懺悔
@copcapkop
懺悔
薄暗い懺悔室の中に年老いた男が座っている。
質素だが質の良い服装だ。
目線を下げ手を擦り口の中で言葉が泳いでいる。
そして重苦しく堰を切った。
「…今日はとある懺悔をしに来ました」
薄い板に遮られた聖域から声が返ってくる。
「…どうぞ」
生気の無い声だった。
「私は昔、大戦に参加していました。祖国が攻め込んだ戦争の最前線で戦っていました。しかし、攻め込んだ先で敵に包囲されてしまい、私の所属していた小隊は孤立しました。そんな状況下の元必死に生き残ろうと皆で励ましあい同じ釜の飯を食べました。」
「その戦場は不思議なもので敵味方が殺しあっているにも拘らず民間人が生活していました。逃げ場がないこともあったのでしょうが、彼ら彼女らは力強く生きていました。」
「…それで?」
「私は狙撃兵として従軍していたものですから、色々なものを見てきました。味方、敵、民間人、生活の跡…そんな中妊婦の民間人を見かけました。彼女は身重ながら良く井戸から水を汲んでいました。」
「ある時私は彼女が訪れる時間に合わせて井戸に支給品のチョコを少し置いておきました。そんな余裕はどこにも無いのに置きました。憐憫か、親近感か、恋心か…とにかく置いたんです。」
「そしたら彼女はいつも通り水を汲みに来るとチョコに気づきました
。彼女は警戒していましたが恐る恐る手に取り懐にしまい、そそくさとその場を後にしました。」
「それを見た時、私嬉しかったんです。まるで奇跡に出会ったかの様な…。活力が湧き明日も頑張ろうと思ったんです。滑稽な話ですよね。明日食べる食料も少ないのに接触してはいけない民間人に嗜好品を渡したのですから。」
「でもそれは良いことだったと今でも思います。いつ死ぬか分からない、非日常が日常になっていた時に少しでも故郷にいた日常に戻れた様な気がしたんです。そうしなければ頭がおかしくなっていたと思っています。」
「…それは良かったですね…」
会話が途切れる。
時が止まっている様に。
「…ある日、小隊の仲間が殺されました。最初に殺された彼は、近々現れると噂されていた増援の為に道を発破をにより活路を作ろうとしていた工兵でした。」
「その頃は偶発的戦闘も落ち着いており自分も仲間も油断していました。私は警戒をしていましたが観測手と雑談をしていました。」
「すると破裂音が2つ聞こえました。一つは近くから、もう一つは遠くから。」
「当時散々聞いた音です。それは私もよく鳴らした音です。工兵の彼の頭には風穴が空き、遠くから銃声が聞こえました。」
「狙撃です。敵が我々を潰そうと動き出したのです。」
「その場は混乱しました。敵の狙撃兵は腕が良く一人、また一人と倒れていきました。私と観測手は必死に敵の位置を探りました。焦れば焦る程景色の上を目が滑りましたがようやく見つけました。」
「それはかなり遠い建物で彼女が通う井戸の近くでした。」
「私は撃ち返しました。しかし、私の腕ではその距離を当てる事はかないませんでした。また、敵の判断は迅速で私が撃ち返した後は狙撃が止みました。撤退したのでしょうね。」
「その兵士に小隊の半分が殺されました。時間が経つに連れて私は復讐に溺れていきました。何をしても奴を殺すと。仲間に手向けると。」
「それから敵との戦闘が激化し、着実にわが小隊は壊滅に向かいました。少しずつ死んでいく仲間に恐怖、悲しみ、怒りを覚えました。とうとう小隊が3人になりました。」
「私、観測手、最年少の新兵です。もうどうすればいいか分からない状況だったのですが、何故か投降するという話にはなりませんでした。何故そうならなかったのか。それは今でも分かりません。死にたくないのに死に急いでしまった。本当に愚かでした。」
「そんな状況であっても、いやそんな状況だからこそ帰ったら何をするか話合いました。家族に会いたい、あったかいご飯を食べたい、ぐっすり寝たい…。そんな話をしている内に新兵が取り乱し始めました。彼は喚くのです。」
「なんでこんな所にいるんだ。なんで殺しあっているんだ。死にたくない。俺はまだ彼女すらいたことがないと。潜伏している身ですからそんな大声を出してはいけません。しかし、私も観測手も泣き喚く彼を止めませんでした。止められませんでした。」
老人はため息を吐く。
「それが良くなかった。本当に良くなかった。新兵を思うなら、家に返してやるべきならぶん殴ってでも彼を静かにさせるべきだった…」
「…見つかってしまったんです。そりゃそうですよね。戦場で大声を出したら見つけてくれと言っているようなものです。…早朝の事でした。破裂音。私は飛び起きました。」
「新兵が見張りをして寝ていたのですが、彼は撃たれていました。観測手も飛び起き新兵を見て驚愕していました。彼は胸を撃たれ肺をやれていました。ごぼごぼと血泡を吹き出し暴れていました。」
「私も狙撃手ですのでこのやり方を知っていました。一人を即死させない程度に傷つけ周りの兵士を釣るというものです。私もやったことがあります。故意で無いにしても私の腕が未熟であるが故に起こってしまい申し訳なく、飛び出した兵士を撃ち殺しました。」
「観測手も知っていました。しかし、実際にやられると、仲間が傷ついていると、理性が分裂してしまいます。これは罠だ。飛び出してはいけない。それに彼はもう助からない。という冷静な狙撃手。仲間が、それも未来ある国へ返してやるべき若人を助けなくてはいけないという人間。せめぎ合いました。数秒が数時間に感じるほど。」
「すると観測手が走り出しました。…観測手は戦前消防士だったそうです。直接人を撃つことが少ないから観測手を選んだと…。彼は人を救う人だったんでしょうね。性というか…。」
「結果として観測手は頭ぶち抜かれ新兵の上に倒れこみました。何も言わなくなった観測手、上に乗りかかられ苦し気に溺れている新兵。何も分からなくなりました。泣くことも冷静に考えることも出来ませんでした。」
「気が付くと私は別の場所に身を潜めていました。皮肉な事に狙撃兵の経験が私を生かしてくれました。狙撃されない道を選び安全な場所を探す経験が。」
「時刻は夕方で奇麗な夕焼けでした。…今でも目を閉じるとその景色が目に浮かびます。何もない私に何も言わない夕焼けが照らしてくるのを。ゆっくりと沈む夕日を眺めながら考えました。次なにをしたら良いかを。増援は来ない。味方は皆死んだ。自分はどこにも行けない。どうしよう…」
「日が沈むまで考えた私はこう思いました。あの狙撃手に勝ちたい。死ぬ前に奴に勝ちたいと…復讐とかではないんです。ただ戦場を生き抜いてきた狙撃手として負けたままは嫌だったんです。不純な動機でうすよね。ですがそれしかなかった。私の頭には。それしかなかったんです。」
「…神父様、私が犯した罪はここからなのです。お聞き下さい。」
「…」
「その日から寝なくなりました。興奮と恐怖でずっと敵の位置を探りました。時折彼女を見かけましたが前ほどの興味もありませんでした。あの狙撃手の場所を知りたい。その一心でずっと潜伏していました。」
「ある時彼女が敵兵と一緒にいるのを見かけたんです。最初は良くしてやったのに敵と一緒にいるなんて…と怒りを感じました。しかし、直ぐにどうでもよくなりました。自分はあの狙撃手さえ殺せればいいと思っていたので。…ああ私はもう人間ではないのだなとこの時思ったことを覚えています。」
「そしてとうとう奴の本拠地を見つけるに至りました。カモフラージュされていましたが逆に自分からするとあからさま過ぎて見破ることが出来ました。やっと奴を殺せる。それだけで楽しくなってきました。」
「それは皮肉にもあの井戸の近くでした。こんな場所に潜んでいたのだな、と。素直に思いました。どうやって奴を撃つか考えました。そして出てきた所を狙撃することに決めました。その本拠地を上から見下ろせる場所に陣取り時を待ちました。彼女が井戸に水を汲みに来たのが見えましたがもうどうでもよかった。狙撃手に会いたい。奴に弾丸をぶち込みたい。ただそれだけでした。」
「ですが、腕の良い相手です。感づいたのでしょうね。本拠地から出た瞬間に遮蔽物に隠れてしまいました。私はじっくりと狙撃するつもりだったので対応出来ませんでした。突然のことに彼女は井戸の辺りであたふたしていました。」
「その時私の頭には数日前の事がフラッシュバックしました。倒れた二人の仲間、狙撃兵が用いる戦法、敵兵と仲良くする彼女…あまり迷いませんでした。」
「なんで迷わなかったのでしょうか…そんなにも私は邪悪な人間だったのでしょうか。いえ、邪悪で愚かな罪人なのでしょうね。私は。」「私は彼女の足を撃とうと決めました。胸は新兵の事を思い出すしお腹は赤子を傷つけてしまうと妙に冷静な頭で考えた私はそういう結論に至りました。」
「しかし、私の体も限界を迎えていた。碌に寝食をしていなかったので当然です。自分が思っているより体が言う事を聞かなかった…私はお腹を撃ってしまいました…」
「…罪なき赤子を傷つけたのですね」
「はい…ですが当時の私は動揺しなかった。もはやなにも考えていなかった。狙った結果にはならなかったが、奴をおびき出す事に何の支障にもならない。彼女が何か喚きながら右手でお腹を押さえ左手で奴が隠れた遮蔽物に向かって手を伸ばしていました。」
「私は奴に対してその気持ちが良く分かるよ、と。何か楽しい気持ちで思いました。迷うよね。だって自分たちも散々やってきたもんね。と。どれぐらいの時間が経ったか分かりませんが奴が動きました。」「銃すら持たず全力で彼女に向かい駆け出しました。私は落ち着き払って、次は狙った場所に当てる事だけに集中していました。やはりそうなるかという諦観とようやく本懐が果たせるという安心感の中彼女を抱えたまま背中を向けた奴の頭に弾丸を放ちました。」
「通り抜ける螺旋状の風、慣性にのっとり力なく前方に倒れる奴、奴と地面に挟まれギャッとうめき声をあげた切り何も言わなくなった彼女。奇しくも観測手と新兵と同じ構図でした。」
「辺りが静かになりました。…もうどうでも良かった。私は狙撃体制から仰向きになり空を見上げました。それは故郷で見た空そのものでした。そして私はそこで横になりゆっくりと目を閉じました。」
「以上が私の罪になります。長い間誰にも告白せずに生きてきましたが漸く吐き出せた…神父様、こんなどうしようも無い罪人ですが何卒…何卒ゆるしをお願い致します。」
「…分かりました。我らが大いなる父によりあなたの罪は許されました。」
「ありがとうございます。長年後悔してきたことを清算出来て安心しています。」
「…それで?」
「へ?」
「…その後どうなりましたか?」
「どうなったかって…私は殺す必要のなかった民間人を殺してしまって…」
「…良く思い出してください。撃って終わり。…ということにならないのはあなたが一番知っているはず。その後どうなりましたか?」
「その後…俺は空を見て目を閉じた…そうしたら遠くから大勢の足音が聞こえて…うっ」
時間が逆流する。逆回転する走馬灯がチカチカと主張している。
老人は苦しみ踠く。全身に痛み走った。血が溢れる。骨が折れくしゃくしゃと傷ついていく。
そして低く呟く。
「そうだ…見つかった狙撃手の末路は決まっている…捕まった俺は…」
その男は捕まり拷問を受けることを思い出す。
老人は傷ついた青年となった。
「こ、これは一体、神父様、どういうことなのです!?」
沈黙。
「お、俺は確かに今拷問を受けているはずだ!なのに懺悔室で罪を告白している!どういうことだ!」
「こ、これは走馬灯なのか?お、俺は死ぬのか…」
「なぁ神父様これは何が正しいんです?拷問を受けて死にそうな俺が正しいんですか?それとも遠い過去として懺悔していた俺が正しいんですか!?教えてくれよ!!」
「…そんな事どうでもいいじゃないですか。」
「…な」
青年は絶句した。頭が回らなかった。
「あなた内に秘めた罪を告白した。それを神は許した。それだけです。」
それを聞き青年は気が遠くなった。
「…そう…か。おれは…ゆるしを…えたのか…」
徐々に力が抜けていく、そして瞼が落ちる。
青年は痛みで目が覚めた。
鎖で繋がれた手首は擦り切れて血が滲んでいる。
吊り下げられ続けた肩は外れかかっていた。
腹部には打撲、裂傷、骨折が散らばっていた。
満身創痍である。
焦点が合わない目でほんやりと地面を見つめる。
視界の外から黒い棒状のものが腹部に突きつけられる。
そこにゆっくり銃身がお腹に突き付けられる。
見覚えがある。銃だ。
知らない声が響く。
「母親と子供の分だ」
青年は弱々しく頭を上げる。銃を差し出している相手を見つめる。
顔は分からない。
そして乾いた笑いが溢れる。
破裂音がした。
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