#19 封印の祠防衛戦—弐—

 怒顔ピエロがレイから離れると、泣顔ピエロが失った左腕部分を覆い隠すように立ち塞がった。


「ジャカジャカジャカジャカ………」


 怒顔ピエロの口からセルフドラムロールが響き渡る。そして「ジャン!!」という掛け声と共に怒顔ピエロが泣顔ピエロから離れると、泣顔ピエロの左腕は何事もなかったかのようにすっかり治っていた。


「めちゃくちゃですね」


 美波が眉を顰めながら声を漏らす。


「悲しいです。悲しいよ。俺のことをいじめないで」


 泣顔ピエロが、今度はレイに向かって飛びついてきた。レイはそれを躱した後に振り向くと、再度取っ組み合いの状態となった。


「痛い、痛い。痛いことは嫌いです。だって悲しい気分になるから。え〜ん、えん」


「だったら攻撃してこないでよ!」


 レイが歯を食いしばりながら、腕に力を込めていく。すると、泣顔ピエロの背後からお嬢が飛び蹴りを喰らわせた。横回転をするように繰り出されたお嬢の蹴りは、泣顔ピエロのコメ噛み辺りにヒットする。その衝撃により、泣顔ピエロの頭部はポッキリと折れたように九十度傾いた。


「私だってそれなりに戦えますのよ!」


「ナイスお嬢」


 しかし、泣顔ピエロは首を傾けさせたままお嬢の方へと腕を伸ばし、彼女に首元に掴み掛かった。


「ひっ」


「痛いことは嫌いだって言いましたよね? 言ったでしょ!」


 泣顔ピエロがぐりんとお嬢の方へと顔を向け、恐ろしい形相をした。恐怖のあまり、お嬢が顔を歪ませる。 

 しかし、泣顔ピエロ腕にすかさず撃ち込まれた虹色の矢によって、お嬢は危機を脱することができた。泣顔ピエロの腕は弾け飛び、再び消失する。


「ぎゃあああああああああ」


「うおおおおおおお!」


 泣顔ピエロが怯んでいる隙に、レイは強烈な一撃をお見舞いした。アッパーをするように繰り出されたレイの拳を喰らい、泣顔ピエロは天井まで吹き飛んで、張り付いた。


「助かりましたわ、レイさん! 美波さん!」


「お礼はいいですから、油断しないでください!」


「わかっていますわ」


 美波は怒顔ピエロの攻撃を避けながら、矢を撃ち込んでいた。しかし、怒顔ピエロもまた、美波の攻撃を荒々しい動きで躱していった。


「ふんふんふん。そんな攻撃当たりません。舐めてるんですか? 舐めるなよ」


「なんなんですかこいつ! 動きが全く読めない」


 天井に張り付いた泣顔ピエロは、ゆっくりと剥がれるように天井から離れると、ビタン! とからだ全体で地面に着地した。そして、ゆっくりと立ち上がる。


「えーん、えん。悲しきかな」


 レイとお嬢は泣顔ピエロに向かって拳を構えた。



「おい、ピエロ。どうして、俺らにばかり攻撃して晴明さんを狙ってない? 分身だってまだ出せるはずだろう。舐めプしてんのか?」


 春明が怒りのこもった声でピエロに尋ねた。


「いえいえ、とんでもない。初めから飛ばしてしまったら、後々大変なことになるかもしれないでしょう? 温存ですよ、温存。あなただってまだ本気を出していないんじゃないですか?」


「……んなことねぇよ」


「図星のようですね」


 春明の反応を見て、ピエロはケタケタと笑った。


「ピエロ、一つ聞きたいんだが」


「おやおや、なんですか?」


「あんた、桔梗と繋がってるな?」


「んーー? なんのことでしょう」


 ピエロは春明の問いに、呆けたように返事をする。


祖父じいさんのことを殺した奴はやっぱり桔梗なんだな」


「だったらなんだって言うんです?」


「だったら! 俺があんたも桔梗も除霊してやる!! 絶対に楽には逝かせてやらない!! たとえ……たとえ……あんたが……」


 春明はすごい剣幕で叫んだ。

 それを聞いたピエロは口角を吊り上げると、突然大きな拍手をしだした。


「素晴らしい。素晴らしいです! 憎しみはこのように連鎖していく。それでいいのです!! この世は歪で、醜くて、不条理だ。けれど、だからこそ、この世は美しい」


 ピエロの言葉に、春明は「は?」とドスの効いた低い声を出した。


「そんな世界に苦しむくらいなら、さあ、損な世界を共に笑い飛ばしましょう! 嫌なことを忘れて、見て見ぬ振りをする、傀儡に成り下がりましょう! この世はサーカス。楽しく生きなきゃ損じゃない」


「何訳のわからないことを言ってやがる」


「嫌でもそのうち解りますよ。……まあいいでしょう。時間も少なくなってきました。少し本気を出しましょうか」


 すると、ピエロの近くの地面から、さらに笑顔ピエロと楽顔ピエロが現れた。


「なっ」


 その二体のピエロは奇怪な声を上げながら、動揺する春明の脇を走りすぎて、晴明の方へと向かっていった。


「あんたら!! 他の分身がそっちに行ったぞ!!」


 春明が振り返って叫んだ。そんな春明にピエロが後ろから拳を振り翳す。それを見た美波がピエロの拳に向かって矢を撃ち込んだ。撃ち込まれた矢はピエロの拳を掠って壁面に突き刺さると、次第に消えていった。ピエロの拳は抉れて白い煙のようなものを昇らせている。


「春明さん! こっちはなんとかします。春明さんはそのピエロに集中してください!」


「ああ! すまん、美波」


 すると、ピエロが怒りの表情を見せた。


「……あの弓の小娘、煩わしいですね」


 怒顔ピエロに加えて、楽顔ピエロも美波の方へと攻撃に向かっていく。

 



 晴明に向かって行っていた笑顔ピエロはレイによって食い止められた。


「笑え、笑うのです。きっときっと楽しいから」


「くっ」


 笑顔ピエロが強力なパンチを何度もレイに繰り出した。レイはそれを必死に防御する。




 お嬢は泣顔ピエロのナヨナヨとした攻撃を、素早い動きで躱しながら回し蹴りを繰り出していった。


「晴明さんのところには行かせませんわ」


「痛い……痛い……」



 春明は虎の式神を二体呼び寄せて、ピエロに向かわせた。


「こんなに可愛らしい猛獣たちで私を倒すと? 笑わせないでくださいよ」


 虎の攻撃をぴょんぴょんと避けていくピエロに向かって、春明は呪符を貼り付けようと腕を伸ばした。しかし、すんでのところでピエロはそれを躱す。


「ちっ! もう少しだったのに」


「ケタケタケタ。残念でした」




 美波は、楽顔ピエロ、怒顔ピエロの二体の攻撃を必死に躱していた。二体のピエロは身軽な動きでパンチやキックを繰り出してくる。


「神器発動」


 美波は、怒顔ピエロの攻撃を躱すと、矢の神器を顕現させて掴んだ。美波はその矢を弓で射るのではなく、直接怒顔ピエロの背後から頭に向かって突き刺そうとした。しかし、怒顔ピエロは美波の動きを見ずに手を使って矢の攻撃を防いでみせた。


「なっ! 後頭部にでも目がついてるんですか」


「前にもそんなことがあった。ピエロに不意打ちが全然効かないんだよ」


 近くで笑顔ピエロと戦うレイが、顔を顰めさせながら美波に言った。


「……その時、ピエロは分身を出していましたか?」


「確か……出してたと思う」


 美波はレイの言葉を聞いて、戦いながら少し考えるような表情をすると皆んなに向かって叫ぶ。


「ピエロは分身同士で視覚を共有している可能性があります! 気をつけてください!」


「なんだよ……そういうことかよ」


 春明が苦い顔をして言った。


「今更気が付いたんですか? でも、気付いたところで対処のしようもないでしょう? ないですよね?」


「うるせー。不意打ちが効かないなら正々堂々勝負するまでだ。虎!!」



 笑顔ピエロがレイにパンチを繰り出し続けている。


「なんなのこいつ。体力の概念がないの?」


 いつまでも止まらない拳の嵐に、レイは体力の限界が近づいていた。


「あっ」 


 レイの防御する腕が弾かれて、笑顔ピエロの重い拳が腹部に衝突する。


「ぐはっ」


 レイがその場にうずくまると、笑顔ピエロがレイの頭を大きな手でわし掴んで祠の方へと顔を向けさせた。


「さあ、笑え、憎め。祠の封印を解き放てば。世界に災いが降りかかる。楽しいです。楽しいよ。あなたも、さあ」


「あ……あ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「レイ!」

「レイさん!」


 美波とお嬢がレイの叫びに気を取られた隙に、晴明に向かって楽顔ピエロと怒顔ピエロ、そして泣顔ピエロが走り出した。


「スイ、スイ」

「フンフン」

「ぴえんぴえん」


「まずい」


 美波は慌てて矢を放った。放たれた矢は楽顔ピエロの足に命中して動きを止めることに成功する。しかし、次の矢の顕現が間に合わない。怒顔ピエロと泣顔ピエロの距離は、晴明から僅か二メートルほどとなっていた。


「チェックメイトです!!」


 ピエロは勝利の宣言をする。

 春明が急いで形代を投げて「びゃく……」と叫びかけたそのとき。


「パワーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 強烈な叫び声と共に怒顔ピエロの顔は、大きな拳に轢かれてそのまま吹き飛んでいった。


「皆んな、すまない。待たせたね!」


 ネイビー色のジャケットを羽織った若い男の幽霊が、泣顔ピエロを鮮やかに蹴り飛ばす。


「ワタクシたちが来たからにはもう大丈夫!!」


 ピチピチの半袖短パンを着た筋肉ダルマの男が「ハハハ!」と笑い声を上げる。


「あんたら……今までどこほっつき歩いてやがったんだ。アクタ! マッチョ!」


 春明は、突如現れた救世主二人に笑顔を向けた。

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