第6話 裏切り者はーー (1)
――ウラギーリ森林の深部。
その姿を一言で表すならば、異形の魔樹と呼ぶのが相応しい。見上げるほどの巨体を持ち、幹はねじれながら青い空を引き裂くように伸びている。
「これがハンキョクジュ……」
「説明してあげましょう! この魔物は――」
「ユーシャ、知っているか?」
シッタの声を右から左に流す。
「う、うん。ハンキョクジュはウラギーリ森林にずっと生息している魔物。脅威度はBランク。この森林に生息している魔物の中では突出した強さを持っていま、す」
「そんな魔物が今までよく討伐されてこなかったな」
「移動はしないから、わざわざ討伐するほどじゃないって判断したんだと思います」
「なるほど。さすがユーシャ、詳しいな」
「えへ、えへへ。役に立ちたくて、いっぱい勉強したから」
白銀色の頭を撫でながらそんな可愛いことを言ってくれるユーシャ。ただ、そんな可愛い姿を見ているのは今回は俺だけではなかった。
「あらあら。お二人は仲がいいのねぇ」
「カワユス! ですな!」
「とっても仲良しですね!」
三人にも見られたことに気づいたユーシャ。
顔を俯かせ、ぷるぷると震えると。
「うきゅ」
俺の背中に隠れてしまった。
「あのー、ユーシャさん? 何だか前の方からすっごく温かい視線を感じるのですが……」
「今はちょっと恥ずかしぃから……あんまり見ないでぇ!」
それから少しの間、ユーシャと三人の板挟みになった。
「そっれじゃー、いってきまぁーす!」
砂煙を立てて地面を蹴る。
「はっや!?」
ラレッタは百メートル以上離れたハンキョクジュに三秒足らずで肉薄する。
「では、私も頑張りますね……!」
ラレッタに遅れてユーシャもハンキョクジュに迫る。
遅れて、と言っても俺からしたら十分すぎるほど早いが。
「説明しよう! ラレッタ殿は俊敏性、瞬発力のみならハジマリノ街随一、いや、国内でもトップクラスと言えますな!」
ハンキョクジュもただただ迫ってくる脅威に手をこまねいて待っている訳では無い。
枝がまるで生き物のように二人に襲いかかる。
「《硬拳》っ!」
「《反刃》」
ラレッタは闘気を纏い腕を硬くし、勢いをそのままに枝の迫撃を突破する。
ユーシャは探知範囲に侵入してきた枝を切り捨てて、ハンキョクジュを差し迫る。
「……これ、俺たち要らないのでは」
「ヌワッハハ! そんなわけございませぬ。ラレッタ殿は機動力だけなら街随一ですが、欠点がございまして」
「欠点?」
問い返すと、うむと頷いてシッタはラレッタを指さす。
その先には、ハンキョクジュへの攻撃を外して、明後日の方向に突進しているラレッタの姿があった。
「元気があり過ぎて、ちょっと行き先を間違えちゃうんですよね、ラレッタちゃんは」
「あれ、ちょっとで表現するのは無理ないか」
もう姿は見えない。戻ってくるのか、これ。
「一旦っ、離脱します!」
ユーシャが声を張り上げる。
ラレッタが居なくなったことで、ハンキョクジュの攻撃がユーシャに集中してしまっていた。
さすがにこの量を捌き切るのは無理か。
「援護する。《
火球が飛んでいき、ユーシャに迫る枝に直撃する。
「あれ?」
だが、直撃したはずの枝はほぼ無傷だ。
それを見た隣のメガネがふむ、と声を漏らす。
「賢者候補殿、この手合いは面よりも点を意識した方がいいですぞ。なに、手本を見せましょう」
偉ぶりながらそう言うと、シッタは杖を構える。
そして、
「彼の者を穿て。――《バーニング・ショット》」
燃える火の矢が枝に次々の当たる。その矢は的確に枝を貫き、直撃した枝は黒煙を立ち上らせながら地面に落ちた。
「ヌワッハハ! このように力を分散させぬよう、一点に特化して攻撃するやり方もあるのだ。どうしてもと言うのなら、今度教えてやっても――」
「火の矢だから……《
火の矢が生成され、無数の枝に降り注ぐ。
矢は枝に直撃すると小規模な爆発を起こして――え、爆発? なんで爆発?
「な、な、ななな……ぬわぁああああ!」
何故か俺を指さしながら叫ぶシッタ。
ユーシャが無事に離脱出来たことを確認した後、シッタに胡乱げな視線を向ける。
「……どうした?」
「賢者候補殿はもう上級魔法を扱えるのか。ぐぬぅ、騙されたぞ……!」
「騙してはいない」
俺の魔法の詠唱方法はほかとは少し異なる。
この世界に存在する魔法で、はっきりイメージが出来れば《自動翻訳》スキルが言葉を適切な魔法を選択し、詠唱に自動で翻訳する。
「ラレッタちゃん帰還です! ……どういう状況ですか?」
「賢者候補殿が我輩を騙したのだぁ!」
「は、ハムさんはそんなことしません!」
「はいはーい。お喋りはここまで。ハンキョクジュの攻撃が来ますよ」
パンっと手を叩いてみんなを黙らせると、ヨクゥニーナが一歩前に出る。
前の方を見てみると、ハンキョクジュがこれまでとは異なる挙動をしていた。
「《ディバイン・ウォール》」
俺たちの周りをドーム状に半透明な壁が現れる。
それと同時に俺たちを囲むように伸びている枝から黒々しい棘が飛んできた。
「……これ、どれくらい保ちます?」
「数分ぐらいなら。ああでも、お腹が空いてもっと早く限界が来るかも……」
「非常食用の乾パンで良ければ食べますか?」
「いただきましょう」
これで少しの間は安心できるが、そうは言っても早々に倒す必要がある。
「ハンキョクジュの倒し方って何かないのか?」
「説明しましょう。ハンキョクジュの倒し方とは、何かこう、弱点がありましてな。それをどうにかすると倒せますな!」
「魔核と呼ばれる箇所を破壊すれば倒せるんですよねっ!」
「その通りですぞ。ラレッタ殿」
どの通りだよ。
「でも、その魔核ってやつのところはどうやって見抜くんだ?」
「ハンキョクジュは個体によって魔核の位置が異なるそうです」
「うむ。であるから、これから
「……え?」
今、変な言葉が聞こえた気がする。
「もう一回言ってくれ」
「だから、我輩たちはこれから
このタイミングでのネタバレ翻訳。何らかの作為を感じるぞ、《自動翻訳》スキル。
「……魔核の位置がわかった」
「えぇ!?」
「なんとっ! さすが、すべてを見通すと有名な賢者候補殿!」
「何その呼び名。初耳なんだが」
この話題はあとに回そう。今は時間が惜しい。だけど絶対にあとで問い詰める。
俺はコホンっと咳払いをすると、ハンキョクジュのど真ん中を指さす。
「魔核はハンキョクジュの中心にある」
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