第10話 入学式

「んー…」


目を覚ますと、目の前には見慣れた部屋の天井が目に映った。あたりを探ると、どうやら今はベッドの上にいるらしい。ルクヴェスの記憶にある最後の記憶は、学園の庭園でメノウとノアと三人で合格を願って少し雑談し、天気が良かったためかそのままうたた寝してしまった記憶だ。いつの間に部屋に戻ったのだろうか。


「誰かが運んでくれたのかな」


呑気にそう思っていると、丁度ドアから何度かノック音がした。ベッドから降り、足早に扉を開けると、扉の向こうには、二次試験で監督をしていたジアが仁王立ちで待ち構えていた。


「ようやく起きたか。…受け取れ」


ジアから手渡しされたのは一通の手紙だった。

宛先は書いておらず、後ろを見るとこの学園のシンボルマークが描かれた封蝋が施されており、中に試験結果が入っていると分かるには時間が掛からなかった。そっと封を切り中身を確認する。


『 ルクヴェス・クウォーツ様

 この度は、我がイディナローク魔導院の入学試験を受講頂き、誠にありがとうございます。

 試験の結果、貴殿を今年度入学者として承認することに決定致しました。

 つきましては、案内がありますので、当日十一時までに校長室へ集合してください。

この魔導院で貴殿のなるべく姿になれるよう、教師一同支えていきます。

 貴方に、神のご加護があらんことを。 』


「受かった…のか?」

「そうだ。そして、これがお前の制服だ」


続けて目の前に差し出された制服を受け取り、ルクヴェスは暫くじっと見つめていた。

そしてようやく自身が魔導院生になれたと自覚した瞬間、思わず口角が上がる。


「ルークー!」


声のする方に視線を向けると、遠くからエイルが嬉しそうにこちらに向かってきており、彼の右手にはルクヴェスと同じ手紙が握られていた。


「やりました〜!エイルくん無事試験合格しましたよ〜!ルークはどうでした?」

「やったな!俺も受かったぞ」

「本当ですか!?やった〜!これからボクたち同級生ですね!」

「ああ…!」


二人で合格を喜び合っていると、静かに見つめていたジアが口を開いた。


「話すのは構わんが、時間を忘れるなよ。では俺は失礼する」





それから数日後…。

手紙の通り、校長室へ訪れていたルクヴェスとエイルは、部屋を前にして開けるのを躊躇していた。


「どうします?…行っちゃいます?」

「…行くしかねえだろ」


覚悟を決めたルクヴェスたちは、ドアノブに触れる。

ガチャリ、と扉が開く音と同時、目の前に見えたのは既に待機している生徒たちだった。

ノアにメノウ、ノイズ。そしてルナの四名。彼らは二人を見遣り、笑顔で出迎えた。


「みんな受かってて良かった!これで三人一緒に魔導院に通えるね!」

「そうだな」


自分たちを合わせて、六名が合格したようだ。

とても嬉しそうな彼女の隣にいるノアも優しく微笑みを見せてくれる。


「あんたも受かってたんだな」

「うん、鶏のお陰かな?」

「はは、ありえる」


クスクス笑っていると、ノイズはエイルの頭をグリグリしながら笑顔で話しかけてきた。


「エイルも受かってたんだな!おめでとさん」

「ノイノイも受かってたなんて~!良かったです!」

「あの大きな鎌を持ってた人だよね!力持ちなんだね!凄ーい!」

「えっへん!エイルくん凄いんですからね~」


キラキラした顔のルナをエイルは嬉しさから誇らしくしている。各自合格を喜び合っている中、ノアはメンツを見ながらふと呟いた。


「入学式って言ってたけど…これで全員なのかな?」

「確かに、他にいるのかなぁ?」

「これで全員だぞ!」


ルナも首を傾げていると、突然部屋中から男の声がした。

部屋を見回すと、コケッ!と鶏の鳴き声がこだまし、学園長の机に視線を向けると、そこにはルクヴェスの膝位の大きさの、黄金の鶏が堂々と鎮座していた。ルクヴェス、ノア、メノウ、は昨日追いかけていた鶏と分かり、一斉に声を上げた。


「「「あ、あの時の!」」」

「お知り合いですか?」

「いや、知らねえけど…」

「丸焼きにしたら美味そうだなー」

「え、食べるの?!」


初めて見たエイルの反応に返すルクヴェス、そして鶏を食べようとしているノイズに驚くルナに、次の瞬間その鶏は瞬く間に光輝き、次に目を開いた時には金髪のキトンを羽織った絶世の美少年が椅子に鎮座していた。


「うわぁ…綺麗な顔…」

「…ノレッジ?」


まるで彫刻のように整った顔立ちに見蕩れるメノウに対し、ノアは不思議そうに見つめていた。


「吾輩はルースター・エンデュミオン・ヌール・ア・ディーン!貴公達の学園長だ!」

「…まじかよ」

「インパクトあり過ぎでしょ!」

「んー名前が長くて覚えられない~」


生徒たちがざわめく中、ルースターは気にせず会話を続けた。


「吾輩のことは学園長と呼ぶと良い。さて、今年の入学者もなかなか多く、見応えのある者が多かったが…貴公たちは選ばれし六名なのだ。自覚し給えよ?…だが今の貴公たちはそう、まるでタマゴのようだな」

「えっ?タマゴ?!」

「タマゴは気に食わんか?たしかに、タマゴはまだ生まれてもおらぬし、適切ではないな。よし、ではヒヨコだ!」

「どっちも変わんねぇよ!」


ルナやノイズがツッコミを入れる中、持ち前のメンタルで気にせず、指をぱちんと鳴らすとルースターの掌に小さなヒヨコが現れた。


「これが貴公たちとするだろう?ヒヨコは生まれた後、長い月日を掛けて成長する。そして成鶏になっていくのだ」


ルースターはもう片方の手で餌を与えた。ヒヨコは餌を食べて成長し、輝きを放ちながら黄金の鶏に変わった。ルースターは口角を上げ、一度鶏をめいっぱい撫でたあと、もう一度指をパチンと鳴らし、何事も無かったように掌にいた鶏はどこかへ消えた。


「ここ、イディナローク魔導院は、貴公たちの成長する場と言えよう。つまり養鶏場だ!吾輩たちは貴公たちの求める知恵、力を提供する。そして貴公たちはその期待に応えるために、ここでたくさん努力し、立派な鶏になり給え。努力の末に、貴公たちのなりたかった姿になれていることを祈っておるぞ!

ただ、いきなりこう言われても、今ここで何をするべきか悩んでいる者もいるだろう…。そんな貴公らに、この偉大なる魔法使いの吾輩がこの言葉を授けよう」


椅子から立ち上がり、ルースターは自信満々に手を広げ告げた。


「貴公たちは何にでもなれる!前を向くのだ若者達よ!吾輩たち教官は時に、貴公らの手となり足となり盾となり、全身全霊で支えてみせよう。貴公たちは不安など棄てて、堂々と胸を張り立派な鶏になるのだ!皆を応援しておるぞ」


凛々しくも優しく微笑むルースターに、生徒たちは決意を胸にただ真っすぐ彼を見つめていた。

これがこのイディナローク魔導院を作った人間、そして偉大なる魔法使い、ルースター。生徒たちはお互いに頷き合い、期待に応えられるように意志を固めた。


すると、突然ボフッと煙を放ち、再び視線を向けると最初の時の黄金の鶏の姿になっていた。ふー、と疲れた様子でルースターは告げる。


「すまんの、魔力を使いすぎると鶏の姿に戻ってしまうのだ」

「耐久時間短すぎだろ!」

「この姿でも喋れぬわけではないから安心し給え。さて、これで入学式は終わりだ。ふむ…そろそろお昼の時間だな。先に食事を摂ってくるといい。おっと、それから今日は魔導院の案内を生徒に頼んでおるから、先輩たちの言うことをうーんとしっかり聞いておくんだぞ」

「生徒?」


気がかりになったのも束の間、ルースターは鶏の手で器用に窓を開けている。皆は謎の行動に首を傾げていた。扉を開けた瞬間、彼は生徒たちの方を向く。


「よし!吾輩はこれにて失礼するぞ」

「は?ちょっ、ここ相当高いぞ?!というか何より鶏は飛べねぇだろ!」

「何を言っている、吾輩は偉大なる魔法使いだぞ?飛べるに決まっているだろう」


ではな、と窓の方へ歩き出すとノイズは落ちると思ったのか急いでルースターの元へ駆け寄った。

しかし、特に問題なくその場に浮いている鶏の姿に驚くと同時に今度は彼自身が落ちかけていると気づく。


「お、落ちる!!」

「わ〜!ノイノイ、危ないですよ!! 」

「ちょっとなにやってんのー!!」


エイルとルナが急いで駆け寄り、腕と足を掴み間一髪真下に落ちることはなかった。しかし、小柄な二人だけではいつまでも支えられない。

ルーク手伝ってくださーい!と大声で救援を求めるエイルに、ルクヴェスやノア、メノウも手伝いどうにかノイズは落下を免れた。


ゼーゼー息切れをしているノイズに、始終飛んだ状態で見つめていたルースターは、首を傾げている。


「全く、危ないだろう」

「お前が危ねぇよ!!普通に扉から出ろよ!」

「こっちの方が近道なのだ。今度飛行魔法を覚えた暁には教えてやろう」


気をつけるのだぞー、と呑気に飛んでいくルースターにノイズは拳をぎゅっと握りながら怒りを抑えていた。

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