End nexus of Dystopia

DiA:SpaDA

第1話 終焉の始まり / 第2話 手がかり

「はっ、はっ、ルヴィ!早く歩いて!」

「待って、待ってください!」


酷い吹雪が吹き荒ぶ。

豪邸から逃げ出したルクヴェス、そしてその妹ルルヴィは、互いの手を取り合い、必死に逃げていた。

小さな子どもには耐え難い程の強風と、膝まで埋まりそうな程積もった雪を掻き分けながら、二人は何時間もの間歩き続けた。


今にも凍えそうな寒さ

そして真っ白な銀世界ーーーー.


握った手の感覚で互いの位置を把握し、ルクヴェスは前へと手を引き続けた。


「お兄さま、もう足が…」

「逃げないと!もう少しの辛抱だ、こんなところで捕まるわけにはいかないんだ」

「でももう…歩けな…」

「…ルヴィ?」


ふと手の感覚が無くなった。

後ろを振り向いて姿を確認するが、妹の姿は無い。この一瞬で見失ったのか?急いであたりを見渡すものの、ルルヴィの姿は見つからなかった。

そして不運な事に、こんな時でも天候は味方をしてくれない。途端に風は強まり、ルクヴェスの小さな体に襲いかかった。


…そういえば、必死過ぎて気が付かなかった。


下がり続ける体温、手先の感覚はとうに無くなり吹雪に耐える体力は尽きていた。ふと身体の力が抜ける。


ここで死ぬのか…。

視界は暗くなり、そのまま倒れてしまった。






ルクヴェスは目が覚めると、暖炉が付いたログハウスの中で横たわっていた。


上半身をゆっくり起こし、周りを見渡すが、人の気配はない。目の前のサイドテーブルの上には、まだ湯気のある温かいシチューが二つ。ぐぅと腹の虫が鳴く。

そういえば、昨夜から何も食べていない。

不意にシチュー皿を手に取った時、丁度扉が開いて家主と思われる人物がひょこっと顔を覗かせた。


「あ!目が覚めたんですねぇ。良かったぁ。死んじゃってるのかと思いましたよぉ」

「あんたが…助けてくれたのか?」

「ええ。ま、偶然見つけただけですけどねぇ」

「そうか…さんきゅ。…あと、近くでもう一人、女の子見てないか?」

「もう一人?いいえ、見ていませんね」


その家主…自分と然程年齢が変わらないであろう愛想の良い少年は、汲んできた真水を鍋に移し、火をつけながらそう言った。


「ところで、お名前はなんて言うんです?」

「ぼ…俺は、ルクヴェス・クウォーツ」

「ルクヴェス...まるで貴族のような…いい名前ですね!じゃあ親しみを込めてルークって呼びますねぇ。ボクはエイル。エイル・クロワールです。エイルくんって呼んでくださいね〜!」

「よろしく、エイル」

「あの、人の話聞いてました?」


二人はシチューを食べ空腹を満たしながら呼び名について話し合った。エイルはさてと、と改めて聞いた。


「ルークはどうしてあんなところで倒れていたんですか?」

「色々と訳ありでな。屋敷から逃げていた途中で、体力が限界になって倒れたんだ」

「なるほど、つまり家出ですね!」

「いや、別にそういうのじゃない」


家出なんて簡単に終わらせられない。自身の左手を見つめ”あの時”を思い出す。


新鮮な朱、

蒸せる様な匂い、

向けられた殺意。


そして…傷を負い、未だ痛む右側の首筋に触れた。


「あの…大丈夫ですか?」

「え?」

「顔色が悪いですよ」


エイルはふとルクヴェスの顔を覗き込んで心配そうに尋ねた。すると、ルクヴェスは昨日までの経験を鮮明に思い出してしまい、吐き気に襲われ、思わず口を塞いだ。

エイルは冷静にバケツを手に取ると、ルクヴェスに渡し、背中を優しく擦った。ようやく落ち着いた頃にルクヴェスは口を開いた。


「悪い。もう大丈夫だ」

「ルークって嘘をつくのが下手ですねぇ」


はいどうぞ、と水が入ったコップをルクヴェスに差し出した。ルクヴェスがコップを受け取り、ゆっくり飲みほしていく姿を見ると、エイルはにこっと安堵したように笑った。


「立ち入ったことを聞いてしまってごめんなさい。気分を悪くしてしまったのなら、ここまでにしましょうか」

「大丈夫だ。だいぶ落ち着いた」

「本当ですか?それならもう少しだけ。ルークはどうして屋敷を抜け出したんですか?」

「あのままあそこにいても、殺されるのを待っているようなものだったからだ」

「でも…ご両親は心配しませんか?」

「両親は…もういない」


一瞬、静寂が走る。それでもルクヴェスは続けて話した。今の自分には妹しかいない。ルヴィだけが唯一の家族なのだと。彼女まで失ってしまったら、自分はどう生きていけばいいのだろうか。ルクヴェスは胸の内をエイルに伝えた。

全てを話し終えると彼は少し戸惑いながら、口を開いた。


「今日はもう夜遅いですから、休みましょうか。朝起きたら…妹さんを一緒に探しましょう」

「…あんたも、手伝ってくれるのか?」

「はい!エイルくんもう決めました。こんな大変そうなルークをひとりぼっちにしたら可哀想ですからね。エイルくんがしっかり守ってあげます」


エイルは得意げになって堂々と胸を張ってそう言うと、さてもう寝ましょうか、と奥の部屋から毛布を取り出しに向かった。


屋敷で暮らしている時は、明日が来ないで欲しいと何度も願いながら生き続けてきた。

だが今日は、昔父が出かける約束をしてくれた時のように。早く朝になってくれることを願っていた頃と同じような気持ちになれた。

あの時よりも、ここは安心する。


つかの間の安心感から、ルクヴェスは瞼を降ろすとすぐに夢の中に落ちていった。



――――――――――――――――――――



「おはようございます!ルーク!」

「…はよ」


元気に挨拶を交わしたエイルは、キッチンで昨夜のシチューを温めていた。甘く良い香りが鼻を擽る。未だ覚醒途中のルクヴェスは、眠い瞼を擦りながらベッドから起き上がって大きく伸びをした。

シチューの鍋を食卓に運ぶエイルが「朝ごはんですよ~」と声を掛けルクヴェスを見ると、もう一度見遣る。

さっきから妙な程目が合うエイルが気がかりで、何か変な態度だったか?と思ったがそんな心配は必要なかったようだ。その後背を向けエイルはプルプル肩を震わせながら何か堪えている。ああ、そういえばいつもこうだった。


「そんなに笑う事ないだろ…!」

「だって、…っ、ルークあなた、…頭が大爆発していますよ!」


ルクヴェスがもっと小さい頃。

朝起きると父も母も、エイルと同じような反応をしては散々からかってきた。

ルクヴェスは懐かしい記憶に胸をうちしがれてるのも束の間、けらけら笑っている目の前のエイルの髪を見遣ると、彼もまたルクヴェスと同等に髪の毛が大爆発していることに気がついた。笑ってやりたいところだったが、きっとあれはわざとではなく、元から癖っ毛なのだとひとり納得した。


「…顔洗ってくる」

「洗面所は扉を出て右側ですからね~」


分かりやすく説明してくれたエイルの言葉を頼りに進んで行くと廊下の先に洗面所が見えた。身支度を整えたあと、先に待っていたエイルを横目にルクヴェスもまた着席し、二人で食事をした。

食事を進めながら、昨日話した通り妹探しをしようということで話は纏まった。

ログハウスの中にあった地図を取り出し、今の場所を確認する。現在地はスラム=ガレーネの少し端の山のようだ。ラリュ=ミエールからかなり移動したが、まだまだ移動しなくては追ってが来そうだ。


「ルヴィを見つけ次第、体力があるうちにもう少し先に進んでおきたい」

「そうですねぇ。…それならノレッジ領の近くまで行ってみませんか?あのあたりはボクたちのような余所者でも歓迎してくれると聞いたことがあります。そうすれば安全に生きられるかもしれません!」

「そうだな。そう決まれば早くルヴィを探し出そう。…ルヴィ、捕まっていないといいんだけど…」

「きっと大丈夫ですよ!さて、腹ごしらえもしましたしそろそろ行きましょうか」


皿を片づけ終わった後、二人は厚めのコートを羽織り、家の扉を開いた。


目の前には昨日と同じ真っ白な銀世界が広がり、

空は快晴で雲一つない、良い天気だ。


ルクヴェスはふと、まわりを見回し、障がい物や異変がないか確認した。だが、この家がポツンと建っているだけで他には何もない。

よくこんな所に家を作ったな…と感心しながら、地図に目印した方向へ足早に歩みを進める。ここはルルヴィと最後にはぐれた場所だ。予想していたが、やはりルルヴィの姿はなかった。

もう一度あたりを見回し、ルルヴィの名前を呼んだ。せめて彼女の持っていた荷物一つでも見つけられたら…とただひたすらに妹の名前を呼び続けた。


しかしこの日はなんの収穫を得られず、二人は大人しくもう一度ログハウスに戻らざるを得なかった。


次の日も二人はひたすら探し続けた。

当てのない中、エイルも一生懸命協力してくれている。たった数日しか会っていない仲だが、打ち解けるのが苦手なルクヴェスですら、今では最初の出会いに比べて随分と素直に話せるようになってきた。ルクヴェスにとって同い年の友人は嬉しい事だった。彼もまた心を開いてくれているのか自分に笑顔で接してくれている。


そして二人でルルヴィを探し始めて数日。

何も情報を得られていない日々が続いていた。エイルは底棚を空けて中を確認し、家の食料がもうすぐ尽きそうであることを告げた。


最後にもう一度、ルルヴィと逸れた場所に向かいたいと告げたルクヴェスを尊重し、その場所に向かった。

日が経ち痕跡をすべて隠した雪に絶望し、ルクヴェスはその場で膝をつき座り込んでしまった。


そして地面に広がる白い雪を見つめ、ルルヴィとはぐれてしまった原因を無数に思い浮かべた。この雪の中に埋まってしまったか或いは…


「ん~。もしかすると誰かがルルヴィちゃんのことを助けてくれたのかもしれませんね?」

「…だと、いいんだけどな」

「ルーク、もしかして今から雪を掘ろうとか考えてませんよね?」

「…………」

「いやいやさすがにいないと思いますよ!?」

「可能性はゼロじゃないだろ!」

「それはそうですけど、もう何日も経っていますし掘って探すのは無茶ですよ~!」

『お前たち、何してんだ?』


案の定手で雪を掘り始めたルクヴェスをエイルが止めている中、突然頭上から響いた男の声を聞き、二人は驚きのあまりびくりと身体を強張らせた。

こんな何もない鉱山に一体誰が何の為にいるんだ。しかし、このまま無視して走り去るのも失礼だろう。覚悟を決め、二人は声のする方へゆっくり振り向いた。


”あいつ”の追っ手かもしれない、

最悪どう逃げようか脳裏に浮かんでいたが、目の前に現れた男は鉱物を背負いこれから下山する鉱夫のようだった。背負われた袋の中には大量の黒い鉱物がたくさん入っている。


「この辺りの鉱物は何もないぞ。俺がとっくに全部採ったからな」

「そ、そうなんですね~。ちなみにお兄さん、この辺りで人を見ませんでしたか?」

「人?そうだな、ここから離れる時探索魔術をかけたが人の痕跡は無かったぞ」

「あんたがここらの鉱物を採取していたのは、いつ頃なんだ?」

「あー三、四日位前からだな。…俺ぁ、採掘する前に周りに敵がいねぇか確認するんだけどよ。そん時にここらへんで足跡の痕跡があったぞ」

「っ!本当か!」


妹の可能性がある、そう思った時には既にルクヴェスは男の服を掴み駆け寄っていた。その気迫に幼い少年ながらも呆気に取られながら話を続ける。


「俺の魔術は動物の足跡や人間の足跡、それに鉱物の場所を光らせる。痕跡の光具合によって何時間前のものか分かるんだ。すげぇだろ?

四日前だったか、あの日は吹雪が悪化していてな。近くの洞窟で風を凌ぐがてら休んでたんだがよ。ふと奥の方を見たら人間の輪郭に光ってたんだよ、しかも二人だ!誰かが遭難したやつを背負っていったんだろう。吹雪が収まってからもう一度その場所に行ってみたら、うっすらだが足跡の痕跡があったな」

「…それで、その足跡はどっちへ行ったんだ?」


その足跡が北東側に向かったのであれば、元の屋敷に連れ戻されたことになる。

追っ手であってほしくない…。どうか無事でいてくれ。ルクヴェスは静かにルルヴィの安否を願った。


「どっちって…そりゃあアルマ=マキナの方に決まってんだろ。余程の馬鹿じゃねぇ限り、わざわざクローフィ領に行こうなんて思わねぇよ。ま、そいつらがアルマ=マキナに行ったって確証もねぇけど、少なくともノレッジ領のどこかだな」

「…そうか。助かった」

「やりましたねルーク!妹さんきっと無事ですよ!」

「ああ…そうだなっ」


妹が元の屋敷に戻されていないことが分かり、ルクヴェスは安堵の溜息を吐いた。時間が掛かってでも必ず迎えに行く。きっと今もどこかで寂しがっているかもしれない。

次に向かう先を見つけ、ルクヴェスは荷物を持ち、少しだけ軽くなった体を起こした。


「ありがとう。助かった」

「ありがとうございます!」

「気にすんな。こんなんで役に立つなら何よりだ。ここを超えるのはちと大変だから、気をつけて行けよ!達者でな」


男もまた荷物を持ち上げ下山していった。姿が見えなくなってきた頃、エイルはルクヴェスに声を掛ける。


「ルルヴィちゃん、クローフィに捕まっていないようで安心しましたね、ルーク」

「ああ。次に目指す場所が決まった。必ずルヴィを見つけ出す。絶対にだ。エイル、あんたはどうするんだ?」

「ふふふ、前にも言ったじゃないですか~。エイルくんはずーっとルークのお供しますって!もう食料も底つきそうでしたし、移動しないといけませんからねぇ」

「あそこはあんたの家なんだろ?別に移動しなくていいんじゃねーの」

「あっ、言ってませんでしたっけ?実はボクも最近お邪魔した身なんですよ」

「は…?」


そういえば、ルクヴェスは数日間エイルとともに過ごしてきたが、彼の事を何一つ知らなかった。

相手の顔色を伺うのが上手く、それでいて愛想がいい。それが今の知っているエイルの全てだった。

きっとエイルも事情があってついてきたのだろう。もっと知りたい。そう思った時には既にエイルに疑問をぶつけていた。


「あんたのこと、もっと教えてくれないか?」

「…それがルークを苦しめる事になってしまうとしても、ですか」


切なそうに視線を向けるエイルに、ルクヴェスは目を逸らすこともなく、素直に頷いた。

何となくだが、わかっていた。


少し尖がった耳。

ノレッジと比べて鋭利な爪。


だが確信を持てなかったのは、彼の藍色の瞳だった。ルクヴェスが知っているクローフィは目が赤く光り、血を欲する憎き化け物だ。けれど、今目の前の友人は”あいつら”と違う。ルクヴェスの心情は確信に変わる。


「ああ。それでも俺は知りたい」


その答えにエイルは、今まで見たことのない表情をルクヴェスに向けるのだった。

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