第2話 虚無の座標

──その設計に、誰かの“意志”があった。


軌道テザーの断裂事故から、三日。

地上の報道は相変わらず「予期せぬ構造不良」「システムエラー」という表面的な分析を繰り返していたが、調査局のリア・クレインには、どこか作られた“空虚さ”しか感じられなかった。


すべてが、曖昧に過ぎる。


本来、ノア・リンクのような巨大構造物には、数百層に及ぶセーフガードが施されている。偶発的な断裂など、構造上ほとんど不可能に近い。にもかかわらず、それは起きた。


事故記録のブラックボックス解析を進めていたリアは、ある奇妙な“ノイズ”を見つける。

通信ログに挟まれていた、明らかに外部のフォーマットとは異なる信号。人為的に挿入されたかのような、断片的なデータ。


そのコードにはこう記されていた。


“X-Σ33-NullZ.

ノード偏差・意図的なオフセット。

設計座標の虚無。”


リアの背中に、冷たい汗が流れる。


設計図を再解析すると、リンクの構造には“設計時点”で重心バランスに歪みがあったことが浮かび上がった。

意図的に見逃されていたのか、それとも……誰かが、最初からその“歪み”を仕込んでいたのか?


その晩、彼女のパーソナル端末に、匿名の送信者からメッセージが届く。


「設計に触れるな。

空白の座標に気づいたなら、君も“座標から外れる”ことになる。」


添付されていたファイルには、事故の2日前に撮影された“消去されたはずの設計プロトタイプ”と、テザーを管理する企業「ゼンテック・ユニオン」の社内通信が含まれていた。

そこには、“ある特定の座標”を意図的に改ざんするよう指示する記録が、幹部の名前と共に記されていた。


虚無の座標――そこは、計算上は存在してはならない空間。

だが、もしもそこが、何かを“隠すために必要だった座標”だとしたら?


リアは、国家宇宙連邦(UFA)のデータベースにアクセスを試みる。

だが、そこでログイン履歴に気づく。誰かが、リアより先にアクセスしていた。


自分の動きは、既に見られている。

あのメッセージの“警告”は、ただの脅しではない。

リアの周囲では、事故当日に関係していた技術者たちが次々と姿を消していた。


「…これは“偶然”なんかじゃない。私はもう巻き込まれてるんだ。」


端末を閉じた瞬間、部屋の明かりが落ち、非常用電力に切り替わった。

窓の外、真夜中の都市の灯に混じって、リアの部屋を見下ろす監視ドローンの影が静かに浮かぶ。


リアは深く息を吸い、ブレザーの内ポケットからデジタルコードキーを取り出す。

それは、内部からの協力者――“エイド”と名乗る人物から託されたものだった。


「知りたい。本当のことを。」


自分は調査官だ。

真実に触れる代償が何であれ、この手で掴み取る覚悟がある。


そして、リアは気づく。

この“虚無の座標”に辿り着いたとき、自分はもう引き返せない地点を超えているのだと。

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