影二つ〜小さな決断〜

薄明かりの差す部屋の中で、時計の針が静かに時を刻んでいた。微かに聞こえるそれは、突然爆発しそうなほど大きく、少女の胸の内で響いていた。梨華の目には、その針が彼女が背負ってきた重荷の象徴のように映り、逃げ場のない現実を一層残酷に感じさせた。


梨華は学業でも課外活動でも、全てにおいてトップを目指していた。彼女の部屋には表彰状が並び、親たちはそれを誇りに思っていた。しかし、梨華自身は、完璧さを求める親と友人たちの期待に応え続けるプレッシャーに苦しんでいた。どこに行っても「もっと頑張れ」という声が彼女を追い詰めていた。

彼女の日常は、予定でギッシリと埋め尽くされ、自由な時間など一秒も残っていなかった。それでいて、誰も彼女が本当に望んでいることを尋ねようとはしなかった。梨華は次第に孤独を感じ始め、心の中で孤立していった。


ある日、学校から帰宅した梨華は、ベッドに倒れこんでため息をついた。心の中では、全てを放り投げ、何も考えずに自由になりたいという衝動が渦巻いていた。しかし、その一方で、完璧を求める周囲の期待を裏切ることはできないという強迫観念に囚われている自分もいた。

その夜、彼女は何度も同じ夢を見た。広大な原野を風が吹き抜け、どこまでも続く青い空の下で、彼女はただ走り続けていた。ただ息を切らし、風を感じ、何も考えずに走るその中で、初めて彼女は解放の瞬間を感じ取った。しかし、目覚めると、その夢の記憶は現実のプレッシャーの波に飲まれて消えゆく。


ついに、梨華はある決断を下した。周囲の期待を背負うことに疲れ果てた彼女は、一瞬だけでも自分を解放したいという気持ちに従った。ある朝、彼女は制服を脱ぎ捨て、普段は手にすることのないカジュアルな服を選んだ。そして罪悪感を抱きながらも、バスに乗り込み、無計画に町を離れた。

彼女は行き先のない旅を続け、ただ自分の足音と心臓の鼓動に耳を澄ませていた。そして、誰も知らない場所で空を見上げると、夢の中で感じたあの風が現実のものとして頬を撫でた。瞬く間に心が軽くなるのを感じ、彼女は初めて自分の人生を取り戻した瞬間を手にしたように思えた。


だが、その解放感は短命だった。梨華が帰宅する頃には、すでに彼女を心配する親や学校の連絡が押し寄せ、彼女の行動は問題視されていた。再び重くのしかかるプレッシャーの中で、彼女は結局その場限りの逃避でしかなかったことに気づく。

戻った日常に再び繋ぎ止められた梨華には、今度こそ逃げ場がないと感じられた。周囲の期待に応える未来を考えると、全てが灰色に見えた。最終的に梨華は、同じループが続く現実に絶望し、心の平穏は決して手に入れられないのだと悟るのだった。結局、彼女は再び、耐えられない重荷の下に押しつぶされ、自分を見失っていったのである。

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