#11 腕無し幽霊と死神

 GHの姫川若菜は虹色のマシンガンを小脇に抱え、館の三階廊下を駆けていた。すると、若菜が通過した壁に等間隔で取り付けられていた燭台の一つが、ひとりでに宙を舞い、若菜に向かって飛んでくる。若菜は瞬時にそれに気がつくと、マシンガンを振り払い、その銃口で燭台を払い除けた。それを合図にしたように、壁に取り付けられていた幾つもの燭台が宙を舞い始める。


「お化けなんて無いさ、お化けなんて嘘さ……ふへっ、お化けなんて私が消し炭にしてやるよ!」


 若菜がマシンガンを構えると、燭台は次々に若菜に向かって飛びかかってくる。若菜は「ぎゃははははははは」と笑い声をあげながら、燭台にマシンガンの鉛玉をぶち込んでいった。




 若菜と花蓮が館に突入する少し前、GHオクシラリーの第三部隊は三階の最奥、ベットルームに突入した。


「なんだよこれ……」


 第三部隊の隊長はこの部屋の惨状を仲間に無線で報告した後、ゆっくりと死体の山に足を踏み入れた。床に転がっている腕の無い死体たちは腐敗しきってドロドロになっているものから、まだ皮膚の色が鮮明なものまで様々であった。常温で何日間も放置してしまったチーズのような匂いで鼻がひん曲がりそうだ。


「酷いな、こんな小さな子供まで……」


 隊長が比較的新しい小さな子供の死体を見つけて目を伏せた。そして後ろを振り向いて、隊員たちに指示を出す。


「猟奇的な殺人犯はこの館付近に必ず居る! それが生身の人間だろうが幽霊だろうが、俺たちが必ず捕まえて罰を与えなければならない! 皆んな! 気を引き締めて犯人を逮捕するぞ!!」


「隊長後ろ!!」


「え?」


 隊員の声に隊長が振り返ると、そこには黒色のレース服を着た、腕のない女の子が佇んでいた。


「こんばんは。遊びましょ」


 女の子が隊長に向かって笑いかけた瞬間、縦回転しながら降ってきた斧の刃が隊長の右肩に食い込んだ。斧は肩の中間まで突き刺さり、血飛沫を辺りに撒き散らす。


「は?」


「おままごとは好き? ギコギコギコギコ」


 女の子の掛け声と共に、斧は前後に動き出し隊長の右腕が切断される。隊長の悲痛な叫び声が響き渡ると同時に、隊員たちがライフルの神器を顕現させた。


 「銃を構えろ!! 撃ち込め!!!!」


 オクシラリーたちは各々が恐怖の悲鳴をあげながら、ライフルを女の子に向かって撃ち込んでいった。すると、女の子は不思議な力でベッドのマットレスと隊長を動かしてオクシラリーたちとの間に隔てた。銃弾はマットレスや隊長の肉壁に吸い込まれ、鈍い音を立てていく。それでも取り乱したオクシラリーたちは銃声を止めること無く、撃ち込みを続けた。

 しかし、少ししてすぐに銃声は止み、引き金を引く虚しい音だけが響く。


「もうおしまい?」


 幾つもの穴が空いた隊長とマットレスが床に倒れ込んでいく。


「弾切れだ! すぐに神器を発動しなおせ! 弾が補填されるはずだ!」


 隊員たちは神器を手放した。すると神器がフッと跡形もなく何処かに消え去っていく。


「ねえ、こんな遊びよりもさ、かくれんぼしようよ。私、かくれんぼがいっちばん大好きなんだ」


「そんなガキの遊びやっていられるか! 神器発動!!」


「あああ、なんで皆んな仲良くしてくれないの……でも…………」


 女の子がそう言った次の瞬間。オクシラリーの手に神器のライフルが現れるとほぼ同時に、斧が高速回転しながら飛び回り、次々にオクシラリーたちの腕を断ち切っていった。オクシラリーたちが悲鳴をあげながら倒れていく。女の子はその姿を見てにっこりと笑った。


「これで皆んなお揃いだね」


「楽しそうですね」


 突然聞こえた知らぬ男の声に、女の子は不思議な力で窓の方へと斧を飛ばした。斧の刃が窓脇の壁に突き刺さる。

 女の子が振り返ると、月明かりに照らされた黒天狗の面をした男が、腕を組みながら壁に寄りかかっていた。飛ばした斧は彼のすぐ横に突き刺さっている。少し開いた窓から吹く外の冷たい風が、真っ赤なカーテンと彼が着ている継ぎ接ぎのポンチョのような黒服を微かに揺らす。


「何処から入ってきたの?」


 女の子からの問いに、黒天狗の男は何も言わずに親指を立てて窓を指した。


「……ふーん。ねえ、君も一緒に遊ぼう。君も私とお揃いにしてあげるね」


 すると、突き刺さった斧が、壁から抜けて黒天狗に向かって飛んできた。黒天狗は素早くそれを躱すと女の子目掛けて走り込んだ。

 女の子は「ひっ」と小さな悲鳴をあげると、近くにあったいくつかの小物を、力を使って黒天狗に次々に向かって飛ばしていく。しかし、黒天狗はそれらを避けて女の子の元へと辿り着くと、彼女の首元を軽く掴み上げた。


「あぐっ、……なんで、、なんで透けられないの!!」


 女の子が死体の山の上で、足をばたつかせながら苦しむ。


「君は……君は本当はどうしたいんですか?」


「どうしたいって……私は皆んなと楽しく遊びたいだけ! やだ……痛いのは嫌!!」


「沢山の人の腕を切り落として、楽しいですか?」


「楽しい! 楽しいよ! 皆んな私とお揃い。これで皆んな私と一緒」


 黒天狗に向かって再度、斧が飛んできた。


「虎」


 黒天狗がそう呟くと、何処からともなく虎が現れて飛んできた斧を前足で弾き飛ばした。飛んだ斧は床に転がる死体に突き刺さり、不快な音を響かせる。一仕事を終えた虎はすぐに何処かに消えていった。

 驚いた様子の女の子を黒天狗はさらに引き上げた。女の子の足が床から離れ、呻き声をあげる。


「僕には君が楽しんでいる様には見えません。むしろ苦しんでいるように見える。本当はここで一人ぼっちなことが怖いんじゃないのか? 皆んなに怯えられることが嫌なんじゃないのか? 誰かに助けて欲しいんじゃないのか? ……だったら助けて欲しいって願えよ! 助けて欲しいって、心の底から叫べよ!」


 黒天狗の面の奥から、力強くて大きな目が、女の子を真っ直ぐに見つめていた。


「私は……そんなこと……」


 女の子が少し声を震わせながら言うと、黒天狗は女の子の首元から手を離した。女の子は腕の無い死体たちの上に落ちて、そのまま力が抜けたように座り込んだ。


「もうすぐ、ゴーストハンターがこの部屋に来ます。彼女は君よりも遥かに強い……」


 そう言いながら、黒天狗は窓の方へと歩き出した。


「もしも……もしも君が助けを願うなら。僕はすぐに君の元へ駆けつけます」


 黒天狗は少し振り向いてそう言い残すと、窓の桟を飛び越えて部屋から出ていってしまった。

 彼はなんだったのだろうか、と女の子の中で疑問が残った。

 今日は人間の来客だけでなく、外から来た幽霊や悪霊もこの館に入り込んでいるようだ。館内のほとんどの物を不思議な力で動かすことができる彼女にとって、館で起きていることを把握するのは容易であった。今日はとっても騒がしい日だ。女の子はそう思ってため息を吐いた。


「でもいいよ。とっても、とっても楽しいもの」


 女の子は無理やり作ったような笑顔を浮かべた。

 次の瞬間、けたたましい轟音と共に部屋のドアに無数の銃弾が撃ち込まれた。衝撃で蝶番が壊れて扉が手前に倒れ込んでくる。


「きゃは、私も楽しいよ。もっと、もっと楽しませてよ!」


 壊れた扉の向こうには、マシンガンを持った白いトレンチコート姿の女が、狂気的な笑顔で立っていた。


「いらっしゃい」


 女の子はトレンチコート姿の女に向かって、そのまま不気味な作り笑いを見せた。


 

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