#8 かくれんぼ
「なあなあ! この動画見てよ!」
今日も四年二組の教室では、男子たちが何やら騒がしくしている。どうやら学校にこっそりと持って来たスマホで動画を見ているようだ。
そんな男子たちの様子を見て、私はため息を吐いた。
「ほんと、男子ってバカよねぇー。先生に見つかって没収されちゃえば良いのに。
「そんなこと言って、ほんとは、なっちゃんも気になってんじゃないの?」
私のことを“なっちゃん”と呼ぶ彼女は友達の胡桃ちゃん。私が胡桃ちゃんに賛同を求めると、彼女は意地悪そうに言ってきた。
「ちが……私はそんなんじゃないもん」
私が慌てて両手を交差させていると、スマホを見ていた男子のうちの一人、
「もしかして
そう言いながら、智希くんは私たちに向かってスマホの画面を見せてくる。
「違う違う、私じゃなくて、なっちゃんが興味あるんだって」
「
「胡桃ちゃんのばか。私興味ないもん。……『ポルターガイストが起こる館でひとりかくれんぼやってみた』? こんなんが面白いの?」
「面白いんだって! ほら、扉が勝手に開いたり、壁に掛けてある絵画が突然落ちてきたり」
智希くんが動画を再生させると、気持ちの悪い魚のお面を被った男が、真っ暗な廊下をライトで照らし、自撮りしながら歩いていく映像が流れ始めた。すると、男の目の前の扉がひとりでに開き出して、男が叫び声をあげる様子が映し出される。
胡桃ちゃんは「何これ、こわーい」と興奮した様子で動画を見入っていた。
「どうせ作り物でしょ。男の人のリアクションもなんかわざとらしい」
「小山は怖くないのか?」
「こんなの怖い訳ないでしょ」
「それじゃあさ、お前たちも俺たちと一緒に行ってみようぜ。この館、ここから結構近い所にあってさ。今度の土曜日、
ニヤリと悪そうな顔で言う智希くんに胡桃ちゃんは賛同した。
「何それ楽しそー! なっちゃんも、もちろん行くよね?」
「私は……別に……」
私が智希くんから目を逸らすと、彼は私の顔を覗き込んできた。
「なんだよ小山。ほんとは怖いのか?」
「怖くないもん! わかったわよ。私も行く!」
智希くんの挑発に乗ってしまった私は今度の土曜日に、とある森の奥に存在すると言われるポルターガイストの館に行くことになってしまった。
智希くんはノリノリで健吾くんと建くんの元へと戻って行った。
「よかったね、なっちゃん」
ニヤニヤしながら小声でそう言ってきた胡桃ちゃんに私は頬を膨らませてみせた。
何が『よかったね』なのか。全然良くなんてない。智希くんと遊べることが嬉しいとかそんなことは全然……ない。
土曜日になった。今日はポルターガイストの館に胡桃ちゃんたちと行く日だ。
……せっかくだから、おめかしでもして行こうかしら。
私はお母さんとお父さんの部屋に入ると、箪笥からキラキラと輝くピンク色のブレスレットをこっそりと持ち出した。お母さんが昔、お父さんからもらった大切なものだと聞いている。これをつけた私は……うん、可愛い。みんなも……彼もそう思ってくれるはず。
「なつきー、何しているのー」
部屋の外からお母さんの声が聞こえて来た。まずい、バレる前に早く部屋から出ないと。
「おかーさん、今日は胡桃ちゃんの家に遊びに行ってくるね!」
「あら、そうなの? あまり遅くならないうちに帰って来なさいよ」
「わかってるよ! 行って来まーす!!」
そう言って私は、小さな可愛い手提げカバンを持って家から飛び出した。
すでに集合時間の一時は少し過ぎている。私が集合場所である、小学校近くの公園に着いた時にはもう皆んなが集まっていた。
「遅いぞ、こやまー」
智希くんが不機嫌そうに言った。
「ごめんごめん。準備に時間がかかっちゃって」
「女の子はお出かけ前の準備に時間がかかるんだから仕方ないわよねー」
胡桃ちゃんがそう言って私を助け舟を出してくれた。
「ったく、女子はしょうがねーなー。みんな、懐中電灯はちゃんと持って来たか?」
「おう」
「持ってきたぜ」
そう言って健吾くんと建くんがズボンのポケットから手のひらサイズのライトを取り出した。
「私も持って来たわよ」
胡桃ちゃんは手提げカバンからパンダのキーホルダーの着いた赤色の懐中電灯を取り出してフリフリとしてみせた。胡桃ちゃんに続いて私も手提げカバンからピンク色の懐中電灯を取り出してみんなに見せた。
「よし、それじゃあポルターガイストが起こる館に行くぞー!」
『おー!』
「ここがその館だよ」
私たちは森の中を進み、おどろおどろしい古びた館の前へと到着した。まだおやつの時間にもなっていないはずなのに、木々に囲まれて辺りは薄暗くなっている。とても不気味な雰囲気だ。
「なあ、本当に中に入って『かくれんぼ』やってみるのか?」
「なんだよ健吾、びびってるのか」
智希くんに揶揄われた健吾くんは「びびってないやい」と反発すると、先陣を切って館の入り口へと歩いて行った。
館の入り口の扉はびっくりするほど簡単に開いた。まるで私たちを招いているように。館の中に入ると中はとても暗く、目を凝らして近くに居る皆んなのことをようやく認識できるくらいだった。
「懐中電灯をつけるぞ」
智希くんの合図で皆んなが一斉に懐中電灯を取り出して明かりをつけた。建くんが顎元を懐中電灯で照らしながら怖い顔をしてみんなを驚かしたけど、胡桃ちゃんにすごく怒られた。
「ねえ、やっぱりやめない? もう家に帰りたいんだけど」
胡桃ちゃんが肩を震わせながら言った。
「なんだよ
「せっかくだしやってみたいな。胡桃ちゃんもやろうよ」
私は智希くんに言われるがまま、かくれんぼをやりたいと言ってしまった。きっと智希くんと秘密の遊びをすることに少し浮かれてしまっていたのだろう。
「うーん、本当に一回だけだよ」
智希くんは「よし」と言うと、動画で見たかくれんぼのやり方を皆んなで再確認した。
まず、館内のどこかに隠れること。その際、ポルターガイスト現象が起きても声を上げて驚いては行けないこと。隠れてしばらくすると「もういいかい」と女の子の声が聞こえてくるということ。隠れ終えていれば「もういいよ」と、返事を一度だけすること。隠れられていなければ「まだだよ」と、返事をすること。隠れたその後、何が起こっても決して声を出してはいけないということ。時計を確認して、隠れてから五分経てば私たちの勝ち。隠れた場所から出て大丈夫だということ。
「もし、ルール以外の声を上げたり、見つかったらどうなるの?」
「腕のない女の子が現れて、腕をちょん切られちゃうんだって」
「ひっ、何よそれ! っていうか、今喋ってるのは大丈夫なの?」
「大丈夫だって、どうせ心霊現象が起こるなんて嘘っぱちだから」
恐怖で怒ったように話す胡桃ちゃんに向かって、男子たちは軽く返答した。この時ならまだ間に合ったのかもしれない。私たちは引き返すべきだった。
「それじゃあ、バラバラに隠れるぞ!」
智希くんがそう言うと、男子たちは廊下の奥へと走って行ってしまった。彼らの懐中電灯の灯りは次第に見えなくなっていった。
「私たちも隠れましょうか。ねぇ、なっちゃん。怖いから一緒に隠れよう」
「そうしようか、胡桃ちゃん」
私は震える胡桃ちゃんの手を握り、廊下を進んで行った。廊下の脇にはいくつもの扉があった。私たちはそれらを無視しながら進んで行くと廊下を突き当たり、右側には階段があった。
私たちは階段を登り、二階へと進んだ。その間、胡桃ちゃんはずっと私の腕に抱きついて体を震わせていた。
私はというと、胡桃ちゃんほど怖がってはいなかった。怖いことには怖いのだけれど、幽霊なんて空想の存在だと、心のどこかで安心し切っていたのだと思う。そんな考えは、すぐに覆ることになったのだけれど。
二階の廊下を進んで行き、一つの扉を横切ったその瞬間、扉が鈍い音を立てながらひとりでに開いたのだ。「ひっ」と声をあげそうになった胡桃ちゃんの口を、私は慌てて手で塞いだ。ここで大声をあげたらいけない気がする、そう直感した。
私は廊下の先を指さして、胡桃ちゃんに奥に進もうと合図を送った。胡桃ちゃんは首を二度、縦に振り、私たちは先へとゆっくりと歩いていった。
智希くんたちはもう隠れたのだろうか。私たちもそろそろ隠れないとまずい気がする。私たちは扉を開いて一つの部屋に入った。
部屋の中には扉付きの大きな暖炉があり、床の中央にはボロボロの絨毯が敷かれていた。部屋の端には人ひとり入ることができそうなクローゼットもあった。
「とりあえずここで何処かに隠れよう。クローゼットか暖炉の中、どちらかに一人ずつ入ろう」
私が小声で胡桃ちゃんに話しかけると、胡桃ちゃんは涙を流しながら震える声で「なっちゃん、もう帰ろうよ」と訴えかけてきた。たしかに、こんな危険な場所でかくれんぼを律儀にやる必要なんてないんじゃないか。智希くんたちには悪いけれど引き返そうか。私がそう思ったとき、
「じゅーう、きゅーう……」
と、どこからともなくカウンドダウンをする女の子の声が聞こえてきた。声をあげそうになった胡桃ちゃんの口を私は再び手で塞いだ。かくれんぼはもう始まっている? とにかく隠れないと。そう思った私は、胡桃ちゃんの腕を引っ張ってクローゼットの方へと行くと、胡桃ちゃんのことをその中へと押し込んだ。
女の子のカウントダウンが終わり「もういいかい」と聞こえてくる。私は「まあだだだよ!!」と目一杯に叫んだ。再び十の数からカウントダウンが始まる。
「いい? 絶対に声を出しちゃだめ! 五分経つまで声を出さないで大人しくしてて!」
胡桃ちゃんは涙を目に浮かべながらコクコクと首を縦に振った。「それじゃあ、また後で」と言うと、私はクローゼットの扉を閉めて急いで暖炉の中に入った。
暖炉の扉を閉めたとほぼ同時にカウントダウンが終了し、「もういいかい」という女の子の問いかけが聞こえてくる。
「も……もういいよ」
ガシャン!!
何かが割れる音が聞こえてきた。私は恐怖で漏れそうになる声を必死に抑えた。扉の開閉音やバタバタと子供が走り回るような音も聞こえてきた。かくれんぼが始まったのだ。
「ああああああああああ!」
健吾くんの叫び声が聞こえてきた。見つかってしまったのだろうか。私は『女の子に見つかると腕をちょん切られる』という話を思い出して、嗚咽しそうになった。
「ぎゃああああああああああ!」
「うわあああああああああああ!」
建くんと智希くんの叫び声も立て続けに聞こえてきた。
それと一緒に、女の子の不気味で甲高い笑い声も聞こえてくる。
「私はもうこんな遊びやめる! もう帰る!!」
突然、クローゼットが開く音と同時に胡桃ちゃんの叫び声が聞こえてきた。自分から出てしまったのだろうか。その様子は、暖炉の扉に遮られて確認することはできない。
涙が溢れ出してくる。
「え、なんで。嫌だ、嫌……助けて、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……きゃーーーーーーーーー!!!!」
人が倒れる音、そして引きづられていく音が聞こえてきた。胡桃ちゃんが連れて行かれた? 私は息を殺して、持ってきた腕時計を見た。かくれんぼを始めてから三分が経過している。
残り二分弱。早く、早く時間が過ぎて。
あと、十秒、九、八…………、
目の前の扉がゆっくりと開いていく。
「みーつけた」
「あ…………」
目の前には黒いレースの服を着た、腕のない女の子が立っていた。不気味な笑顔でこちらのことを覗き込んでいる。
次の瞬間、私は足を何かに掴まれたような、不思議な力に引っ張られて暖炉の中から引きづり出されてしまった。
「やだ……やだ……」
私は必死にもがいた。ボロボロの絨毯を掴んで必死に抵抗した。もがいているうちに腕からブレスレットが外れてしまった。お母さんの大切なブレスレット。抵抗も虚しく、私はどんどんと引きづられていく。
きっとこれから、私は腕をちょん切られて死んでしまうのだろう。お母さん、ごめんなさい。胡桃ちゃんの家に遊びに行くって嘘をついてごめんなさい。大切なブレスレットを勝手に持って行ってしまってごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい…………。
「二人にはポルターガイストの目撃情報があったとある洋館に行ってもらう。オクシラリーたちも同行させる予定だ。頼んだぞ」
「「承知しました。麻里香副局長」」
GH本部の一室で副局長から局員二人に指令が下された。
「うう、お化け怖いよ。行きたくないよー、花蓮ちゃん」
「大丈夫よ、私たちなら。頑張りましょう、若菜先輩」
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