第3話

フェンスの前に立ち尽くす私の背中に、冷たい風が吹いた。まるで「これ以上先に行くな」と言われているようだった。だが、ここまで来たからには引き返せない。

 フェンスの横には、小さな鍵の壊れた門扉があった。私は周囲を見回し、意を決してその扉を押し開けた。

 森の中の道なき道を進むことおよそ二十分。視界が開け、広大な空き地に出た。そこには、朽ちかけた鉄塔とコンクリートの建物が無言で佇んでいた。

 私は目を疑った。

 それは、明らかに原子力発電所の構造をしていた。

 「なぜこんな場所に……?」

 周囲に人の気配はない。施設は廃墟のようだったが、柵の向こうには「放射線管理区域」という消えかけた警告標識が立っていた。私はスマホを取り出し、現場を撮影した。

 そのとき、後ろでガサリと草を踏む音がした。

 振り向くと、スーツ姿の男が立っていた。桜田門のカフェで会った、あの男だった。

 「……来るなと言ったのに」

 男は眉一つ動かさず言った。

 「これは旧政権が極秘で進めていた“原発初号機”だ。事故が起きて多くの作業員が死亡し、放射能汚染も広がった。だから隠した」

 「それで……地図から村ごと消した?」

 「そういうことだ」

 私は震える手でスマホを握りしめた。

 「なぜ公表しないんですか」

 「公表して誰が得をする?」

 男は淡々と告げると、背を向けた。

 私はその場に立ち尽くしていた。だが、どうしても一歩だけ中を見たくて、金属の扉をそっと開けて建物に足を踏み入れた。

 中は湿った空気と金属の匂い。警告音のような電子音が微かに響いていた。そして、壁の端にあった放射線測定器のランプが赤く点滅しているのに気づいた。

 「まさか……まだ放射線が?」

 私は慌ててその場を出た。が、身体にだるさを覚え始めたのは、それからわずか一時間後だった。

 ——翌日。

 私はベッドの上で、全身のしびれと発熱に苦しんでいた。スマホには、昨日撮影した写真がまだ残っていたが、指が動かない。誰かに送ることもできなかった。

 最後の意識が薄れる中で、私はふと思った。

 ——これは、誰にも知られてはいけなかったことなのかもしれない。

 そして私は、静かに目を閉じた。

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地図から消された村 うさぴょん @mori_masato

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