第7話 裏切り者はーー (2)


「それじゃ、しっかり掴まっててくださいねっ!」


「う、うん!」


 ラレッタがユーシャを抱えて、スタートダッシュの構えをとる。


 ヨクゥニーナの魔法も切れかけていて、あまり時間は無い。それでも、ラレッタは焦りの表情ひとつ見せない。


「ラレッタ殿の天真爛漫さは見るものを元気にしますな!」


「それじゃー、三、二、一で走り出すからねー! よーい、スタートっ!」


「全然違うよ!?」


 ユーシャの悲鳴を残して、ラレッタは走り出した。


「元気を……か」


「ま、まぁ、あれもラレッタ殿なりの気遣いであろうな。うむ」


 シッタは杖を構える。それに合わせるようにして、俺も手を前に突き出す。


「自らが活躍の出来ぬ後衛はさぞ、賢者候補殿には退屈であろう」


「前衛が輝きが後衛の華だろうが」


「くくっ。愚問であったか」


「《バーニング・ショット》」

「《ヒノヤ ヲ ハナツインフェルノ・アロー》」


 半透明の壁から抜け出したユーシャとラレッタに、無数の枝と棘が襲いかかる。


 だが、二人の魔法使いが放った火の矢がそれらを軒並み迎撃する。直撃した枝や棘は黒煙を立ち上らせて落ちていく。

 

 それでも残った枝や棘も、


「《反刃》」


 ラレッタに抱えられたユーシャがすべて叩き切った。

 そんな中、ラレッタはハンキョクジュに肉薄する。ユーシャの調整のおかげもあり、当初の目的通りの中心。


「《崩芯撃》」


 空気が揺れた。

 ドォンと重たい音が鳴り、ハンキョクジュはもがくように枝を振り回した。

 だが、次第に動きは弱まり、最後にはパタリと動きを止める。

 見ると、ハンキョクジュは立っている力を失ったとばかりに根本から崩れ始めていた。


「危なそうだから少し離れろー!」


「わっかりましたー!」


 ラレッタの元気な声が周囲に響く。

 これでハンキョクジュ討伐は終了、でいいんだよな。


「そんなに警戒しなくてもいいですよ。ハンキョクジュは倒れ、周囲に魔物の気配はありません」


「そ、そうですか」


 俺の気にし過ぎなのか。てっきり、ハンキョクジュの討伐の時に裏切るものだと考えていたが……。

 戦闘中、念の為に二人の行動には警戒をしていたが怪しい動きはなかった。


 というかそもそも、これだけ信頼し合っているように見えるのに裏切りなんてするのか?

 

 やはり、俺の思い過ごしか。もしくは俺たちが急遽パーティーに参加したことで裏切りを中止した……?

 

「……こ、怖かったぁ」


「大丈夫か、ユーシャ」


「……ちょ、ちょっと肩を貸してくだ、さい」


 ラレッタから解放されたユーシャに歩み寄り、支えながら立ち上がる。

 

 巨大な魔物と戦ったことが怖かったのか、あるいはラレッタの動きが怖かったのかは言及しない方がいいだろう。多分。


「お疲れ様」


「えへ、へへ。私は攻撃を捌くので手一杯だったので……」


「それがあったから勝てたんだ。十分だろ」


「そう、でしょうか。……そうだといいなぁ」


 ――ピロリン、とレベルが上がった時の音が頭の中で鳴った。


「あ、レベルが上がった」


「私もです。……あ、そういえばハムさん。戦闘の前に言っていた――」


 俺はレベルが上がったことに気を取られ、警戒心が少しだけ緩む。――その時だった。


「ら、ラレッタ殿!?」


 シッタの驚いたような声が響いた。

 俺たちは弾かれるように声のした方に顔を向ける。


「えっ……!?」


 ユーシャが口を押さえ、目を見開く。


 音を立てて、その華奢の身体が地面に伏した。

 その腹部には鈍い銀色の光沢を放つ、ナイフ。


「ラレッタさん、どうしてっ!」


 倒れたのは、ヨクゥニーナ・ガサレル。

 そして、彼女にナイフを突き刺したのは――ウラギィ・ラレッタ。


 ウラギーリ森林で裏切ったのは――彼女だった。

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