7億円あたった俺が人生で一番欲しかったものを買った話
米粉
第1話
7億円。当たった。
唐突に。しかも俺なんかに。
宝くじの紙束が入ったビニール袋は、
好きな人に振られた帰り道、
用水路に落ちそうになってた。
なぜか気になって、拾ってしまった。
セット売りだったから、
「まあ、物は試しに数百円でももらえたらいいか」と思って持ち込んだ。
……まさか、当たりを引くとは思ってなかった。
誰もが夢見る数字だ。
家が買える。会社が作れる。世界一周もできる。
未来が、まるごと目の前に差し出された気がした。
俺はその7億円を使って、“顔”を買った。
……はい、そこ笑わない。
いや、自分でも笑ったよ。
銀行で「何にお使いになりますか?」って聞かれたとき、
真顔で「顔です」って答えた自分を思い出して、あとで公園で2時間泣いた。
選んだのはD-FACEっていう、
顔のサブスクサービス。
AIが自動生成した「人類平均モテ顔」を、月額制でレンタルできる。
整形じゃない。
顔を変える。丸ごと。
そして、“元の自分”は、データとして保管される。
一時停止。人生のバックアップ。笑える。
なぜそんなことをしたのか。
理由はひとつしかない。
——10回告白してフラれた女に、もう一度会いたかった。
その女の名前は、ナツメ。
職場の先輩だった。
愛想が良くて、ちょっとぶっきらぼうで、でも優しい人で。
少なくとも、そう見えた。
でも現実は非情。
俺は“顔が無理”という理由で、
返事すらされず、空気のように無視された。
10回。数えてた俺もどうかしてるけど、フる側も根気強いと思う。
それから数年。
顔を変えた俺は、ホストになっていた。
今思えば、なんであんな職選んだのか分からない。
自分の“顔”の効果を確認したかったのかもしれない。
自己肯定感が、チラシ裏レベルだった俺には、それしか証明方法がなかった。
そしてある日、
ナツメが、店に現れた。
いやもう、コントかよって思ったよね。
“君がフッた男、今、接客してます”的な。
彼女は俺に気づかなかった。
当たり前だ、顔が違う。
でも、
その顔に惚れて、俺に貢ぎ始めた。
「カッコいいよね、君の顔」
「笑った時の口元、なんか…好きかも」
昔、俺が言った言葉たちが、
彼女の口から、違う男に向けられていた。
つまり俺。
でも違う。
でも俺。
ああ、もう、ややこしいんだよこの世界。
ある夜、ナツメが言った。
「今日、うちじゃなくて……ホテル、行かない?」
あの頃、10回フラれたあの口が、
今は俺を誘ってくる。
勝った気がした。
ちょっとだけ。
でもホテルの部屋に入って、
ベッドに座って、
彼女が服のボタンを外し始めたその瞬間——
俺の中で、全てが終わった。
「ちょっとトイレ行くわ」
気づいたらそう断ってた。
(これじゃない)
そう思った。
顔を変えた俺じゃないと愛せないなら、
それは、俺を愛してるんじゃない。
自分の叶えたかった事が手の中に落ちてきたけど、
ぼんやりと今までのことを想い出す…。
この顔の本当の持ち主のサクマとは、D-FACE経由で知り合った。
顔を借りてると、まれに「使用者同士でコンタクトを取りませんか?」って通知が来る。
要は、“同じ顔族”の井戸端会議システム。
で、そこで俺に連絡をくれたのが、サクマだった。
……というか、元々この顔はサクマの“オリジナル”作品のNo.2だ。
俺はその顔を借りているユーザーの一人。
サクマに初対面の時に言われたのが——
「やあ、俺の顔で人生エンジョイしてる?」
マジで通報しかけた。
でもサクマは、ただのイケメンじゃなかった。
人生に一度、本気でナツメを好きになった男だった。俺と同じように。
しかも俺がフラれて終わったのとは違って、
サクマは付き合ってた。
……で、金を抜かれた。ガッツリ。
高額家電、旅行、ブランド品、ぜんぶ“将来のため”って言われて買わされたらしい。
結果、カード会社から“将来”を差し押さえられた。
それがきっかけで、顔を変え、名前を捨て、逃げた。
俺とは、いろんな意味で“逆の人生”だった。
でも不思議と話は合った。
顔が同じで、中身は正反対。
だけど、“ナツメに壊された男”って肩書きだけは完全一致だった。
それが分かったから、たまに連絡を取り合うようになった。
会話はいつも軽口ばかり。
だけど、どこか俺たちは、
“お互いの再起を願ってる”ような感じがあった。
——トイレに行くフリをした。
スマホを取り出した。
一番上の名前をタップする。
【サクマ】
2コールで出た。
この人、ヒマなのか?
「おう、俺の顔でナニしてんの?」
「何もしてねえよ。ナニもしてねえよ」
「ホテルまで来てしてないとか、何、徳積んでんの?」
俺は苦笑しながら言った。
「……お、お前、この間呑みに行ったとき、GPSでも仕込んだのかよ(笑)
正確な場所は、プラザホテルの808号室。ナツメは、今そこにいる」
少し間をあけて、わざとらしく続けた。
「……お前もイケメンな顔、つけて来るか?ナツメ、喜ぶんじゃねぇの?」
自分でもびっくりするくらい軽く言えた。
でも、口の端が勝手に吊り上がって、
その笑いは、俺の心のどっかから血が滲んでるみたいだった。
数秒の沈黙。
「通報、俺がやる」
「は?通報って何を言っている?」
「お前の名前で記録されるより、
指名手配の俺の方が慣れてる。慣れって大事だろ?」
ナツメって何か!?
・・・サクマ以外にもやらかしているんだろうな。
俺の頭はすんなり察した。
「お前、やさしいな」
「やさしくはない。顔が貸し出し中なだけだ」
「笑ったわ、今の」
「俺も、今ちょっと笑ったわ」
電話を切った。
画面に映った自分の顔が、
さっきより、ちょっとだけマシに見えた。
数分後、ホテルのドアをノックする音。
「新宿東署です。部屋を開けてください」
ナツメは最初、
「え?えっ?」って感じだった。
でもドアが破られた瞬間に、何かを悟った。
「なにこれ!?ちょっと!?誰!?なんで!?」
警官が言う。
「田中夏芽さん、あなたには詐欺、傷害未遂、
及び“複数の被害届”が提出されています。覚えはありますか?」
警官が淡々と告げた罪状は、
俺が知ってる以上に、ナツメの人生が真っ黒だったことを教えてくれた。
ナツメの顔から、ついさっきまでの笑顔が消える。
“捕まる人間の顔”って、本当にこんなふうになるんだな。
俺は静かに立ち上がり、水を一口だけ飲んだ。
ナツメは俺に向かって叫んだ。
「ユウ!?ユウ!?いるの!?ユウ!!?」
でも“ユウ”は、
もうこの部屋にはいなかった。
心の中の顔だけを置いて、
俺は先に出たんだよ。
――――――――――――――――――――――――――――
その足で、俺はD-FACEへ返却申請を出した。
顔も、名前も。
全部、他人から借りてたモノは、もういらなかった。
――――――――――――――――――――――――――――
【新しい顔が作成されました】
【ユーザー登録名:望月 優希】
――――――――――――――――――――――――――――
ようやく、
名前が“俺のもの”になった。
俺は元の自分の顔を登録した。
借りられない?
そんなことは関係ない。
気分の問題なんだよ。
――――――――――――――――――――――――――――
3年後。青い海、白いドレス、そして釣り竿
場所は海外。チャペル。
晴れ。ドレス。花。サエ。
サエは、サクマの妹。
あの後、偶然釣り場で出会って、なんとなく会話して、
なんとなく飯行って、なんとなく付き合って、
気づいたら“呼吸が合う”って思った。
ちゃんと俺を「優希」と呼んでくれた。
顔じゃなく、名前で。中身で。
式の後ろ、
サクマがポケットに手突っ込んで、いつものダルそうな顔で立ってた。
「タキシード、似合ってんじゃん。優希」
「あざす。顔変わった?」
「いじってねぇよ、日焼けしただけだ」
サエが笑いながらブーケ渡す。
「兄貴、泣いてるじゃん」
「……泣いてねぇ。海風だ」
俺も笑った。
この顔で、ちゃんと笑えた。
この人生で、ようやく“誰か”になれた気がした。
「また釣りでも行こうか」
「……ああ、次はサエも連れて」
波の音が、
ゆるく、遠くで揺れていた。
——完。
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