第5話 女将の過去

「実は私……死のうと思っていたんです」


 文子が突然独り言のように言ってきた。思わず盃を持つ手が止まってしまった。彼女の核心に迫るような話が始まろうとしていたからだ。


「……どうして?」


 私は彼女に動揺しているのを悟られないよう、なるべく声を落ち着かせて尋ねた。


 文子は沈んだ瞳で盃に浮かぶ自分の姿を見つめ、小鳥並に吐息をした。サッと髪を耳元にかけると、私の方を向いた。


「私のお父さんが小料理屋だけど誰でも手軽に入れるように原価ギリギリで提供していたんです。だけど、それが仇となって借金まで作ってしまって……母は値上げするように説得させたんですけど、妙に頑固で聞かなかったそうです……しまいには資金繰りに困って闇金にまで手を出して……何だか馬鹿ですよね。自業自得というか、そのせいで娘の私に迷惑をかけるなんて……本当に馬鹿みたい」


 文子の目には涙が浮かびながら酒を軽く飲んでいた。


 私は食い入るように彼女の身の上話を聞いた。映画だけでは知れなかった彼女の一面に不謹慎だけど酔いしれていた。


 今、自分は彼女の内を知ることができる。脇役中の脇役である彼女と主人公並みに寄り添っていると思うと、大胆なことができるような気がした。


 私はゆっくり手を伸ばしてみた。文子の手のひらに指先があたった時、彼女は私の方を見ていた。少し充血した眼差しで私を見つめる様は言葉に言い表せないほどの色気をまとっていた。


「あの……すみません。お客様にこんな……はしたない」

「私でよかったらいくらでも受け止めてあげます」

「え?」


 文子は少し驚いた様子だった。私はキザな事を言ってしまったなと思いつつもこのままあやふやにするよりは続けた方がいいと判断して、握る手を強くさせた。


「今までずっと独りで、誰にも相談できずに過ごして来たんでしょう? だから、これからは私があなたの苦しみを一緒に背負ってあげますから……もう二度と死のうだなんて思わないでください」


 私がそう言うと、彼女の身体が震え出した。さらに瞳から涙がこぼれ落ちていくのを見て、『やってしまったか』と思った。


 が小声で「ありがとうございます」と呟いていたので、嫌ではないと分かった私は彼女が落ち着くまで手を握った。

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