第16話 勘違い

 お姫様抱っこのまま部屋に運ばれてきたイレーヌを見て、イレーヌ付きのメイドたちは血相を変えた。

 しかし、騎士であり、貴族でもあるオリヴィエに扉を開けるように言われれば、黙って部屋の扉を開けるしかない。


 そして、


 姫様の顔が赤いの、絶対お姫様抱っこされてるからだ……!


 ということを、メイドたち全員が即座に理解した。


「殿下。ゆっくり下ろしますから」


 そう言って、オリヴィエはイレーヌをベッドの上にそっとおいた。ようやく騎士の腕から解放されたイレーヌは、すぐに両手で顔を隠す。


 わたくし絶対、変な顔しちゃってたわ……!


「お前たち。殿下は具合が悪いそうだ。誰か医者を呼んできてくれ」

「ま、待って、オリヴィエ。平気よ。わたくし、そんなに悪くないわ」

「ですが……」


 不満そうなオリヴィエと、医者を呼ぶ必要がないと知っているメイドたち。

 にやにやと笑うメイドたちの視線を感じつつ、イレーヌは言葉を続けた。


「本当よ。それに、わたくしのせいで、重病人が医者に看てもらえなくなったら可哀想じゃない」


 宮廷医は、王族の治療を最優先に行う。しかし空いた時間であれば、宮殿で働く他の者も治療を受けられることになっているのだ。


「こんな時まで、他人の心配をなさるとは……」


 分かりました、と頷いたかと思うと、オリヴィエはいきなりイレーヌの額に手を置いた。


「熱はなさそうですね。ですが念のため、もうお休みください」

「オリヴィエ!?」

「……また顔が赤くなりましたね。やはり体調が悪いのでは……」

「だ、大丈夫だってば!」


 大声で叫び、布団を頭からかぶる。これ以上こんなやりとりを続けたら、赤くなった顔の理由をオリヴィエにも気づかれてしまう。


 それはまずいわ。

 オリヴィエはただ騎士としてわたくしを心配してくれているだけだもの……!


「分かりました。じゃあ、今日は失礼します。殿下」

「な、なに?」

「おやすみなさい」


 耳元で響いた、低くて甘い声。

 あまりにも心臓に悪い声に、イレーヌは震える声で返事をしたのだった。





 オリヴィエを騎士にすることが決定した翌日。

 イレーヌが目を覚ますとすぐ、アゼリーが部屋にやってきた。


「イレーヌ。叙任式のことだけど、どんな風にしたいか、希望はあるかしら?」


 彼女と共に部屋へやってきたのは、いつものメイドだけではない。国王代理としての王妃に付き従う書記官もいる。


 近頃お母様は、前よりも公務に関心を持つようになったのよね。

 今も、経済や政治とか、ややこしいことには関心がないままだけれど。


 アゼリーが興味を持ち始めたのは、叙任式を始めとする王妃や王女が民衆の前に立つ行事が中心だ。

 自分たちのことしか頭にないとはいえ、国民からの目線を考えるようになったのは大進歩である。


 ただ、それを高官たちはよく思ってない、とはセシリアから聞いているのよね……。


 まだまだ、不安材料は多い。とはいえ、とりあえず考えるべきはアゼリーが口にした叙任式のことだ。


 叙任式というのは、オリヴィエをイレーヌ付きの騎士に任命する儀式のことだ。

 オリヴィエがイレーヌの騎士に決まった、という事実は既に広く知られているが、正式な任命はまだなのだ。


「陛下の時はパーティーの時と同じように、広間に客人を招いて行ったらしいわ。過去には中庭で行ったり、王都の広場で行ったこともあるらしいの」


 そうよね? とアゼリーが書記官に確認する。初老の書記官は、はい、と静かに頷いた。


 イレーヌは今まで、他人の叙任式を見たことが一度もない。ただ、夢で自分の叙任式を経験した。

 広間に貴族を始めとする多くの者たちを集め、煌びやかに着飾って、オリヴィエに新しい剣を渡した。


 叙任式において、騎士に新しい剣を授けるのは伝統行事なのだ。

 ただ、オリヴィエに手渡した剣は実用性のあるものではなく、宝剣だった。高価な物ではあったけれど、叙任式以外でオリヴィエが持っているところを見たことはない。


 オリヴィエが欲しかったのは、あんな剣じゃなかったんじゃないかしら……?


「……お母様。叙任式について、わたくしの意見も聞いてくださるということでしたら、少し時間をいただけませんか?」

「もちろんよ。考える時間は必要だものね」

「ええ。ですがそれだけではなく、オリヴィエにも相談したいんですわ」

「オリヴィエに?」


 叙任式の主役は自分。前はそんな風に考えていた。

 けれど今なら分かる。叙任式の主役はイレーヌとオリヴィエの2人なのだ。


「だって叙任式は、わたくしたち2人の儀式ですもの」


 この考えをお母様は理解してくれるかしら……と不安に思い表情を窺う。アゼリーは口元を手でおさえ、にやにやと笑っていた。


「そうよね、そういうことよね。分かってるわよ、わたくし」


 え? これ、本当に分かってるの?


「イレーヌ。ちょっといいかしら」


 アゼリーはいきなり立ち上がると、イレーヌに近づいてきた。身をかがめ、イレーヌの耳元で囁く。


「恋は楽しいけど、危険なものよ。母親からのアドバイス、覚えておいてね」


 はあ!?


 思わず、王女らしからぬ声が出かけた。顔をひきつらせたイレーヌとは違い、アゼリーは相変わらずにやにやとしている。


 なんだか、絶対に勘違いをされている気がするんだけど……。

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