第13話(オリヴィエ視点)面接対策

 王女様の騎士選びが始まる……という話を聞いた時、驚きはしなかった。そろそろだろう、とオリヴィエも予想していたからだ。

 しかし、王妃が主体となって騎士選びが行われる、という事実を聞いた時は驚いた。


 殿下のことを溺愛しているとはいえ、王妃様は政治に全く関心がない御方だったはずだ。

 それがまさか、自ら審査を行う、とまで言い出すとは。


 王妃が変わったのは、間違いなくイレーヌの影響だろう。彼女は自分だけでなく、母親のことも変えようとしているのだ。


 さすがイレーヌ殿下だ。自分のことだけではなく、母親のことまで考えていらっしゃるとは……!


「……王妃様は、どんな騎士を望んでいるのか」


 剣を振る手を止め、一度ベンチに座って休憩する。既に履歴書は提出し、王女付きの騎士を希望している旨を申請した。

 おそらく、王妃のもとへは大量の履歴書が届いているはずだ。それだけじゃない。今頃、あらゆる手段で王妃へアピールしている騎士がいることだろう。


 王女付きの騎士という名誉を欲しがるのは、騎士として働いている者たちだけではない。

 現在騎士という立場についていない者だって、王女付きの騎士であればなりたがるだろう。


 そんな連中に実力で負けるつもりはない。だが、実力だけで選ばれるとも思えない。


 もしいい加減な奴が殿下の護衛騎士になったら大変だ。

 なにかあった時、名誉目当てに護衛騎士になった男が殿下を守れるとは思えない。

 殿下は優れた御方だ。だからこそ、危険な目に遭うこともあるかもしれない。

 そんな時、俺が殿下を守らなければ。


「……くそっ」


 こんなことで頭を悩ませるのは初めてだ。今までは、どうすればより強くなれるのか、ということばかり考えてきたのに。


 父上や兄上に頼んで、王妃様へ根回しをしてもらうか?

 いや……だめだ。王妃様との繋がりが弱すぎる。


 溜息を吐いて、オリヴィエは立ち上がった。既に夜も遅いし、これ以上訓練を続けても集中できそうにない。

 今日のところは、もう眠るのがよさそうだ。





「……これで本当にいいのか?」

「うん、ばっちりだよ、オリヴィエ」


 頷きながら満面の笑みを浮かべているのはオリヴィエの兄……ステファノだ。

 今朝、夜が明けて城門が解放されると同時に、騎士団の寮へきてくれたのである。


「オリヴィエもそうやって普段から着飾っていれば、もっと令嬢たちからも人気が出るだろうに」

「興味ない」

「そうだったね。オリヴィエが興味があるのは、殿下だけか」


 ふふ、とからかうように笑われると反発したくなるが、すぐに諦めた。昔から、兄に口で勝てた試しがない。挑むだけ無駄だ。


 今日兄に頼んで身支度を整える手伝いをしてもらったのは、王妃による面接のためだ。

 履歴書を提出した者から順次呼び出されており、とうとう、オリヴィエの番が回ってきたのである。


 面接に服装指定はないが、ほとんどの者が気合を入れた格好をしているという。

 王妃の派手好きは有名な話だ。しかも王女付きの騎士となれば、公務やパーティーにも常に同行する。見た目の華やかさが採点基準の一つになっていても、なにもおかしくない。


 そこでオリヴィエも、兄に頼んで面接用の服を手配してもらった……のだが。


 あまりにも動きにくすぎる。こんな格好ではなにかあった時に不便だろう。

 パーティーの時ですら、普段はもっと軽装を選んでいるのに。


 王妃様が好きそうな華やかな格好、と兄に頼んだせいで、予想以上に派手になってしまった。

 兄が選んだのは、よりによって純白のテイルコート。正装なだけあって動きにくい上に、とにかく派手だ。


 俺の日に焼けた肌に、白い服はかなり目立つ。さすがにみっともないんじゃないか?


 と思うものの、絶対にこれがいい、と兄に強く推されては拒めなかった。ファッションセンスに関して、自分が兄に劣ることは自覚済みだ。


「髪も、今日は下ろしてみよう。いつもと雰囲気が変わっていいだろうし」

「……遊んでるわけじゃないよな?」


 睨みつけると、ステファノはもちろん、と胡散臭い笑顔で頷いた。もうここまできたら、最後まで兄に任せるしかない。


 これも全部、イレーヌ殿下の騎士になるためだ。





「オリヴィエ・フォン・リシャールです」


 面接に指定された部屋の扉を叩き、大きい声で名乗る。少しすると、どうぞ、という声が中から聞こえてきた。


 確か面接は、3人1組で行うと言っていたな。

 俺以外にはどんな奴がきてるんだ?


 緊張しつつ扉をゆっくりと開ける。騎士団の連中は扉の開け方なんて気にしないが、王妃様は違うだろう。何事も優雅にこなさなければ嫌われてしまうかもしれない。


「失礼します」


 入室した瞬間に深く頭を下げる。顔を上げたオリヴィエが驚いたのは、他の男たちがいなかったからではない。

 王妃の横に、イレーヌが座っていたからである。


 イレーヌ殿下……!?


 面接官は王妃本人で、室内には王妃付きのメイドが複数。面接の記録をとるための書記官もいると聞いていたが、それだけだ。

 イレーヌが自ら面接に参加するなんて聞いていない。


 他の参加者もそんなことは言っていなかった。いや、重要な情報を隠していただけか?


 目が合うと、なぜかイレーヌも驚いたような顔をし、何度も瞬きを繰り返した。

 履歴書を見れば、オリヴィエがくることなど分かっていただろうに。


「よくきたわね。これから面接を開始するわ。ほら、座って」

「……あの、他の参加者は?」

「いないわ。今回の面接は貴方だけなの」


 あっさりとそう言い、王妃は視線をイレーヌに向けた。


「オ、オリヴィエ、貴方……」


 イレーヌの声は震えている。入室してから今までの間に、なにかまずいことでもしてしまったのだろうか。


 いや、殿下の顔が赤い。もしかして、体調が優れないのか?


「そ、そんな格好もできたの……っ!?」

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