いでもあるから、しっかり体を冷やさないとまずいんだ。外気温が二十八度を超えると運動パフォーマンスが大きく下がることが分かっている。特に深部体温が上昇すると悪影響が大きいらしい。スポーツによっては、気温が高い外国で試合をする前に暑熱順化しゃねつじゅんかといって、高温環境でトレーニングして体を慣らすこともある」


「サッカーとかテニスの選手が、日天島でキャンプしてるって、たまにニュースになるっすね」


「そういえばワタシたちも日天島に来たばかりの頃、ヘロヘロになりながら練習してたわね……いつの間にか慣れたけど」


 去年のつらい練習を思い出しながら、エリスがつぶやいた。


 隼人は冷風の強度を上げる。


「MBバレーでも選手が〈水属性〉なら、7オーダーに〈氷魔法〉を入れてくるチームもある。〈魔法〉で自分たちの体を冷やしつつ、冷気を乗せた必殺サーブやスパイクを打ってくる。実に効果的な〈魔法〉の運用だ」


〈魔法師〉は生まれつき火、水、風、土など特定の〈魔法属性〉を持つ。他属性の〈魔法〉も使えなくはないが、自分の属性と一致している〈魔法〉を使うと威力や効果が格段に上がる。


「ワタシ、〈雷属性〉だし」


「アタシは、忍者に多い〈闇属性〉っす」


「俺は〈水属性〉だから、冷却はまかせておけ……自分の体以外はな」


「笑えないわよ(っす)!」


 隼人は盛大に二人にツッコまれた。




 休憩が終わり、練習再開。


 隼人とエリスがネット際に並び、反対側のコートに暗子が立つ。


「俺とエリスで攻撃をするから、暗子はディグに専念してくれ」


「とにかくボールを拾えばいいっすよね?」


「そうだ。サーブレシーブ以外のレシーブは全部ディグ扱いだ。ボールを落とさなきゃ点は取られないから、ディフェンスにおいてディグ力もかなり重要だ」


「分かったっす! 全力でボールを拾うっす‼」


 暗子はコートの中央で適度に脱力して中腰になり、あらゆる方向へ素早く動けるように身構える。


「エリスは、ボールを俺に投げた後、助走をつけて攻撃してくれ……俺がセットのお手本を見せる。ただしセットの種類は――」


 隼人は暗子に聞こえないよう、エリスの耳元で作戦をささやく。


 エリスの青い目がキランと光る。


「――なるほど、分かったわ! 暗子じゃ取れないかもね!」


「そんな! レシーバーとして全力を尽くすっすよ!」


 レシーバーとしての自覚が芽生えてきたのか、暗子は心外そうに気色ばむ。


 隼人は意味深な笑みを暗子に見せる。


「それじゃあ、どんどん打っていくぞ」


 隼人はネットの真ん中、ミドルポジションに立つ。


 エリスがボールを投げ、走り出す。


 隼人はレフト側を向き、オーバーパスでセットを上げる。


 エリスがジャンプして、スパイクを打つ――と見せかけて、ショットと呼ばれる軟打を放つ。ボールがふわりと弧を描き、エンドラインぎりぎりへ飛んで行く。


 暗子は砂を蹴って飛びつき、余裕をもってアンダーでレシーブする。


「ふっ! 速いスパイクと見せかけて、遅いショットを打つなんてMBバレーの基本っす! そうそう騙されないっす!」


「やるわね!」


 エリスが次のボールを投げる。


「よっ!」


 隼人はレフト側に体を向けたまま、ボールを前ではなく後ろに向かってオーバーパスした。トスが逆サイドのライト側に上がる。


 エリスは事前に聞いていた作戦通り、ライト側へ走り込んで勢いよく跳び、会心のスパイクを叩きこんだ。


「あっ!」


 突然のサイドチェンジに暗子の足がもつれ、ボールがコートに突き刺さる。


「うー……」


 暗子は悔しさをにじませながら、うなる。


「今のがバックセットだ! セットは体の後ろ側に出してもいいから、サイドを変えて攻撃できる。暗子、これを決められたら相手はどう思う?」


「……相手はライトかレフトか、もしくはミドルか、次はどこに攻撃されるのか、かなり意識を割いて悩むと思うっす」


「そうだな……相手の意識を散らすのが狙いだ。それじゃ、次行くぞ!」


 暗子は次もスパイクだと予想し、少し後ろで構える。


 エリスはボールを投げてダッシュするが、途中でライト側に傾く。


 それを見た暗子はまたバックセットだと考えて、砂を蹴りエリスの方に走る。


 しかし、隼人はまた予想を裏切った。


 くるりと体の向きを変えると、ネットに背を向けてボールと向き合い、オーバーパスで後ろにちょんとボールを弾いた。


 ネットを越えて、ボールはすぐ落ちる。


「ああっ!」


 暗子は予想外の攻撃に全く反応できず、愕然とする。


「今のがいわゆるツーアタックだ。MBバレーはブロックを含めて三回のヒット、つまり三回までしかボールに触れることができない。普通は三打で相手コートに返すが、相手に隙があって点が決まりそうなら二打で攻撃する。この場合、当然攻撃するのは――」


「――セッターになるわけね‼」


 エリスが興奮した声で割り込んだ。


 隼人が大きくうなずく。


「だから俺は、オーバーパスが得意なエリスをセッターにすることに決めたんだ。逆に聞くが、暗子、バックセットやツーアタックはできそうか?」


「今のアタシの実力だと難しいっす……」


 暗子がしょんぼりする。


「いずれ世界を目指すんだったら、二人ともオールラウンダーになって戦う方が強くなれるかもしれないが、まだ焦ることはないさ。今は役割を分担して、地道に練習していこう」


 エリスと暗子は日が沈み赤く染まった海を眺める。


「世界か……想像もつかないわ」


「でも、いつか行きたいっす! 海外のビーチに!」


「うん! 絶対行くわよ!」


 二人の言葉に隼人は心に火がつくような感覚を覚えるが、蓋をかぶせて無理やり火を消す。


(熱くなっても、もうすぐここを去る俺には意味が無い)


 隼人は黙々もくもくとボールを回収し、カゴに入れていく。


「今日の練習は終わりだ……明日からは容赦なくしごいていくからな」


「はーい!」




 その日の夜、隼人は自室で次の練習に備え、カメラで撮影した動画をパソコンでチェックしていた。


 偶然というべきか必然というべきか、エリスと暗子がマイクロビキニを着て、砂の上を元気一杯に動き回る姿が、ばっちりカメラに収められていた。


 レシーブを受けた衝撃でプルン、コートを走り回ってユッサユッサ、トスを上げてボヨン、ジャンプでボインボイン、スパイクでバルン。


 練習の後半になってくると体温が上がってきたせいか、エリスの首筋から大粒の光る汗が胸の輪郭をなぞるように幾度となく落ちていく。エリスはタオルを乳房の下側にあてがうとマッサージするかのように何度もゴシゴシと拭き上げる。その度にハリがあって柔らかそうなバストがぐにゃり、ふにゃりと形をゆがませる。


 エリスも暗子もあざとさの欠片は一切なく、素の状態で撮られているのがヤバい。自然体で撮られている女の子がこの世で一番エロ……ゲフン、ゲフン、ありのままの彼女たちは夏海ちゃんに匹敵するほど綺麗かもしれない。


 隼人は自分のパソコンにそっと動画を保存した。


 あくまで後々のちのちのフィードバックのためであって、それ以外の用途では決してない。


 だが、それはそれとして、もう少し時間をかけて映像を丹念に確認しておくべきかもしれない。繰り返し見れば何か重要なことに気づける可能性もある。


 翌朝、隼人は目の下に大きなクマを浮かべることになり、エリスと暗子に体調を気遣われたものの、しばらく少女たちと目を合わせることができなかった。

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