第13話 御伽噺
――ふと、目が覚める。
「おはようございます、ハムさムシャムシャ」
「何食ってんだ」
「お見舞い品です」
「誰の?」
「賢者候補殿に、と」
それなら、なんであんたが食ってんだ。
「それよりも起こしてあげたらどうですか?」
「ん?」
ちょいちょいと俺の膝のところを指さすヨクゥニーナ。
見ると、そこにはユーシャが眠っていた。
「ハムさんが起きるまで寝ないって、可愛かったんですよ」
「……何日ぐらい寝ていたんだ?」
「三日ぐらいでしょうか」
そんなに。
「んぅ……」
ユーシャが眠気眼を擦りながら顔を起こした。
すると、パチリと目が合う。
「ハムさん!」
「うわっと!?」
勢いよく飛び付かれ、倒れそうになるのをグッと堪える。
「よかった、目を覚ましたんですね! よかったぁ!」
「心配をかけたようで、ごめん」
俺がそう言うと、「いえいえ!」とユーシャは首をぶんぶんと横に振る。
ユーシャは本当に安心したようで、しきりに胸をなで下ろしていた。
「そういえば、ラレッタは――」
そう言いかけた時、扉が音を立てて開けられた。そして、底抜けに明るい声が響く。
「みんなのラレッタちゃん帰還です! ああ! 目を覚ましたんですね、よかったです!」
「ああ。ラレッタも……無事なようで」
「此度の襲撃は、ミカタゴ・トゴロスさん単独で行った……そういうことになりました」
ちらりとヨクゥニーナの方を見ると、察した彼女はそう教えてくれた。
「ハムさん」
これまでとは違い、真剣な光を宿した目がこちらを見る。俺は居住まいを正して彼女と向き合った。
「ごめんなさい。あたしのせいで危険な目に合わせてしまって」
俺に対して頭を下げるラレッタ。
その時、ふと視線を感じる。視線のする方を見てみると、ユーシャがじっとこちらを見ていた。
……そんなに心配することは無いよ。
「大丈夫だ。冒険者なんだから、このぐらいの危険はなんて事ない」
「……ありがとうございます!」
「うん。笑ってた方がラレッタらしいよ」
笑っている姿か、曇っている姿しか知らないだけだけど。
「そういえばシッタは?」
「シッタさんは、知見の狭さを痛感したとのことで世界を巡る旅に出ました!」
「そ、そうなんだ」
まあ、知ったかぶりだもんなぁ。
ミカタゴ・トゴロスは……聞くまでもないか。襲撃が単独で行ったということになっているのなら、警察かなにかに捕まっているのだろう。
それをここで敢えて掘り下げる必要は無い。
「……それでは、そろそろ私は行きますね。ハムさんはここ数日、何も食べていなかったのですからお腹が空いていることでしょう」
「さっきお見舞い品を食われたからな」
「お腹が空いていることでしょう」
「……ありがとうございます。ご馳走になります」
突っ込んだら会話が進まなくなりそうだったので、素直に折れる。こういう判断を即座に出来るようになったことは、成長か。はたまた退化か。
「ラレッタ、手伝ってくれますか?」
「ラレッタちゃんにまっかせてください!」
ヨクゥニーナが部屋を出ていき、ラレッタもその後に続く。彼女が部屋を出ようとした時、ラレッタは一度振り返ったら。
「では、ラレッタちゃん自信の料理、楽しみにしていてくださいねっ!」
グッと親指を立てて、ささーっと去っていく。
元気そうでよかった。……いや。そう見せているのかもしれないが。
「ラレッタさん、ずっと落ち込んでた」
「やっぱりか。でも、元気そうだったな」
「うん。安心したみたい」
そんなことを言っているが、ユーシャの顔は晴れない。
何を気にしているのか検討もつかないが、何かを言いそうな空気を察して黙って待つ。
「ハムさんは、すごいね。なんでも分かって」
「そうかな」
「そうだよ。裏切りも、トゴロスさんの気持ちも全部見抜いていた」
全部、名前からの推測だったなんてことは言えない。というか、それがあったからこそ勘違いしていた場面もある。
「私、今回何も出来ませんでした。本当に私は、勇者みたいになれるのかな……」
「それは……」
「ハムさん。私は――足手まといではないですか?」
ユーシャ・ニナールは勇者になる。
それを、俺は確信している。だけどそれは俺だから思えるのであって、彼女自身は違うのだろう。
「足手まといなんかじゃない。ユーシャは絶対に、勇者だと呼ばれる日が来る。俺はそう信じている」
今はこれだけしか言えない。
だけど俺は、迷いなくそう言いきった。
「……ありがとう、ございます。また、勇気をもらいました」
――彼女はそう言って、笑ってくれた。
☆ □ ☆ □ ☆
この物語は、いずれ勇者になる女の子と賢者と呼ばれる男の子の冒険譚である。
彼と彼女の存在が、御伽噺となることを今はまだ誰も知らない。
異世界に転生した俺は《自動翻訳》スキルでネタバレされる 〜 名前を言っただけなのに、すべてを見通す賢者だと勘違いされた件 〜 彼方こなた @YoNekko0718
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