つくし

冬部 圭

つくし

 4歳の息子を連れて川沿いの土手のそばを散歩をしていたら、つくしが生えているのを見つけた。

「つくしが生えているね」

 指をさして息子に教える。

「つくし?」

 不思議そうな感じで息子が訊き返してくる。

「そう、つくし。お花みたいなものかな」

 厳密にいえば花ではないのを知っている。だけど感覚的に理解できるような説明を思いつかない。つくしはつくし。「これはつくしって言うんだよ」だけの方が良かったかもしれない。

「おはなとはちがうよ」

 案の定、僕の説明に息子は納得しなかったようだ。

「そうだね。お花とは違って見えるね」

 スギナとの事を説明しても「スギナって?」 という質問が返ってくる未来が見える。まだ生えてきていないスギナの事をうまく説明できる自信もないから適当なことを言ってやり過ごそうとする。

「つくし、おもしろいね」

 息子はつくしが気に入ったみたいだ。つくしを見てニコニコしている。

「おかあさんにもってかえる」

 よほど気に入ったのか、息子はそんなことを言い出す。

 雑草みたいなものだから、取って帰っても良いのだろうか? 僕の昔の常識だったら、つくしなんか取り放題なんだけど、常識ってやつは時と場所で変わっていくものだから、今ここでつくしを取っていいものか分からない。僕が常識がないって言われる分には構わないけれど、祥子や息子を巻き添えにしてはいけない気がする。

「せっかくここで生きてるんだから、取らない方が良いかもね。今度お母さんも連れてきて見てもらおう」

 息子をごまかす欺瞞の回答。

「わかった。こんどね」

 本当に分かっているか怪しいけれど、息子は引き下がってくれる。

 ほっと胸をなでおろして家に帰る。

 息子は靴を脱いで手を洗うと、祥子の所へとことこ歩み寄って、

「おかあさん、つくしをみにいこう」

 と祥子を散歩に誘う。「今度」と言うのは彼にはうまく伝わらなかったみたいだ。祥子は家計簿をつけていたけれど、手を止めて、

「そう、つくしね。つくしを見つけたの?」

 優しい口調で息子に言う。

「うん。かわのほうにあったよ」

 無邪気に息子が笑う。

「とろうとしたら、おとうさんがだめだってしたの」

 そんなに強く言ったつもりは無いけれど、彼の中では窘められたようになっているのだろうか?

「つくしくらい、取っても大丈夫じゃない?」

 呆れたように祥子が笑う。

「昔は全然気にしないで取ってたんだけど、それってモラル的にどうかと思って」

 何が正解か分からなくなったことを正直に伝える。

「それにさ、取らなかったらまた誰かが気付いて春を感じることができるかなって思った。つくし、取っちゃうと春を独り占めするような気がして」

 自分でも良く分からない弁解をしているような気がする。

「なるほどね。じゃあ、私も春を見つけにいこうかな」

 祥子はそんな風に言って、散歩の支度を始めるようだ。

「お母さんをつくしの所へ連れて行ってくれる?」

 息子の自尊心をくすぐるように祥子が訊く。

「うん」

 息子はご機嫌で大きく頷く。祥子のことを待てないみたいで早速靴を履いて外へ出ようとしている。慌てて僕も靴を履く。

「おかあさん、はやく」

 玄関先で息子が祥子を呼ぶ。

「そんなに慌てなくても、つくしさんは逃げないよ」

 のんきにそんなことを息子に言う。

「でも、かれちゃうかも」

 そうか、植物という認識はあるのかと、どうでもいいことに気付く。祥子はつくしのことをうまく説明できるのだろうか? 僕は出来なかったけれど、後学のために教えてもらおうかな。そんな知識が役に立つことは無いだろうけど。

「お待たせ」

 祥子の準備が終わったので、三人で散歩に出かける。

「つくしって、何て説明したらいい?」

 道すがら祥子に聞く。祥子は困った顔で少し考えてから、

「春に出てくる草の卵。なんか苦しいな」

 と答える。厳密にいえばスギナはシダの仲間だし卵でもない。確かに苦しいかもしれない。でも、言われてみるとつくしの頭は卵に似ているような気もする。

「くさのたまごなの?」

 息子は祥子の答えが気に入ったみたいだ。僕の答えには「ちがうよ」と言ったのに。

 それともお父さんとお母さんの信用の差なのだろうか?

「なるほど。草の卵ね」

 祥子と息子に合わせて相槌を打つ。

「たまご、おいしいかな」

 僕に似て食い意地が張った奴だと思う。つくしの味か。つくしなんて久しく食べていないから、どんな味だったか覚えていない。祥子は都会育ちだからつくしなんか食べたことないかもしれないなんて考える。

「お父さんはつくし食べたことある?」

 祥子から質問が飛んでくる。

「食べたことはあるけど、味は覚えてない。婆ちゃんが卵とじにしてくれた」

 婆ちゃんはしっかりあく抜きしないとと言ってた記憶がある。苦かったような気もする。

「頭の部分と袴の部分を取って、水にさらして。ちょっと苦かったかな」

 そんなに厳密な感想を求められているわけではないから、おおざっぱに答える。

「苦いんだって。面白いね」

 祥子が息子に伝えている。やはり祥子はつくしを食べたことが無いみたいだ。

 つくしがどんな苦味だったか思い出せないけれど、フキノトウだってあの苦みがいいって言う人がいるわけだから、今食べたらおいしいと思うかもしれない。息子の口には合わないだろうけど。つくしの味は春の味だよなんて適当なことを言ったら、息子は食べてみたいと言うだろうか? 微妙な味に何とも言えない顔になるのを想像して笑みがこぼれる。

「おとうさん、なにがたのしいの?」

 息子が僕の顔を見て不思議そうに尋ねる。

「つくしの味を思い出していたんだよ」

 息子へ適当な答えを返す。祥子は何か言おうとしたみたいだけど言葉を飲み込んだ。

 そうこうしているうちにつくしの生えている土手にたどり着く。

「おかあさん、つくしだよ」

 息子が嬉しそうに祥子に伝える。

「春を感じるね」

 祥子は優しいまなざしでつくしを見ている。摘んで帰らなかったから、こうやって三人で一緒に自然のつくしを見て春を感じることができた。二人とも食べてしまうなんて乱暴な話をしていたのは無かったことにしているみたいだ。

 暖かい日差しの中、穏やかに時間が過ぎていくのを感じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

つくし 冬部 圭 @kay_fuyube

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説