わたしはAI犬のお母さん!〜Fly me to the Mars〜
高山小石
講演者はミソラ
見慣れた小学校の体育館が、知らない大人でいっぱいだ。もうすぐ始まるのは講演会なのに、まるでアイドルを待つコンサート会場みたい。ウキウキした空気でヘンな感じがする。
一般客にはパイプイスが用意されている。生徒はクラスごとにかたまって床に座っている。わたしと友達の腕がくっつくくらいの満員御礼具合。せまいとぶーぶー言いながらも、やっぱりみんなどこかワクワクしている。
そんな中で、わたしは別の理由で興奮していた。友達とゼロ距離で、ざわざわしてる体育館はちょうど良い。昨日からおさまらない気持ちを親友に今すぐ聞いてもらえるからだ。
「塾のテストで良い点とったら欲しいもの買ってくれるって言うから頑張ったのに! 『犬飼いたい』って言ったら『
「お高いAI犬が候補に上がること自体がスゴいと思うけど。この講演会って、そのAI犬を作った人が来るんでしょ? うちの小学校出身だって知ってた?」
「知るわけないでしょ。AI犬なんて余計なもの作る人のことなんて!」
「でもさ、なんで本物みたいなAI犬を作ったのか気にならない?」
「どうせたくさん犬を飼ってた金持ちが『AI犬もいたらカッコ良くな〜い?』とかノリで作ったんじゃないの?」
「あー。そーゆーの先入観って言うんだよ」
ムッとして言い返そうとしたら、チャイムと同時に「ミソラさんお願いします!」とアナウンスが響いた。
一瞬でざわめいていた体育館がシンとなって、わたしもあわてて口を閉じる。
名前は有名なのに、正体は一切不明だったミソラが、初めて人前に現れるのだ。みんな
舞台に出てきたのは、先生になったばかりみたいな若いお姉さんだった。元気そうなお姉さんはパンツスーツで
「ミソラって女の人だったんだ」
「ね、意外ー」
親友もささやき返してくれた。
似た意見があちこちからも聞こえてくる。
「想像してたより若かった」
「女子だったんだー」
「メガネ男子だと思ってたのに」
本物みたいなAI犬を作り上げたミソラ。大金持ちじゃないんなら、逆に地味で犬しか友達がいないコミュ障な人かとも思ったのに。舞台にいるミソラに特別変わったところはない。普通の人みたいに見えるけど、本当にこのお姉さんがミソラ?
お姉さんは壇上でマイクを手にとると、きぃんとマイクが響くのを気にすることなく、マイク片手に歩きながら話しだした。
「皆さんこんにちは。はじめまして、ミソラです。きっと皆さんは私に聞きたいことがたくさんあるんじゃないかと思います。だから先に、その答えの半分くらいを話しますね」
押しつけがましくない、聞き取りやすい声。
わたしもみんなも、自然とミソラの次の言葉を
待っていた。
「私が小学生のころ、一番欲しかったのは犬でした。犬を飼いたくてたまらなかったんです――」
※
「たん生日プレゼントには犬がほしい!」
登下校の途中に見かける小犬がかわいくて、時間を忘れて学校に遅れてしまったこと五回、下校時刻を一時間過ぎても家に帰りつかず探されてしまったこと三回。
そのうちの一回は飼い主の散歩にコッソリついて行ったことで、すわ誘拐かと大騒ぎにまでなってしまった。
そのたびに叱られるのを繰り返し、美空は思った。
(家に犬がいたらいいんだ! 家にいれば学校からまっすぐ家に帰りたくなるし、自分の犬ならおさんぽだって行きほうだい!)
美空はいつもよりおかずの多い夕飯が並ぶ食卓に、しめしめと思った。
(今日はパパもいる。パパなら、犬がほしいって話したら買ってくれるかも!)
「パパー、犬買ってー」
「ダメよ!」
「もうっ。ママにはゆってないんですけどー。それに、なんでダメなの?」
「じゃあ誰がお世話するの? パパもママも働いてるでしょ。美空は学校だし。ご飯だけじゃなくて、お散歩も毎日行かなくちゃいけないのよ。病気にだってなるし、洗ったり、注射に連れて行ったりも」
「美空がするもん!」
「美空にはまだ難しいわよ」
「じゃあ、いつならいいの?」
「美空がもっとしっかりしてからよ」
「えー。ママはいつも『しっかりしなさい』とか『きちんとしなさい』っていうけど、『しっかり』とか『きちんと』ってどうすればいいのかわかんないよ」
「そうだな。美空はまず、朝は自分で起きてみたらどうだ」
「あら、いいわね」
「パパ、いま朝おきる話なんてしてないよ」
「美空、毎朝ちゃんと起きたら犬のごはん係になれるわよ。美空が前に話してくれたじゃない。飼育委員は人気で、なかなかなれないんでしょ」
「うん。とくに、ごはんをあげる係は大人気で、しいく委員になれても、じゅんばんだから……あっ。そっか。朝おきれたら家で毎日できるんだ!」
「そうよ。ごはんあげるためには毎朝きちんと自分で起きないとね」
※
「両親にうまくのせられた私は、時間がかかりましたが、続けて一人で早起きできるようになりました。『さぁこれで犬を買ってもらえるぞ!』 と思ったのに、そう簡単にはいきませんでした」
「しってる〜。『じゃあ次はこれね』とかゆわれたんだろ〜」
「ぜったい、いっこじゃ、おわらないパターンだー」
前の方に座っている低学年の生徒から声が上がった。
「あはは、そうです。皆さんのご想像通り、次は『学校の行き帰りに道草しない』だとか、『早く寝る』だとか『歯磨きする』だとか。どんどんどんどん、これができたらの【これ】が増えていったわけです」
「うちの親もよくやるヤツだ」
「あるあるだよね」
わたしと親友、他のみんなもミソラの話にうなずいている。大人の一般客は気まずい顔だ。
「それでも、すごく犬が欲しかった私は、それはもう頑張って、両親の出し続ける『これができたらの【これ】』をクリアしていきました」
ミソラは胸をはって得意げに話し続ける。
「次こそ飼ってもらえるんだって信じていましたし。もうね、ただただ、自分の犬が欲しかったんです。おかげさまでほぼほぼですが、早起きできるようになりました。だいぶ好き嫌いせずにご飯を食べられるようになりました。学校に行くのも滅多に遅れなくなり、学校からもだいたいまっすぐ帰るようになりました。宿題やプリントを忘れることや忘れ物も随分と減ったし、苦手な教科だって出来る範囲でですが頑張りました」
「へぇ。ミソラえらいね」
「確かにえらいけど、それでも完璧じゃないんだね。ミソラさんの普段がひどすぎた予感」
「うん。なんか想像と違ってたっていうか」
「これってさ、『飼ってくれないから、もう自分で作ろうと決めました』ってオチなのかな?」
友達の予想もミソラは秒ではずしてきた。
「そうして一年近く過ぎた日の夜、ついに父が、ペットを運ぶキャリーケースを持って、帰ってきたんです!」
※
半分ほど網目の空色のキャリーケースの中には、すでにモフモフした小さな犬が見えかくれしている。
「美空、これまでよく頑張ったね。はい」
「わぁ! わたしが開けていいの?」
「もちろんよ」
小犬は寝起きなのか不安なのか、キャリーケースの中で座ったまま、ぎこちなく首だけ動かしている。その様子に美空は釘付けだ。
(ちゃいろの小犬だ! ぬいぐるみみたい! かわいい〜〜っ)
美空はドキドキしながら、そっとキャリーケースの扉を開けた。モフモフした小犬は立ち上がると、ちょこちょこと歩き出した。開いた扉をくぐり抜けようとして、ケースと床の段差にひっかかって転んでしまった。
「あっ! だいじょうぶ……!?」
横たわった小犬は、体は横倒しのまま、足だけ倒れる前と変わらず動かし続けている。
「な、なんかヘン? この子、病気なの?」
「あー、美空、実はこの犬、機械なんだよ」
「きかい?」
「美空が頑張ったから、AI犬のモニターに選ばれたんですって。良かったわね」
「もにたーって?」
「AI犬と暮らして感想を伝えるお仕事だよ」
「おしごとなんてしらない! わたしは本物の小犬がほしかったのに!」
※
「驚かれたかもしれませんが、この時点でもうすでにAI犬はいたんです。私があまり表に姿を出さないのも、先に開発してくださった先輩方を差し置いて、私ばかりが有名になるのはおかしいという気持ちもあるからです。でも、小学生の私は。……頑張ってがんばって、1年近くの間ずっと増え続けた、両親の出す『これができたらの【これ】』をクリアして、ようやく念願の犬をお迎えしたら、『その犬は普通の犬じゃなくて機械なんだよ』と言われた瞬間の私は、『なんで!?』しかありませんでした」
偶然にも似た状況だったわたしも、ミソラの気持ちがわかりすぎるほどわかってしまった。
「わかる! マジで『は?』しかないよね」
「やったね、ミソラと仲間じゃん」
「AI犬は、そのときから見た目は普通の犬と変わらなかったので、可愛いし仲良くしたいとは思っていたのですよ! でもね、中身が違いすぎました」
※
普通の生きている小犬だと信じていた美空はガッカリした。あんなに頑張ったのにだまされたと思った。
「パパもママも大ウソつき!」と怒って泣いて、その日は結局AI犬に
しかし翌朝になって目覚めた美空が、美空の部屋にいつの間にか置いてあった円形のふかふか
さっそく朝の台所に立つ母に犬のご飯をもらいに行く。
(このために早起きできるようになったんだもん!)
「おはようママ。犬のご飯ちょうだい」
「おはよう美空。ご飯って。あの犬はなにも食べないわよ」
「えっ!?」
(なにも食べなかったらおなかがすくのに?)
※
「ご存じの方もおられるかもしれませんが、AI犬に、私たちと同じようなごはんは、実は必要ないんです。充電電池式なので、電気がごはんです。でも小学生の私には、生きている犬にしか見えなかったこともあって、食べないで動けることが信じられませんでした。だから『私には内緒でこっそり別のなにかを食べさせているんだな』と思いこんでしまったんです。実際は、AI犬専用寝床に寝転ぶと自動で充電する仕組みだったのですが、その仕組みを知らなかった私は、その日が日曜日だったこともあって、犬がどこでなにをするのか、こっそり追いかけて確かめることにしました」
「なんかさ。ミソラちゃんってナナメ上じゃない?」
「うん。絶対なんかやらかしそうだよね」
※
美空はAI犬に気づかれないように、朝からずっと、AI犬のあとをつけていた。
実際にはバレバレだったが、AI犬はそういう遊びだと認識したらしく、ちょっと歩いては美空を振り返り、また歩いては振り返るのを繰り返していた。美空はそのたびに、だるまさんがころんだ状態でピタッと止まる。
「ちょっと。うちの娘と犬が可愛い過ぎる」
「一時はどうなることかと思ったけど、仲良くなれそうで良かったよ」
実際の美空は、AI犬がなにかを食べる瞬間を見てやりたい一心だったのだが。様子を見ていた美空の両親は、美空がAI犬に近づきたいけれど恥ずかしがっているのだなと、ほほえましく感じていた。
(おかしいなぁ。一日ずっと見てたけど、ほんとになにも食べなかった。あ、わたしがねむってから食べさせるつもりなんだ! ぜったい見のがさないんだから!)
「わたしもうねるね。おやすみなさーい」
自分の部屋に戻った美空のあとに続いて、AI犬も美空の部屋に入った。
AI犬専用寝床が美空の部屋に置かれているからだ。AI犬が円形のふかふか寝床に向かおうとポテポテ歩いていたところを、美空はひょいと持ちあげた。
「いっしょにねよう」
モフモフを抱きしめて美空は嬉しくなった。
「いっしょにねるのもユメだったんだ」
ぎゅっと抱きしめてベッドにもぐる。腕の中の小犬はあたたかくてやわらかい。
「えへへ。そうだ、この子の名前なんにしようかなぁ。わたしと同じお空みたいなのがいいんだけど。……イワシグモとかレインボーだと、ちょっとよびにくいかな。ムーンとかスターとか、お空っぽくてカッコカワイイのがいいなぁ」
小犬を見るとタイミング良く首をかしげた。
その様子が「なんでお空に関係する名前がいいの?」とたずねられているように感じたので、美空は小犬に説明する。
「わたしの美空って名前はね、ママが雨雲ののこる夕焼けとか、もくもくした
美空は胸もとにいる小犬をじっと見つめた。
小犬はチョコレートとカフェオレの間くらいの茶色い色をしている。
「チョコとかモカとかショコラもカッコカワイイんだけど、お空ようそが入ってないんだよね。お空っぽいけど、イメージはチョコ……うーん」
美空は、ちょうどいい名前ないかなぁと、食べたことのあるチョコレートを思い浮かべていった。
「あ、アポロ! アポロいいかも! なんかカワイイし、月に行ったロケットだからカッコイイしお空ようそも入ってる! きめた! 名前はアポロ! アポロだよ!」
美空はバッチリな名前だと大興奮していたが、肝心の小犬アポロはやっぱり首をかしげていた。
「ねぇアポロ。いつかいっしょに月に行こうね」
美空は未来の月旅行を想像して楽しくなった。
(重力が地きゅうの六分の一とかよくわかんないけど、アニメだとトランポリンみたいにぽわんぽわんしてた。月でアポロと走ったら、アポロ飛ばされちゃうかも。わたしは飛ばされたアポロをさがしに行くんだ)
最初、美空はベッドに入って寝たフリをして、その間にAI犬がなにをするのかこっそり見てやるつもりだった。でも楽しい想像とアポロのぬくもりに、寝たフリ作戦を思い出した頃には、かなり眠たくなっていた。
(あー……ほんとに、ねちゃ……ダメなのに)
美空はAI犬を抱きしめたまま眠りに落ちた。
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