第5話 ウラギィ・ラレッタのパーティー



「お二人はクエスト中ですか?」


 ラレッタは栗色の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、そう聞いてくる。


「う、うん。そうだよ」


「おお! お揃いですね! あたしたちもなんですっ」


「あたし"たち"?」


 ちょうどその時、ザッと土を踏む音がした。


「やややや! これはこれは、賢者候補殿ではないですか!」


「あらあらまぁまぁ。ラレッタちゃんが走り出して何かと思ったら……」


 メガネに黒い外套を身にまとう、いかにも頭が良さそうな雰囲気を醸し出している男。

 その後に続いて修道服を身にまとった、エルフのシスターが現れる。


「ハムさん、この方たちは……」


「我輩はシッタ・ガブリ。異国の文化や民間魔法など、様々なことに精通しております。気になることがあれば、是非我輩を頼ってくだされ!」


「シッタ・ガブリ……って、あの噂の」


「パーティー面接ではご縁がなかったでおりましたが、まさかこんな場所で再会するとは。『ニドトゥ・エナイは崖の上で叫ぶ』というやつですな。この諺は東の国で有名な――」


「私はお二人共に初めましてですね。ヨクゥニーナ・ガサレルと申します。……お腹が空きましたね。間食をしましょムシャムシャ」


 ……濃いな、キャラが。


「愛されラレッタちゃん! 現在パーティーでクエスト中です! それでですね、是非お話があるんですが――」


「知っておりますかな? 異国には星をも砕く超火力魔法の研究がされており、その魔法は――」


「おにぎりは美味しいですねぇ。おや、貴方もおひとつどうですか? いえいえ。まだまだ沢山ありますから。ほら、お菓子もおやつもありますかムシャムシャ」


「一人ずつ! 話せ!」


 俺がそう叫ぶと、六つの目が同時に俺を見た。


「ラレッタちゃんのおねが「異国の文化というものは根強いもので「ムシャムシャムシャムシャ」」」


 違う、そうじゃない!

 


 それから十数分後。

 ヨクゥニーナがユーシャの隣でおにぎりを頬張り、シッタの口を封じてその辺に転がしたら静かになった。


「んーっ! んー! んー!」


 静かになった。


「それで、ラレッタ。俺たちになにか話があるのか?」


「あ、はい。その、あたしたちと臨時でパーティーを組みませんか?」


「臨時でパーティー?」


「もちろん、報酬は山分けですよ!」


「そこを疑っているわけじゃないんだが……」


 どうして急にパーティーを組もうだなんて。

 そう聞いてみると、ああ、とラレッタは手を打った。


「別の街に行くって話を聞いたので、その前に是非とも賢者候補さんの実力を見たいと思って!」


「聞こえてたのか」


「はいっ。あたし、耳がいいので! あと鼻も!」


 自信たっぷりにそう言うラレッタ。

 それを聞いたユーシャは恥ずかしそうに顔を隠した。

 ……うん。まさか聞かれてるとは思わなかったからな。俺も穴があったら入りたいよ。


「賢者候補なんて持ち上げられているけど、実力は駆け出し冒険者とそんなに変わらないぞ」


「そうなんですか? でもでも、せっかくなんで手伝って欲しいです! ぜひ!」


 キラキラとした目に押されて思わず頷きそうになる。

 だが、その前にぐっと堪えてユーシャとヨクゥニーナに目を向けた。


「こう言っているんだけど、どうだ?」


「わ、私は、いいですよ。その、お役に立てるなら嬉しいですから」


「手伝ってもらえるなら助かります。何せ相手はハンキョクジュ。私たちだけ、というのも不安がありましたから」


「受け取れる報酬が減ると思うんだが、本当にいいのか?」


「もちろん。私自身、冒険者もお手伝いでやっているところがありますからね」


「へぇ。そうなのか」


「ええ。私は欲に流されず、慎ましい生活が出来れば十分ですからね」


 にこりと微笑を浮かべるヨクゥニーナ・ガサレル。

 言っているのは良い事だからこそ、食べる手を止めて言って欲しい。


「シッタはどうだ?」


「んー! んんー!!」


「え、なんて?」


「ハムさん、そのままだとシッタさん喋れないですよ……」


 でもなぁ、猿轡を外すとうるさいからなぁ。

 そうは言ってもこのままにするわけにはいかないので、渋々猿轡を外した。


「ぷふぁ!」


 シッタはぜぇはぁと荒い息を繰り返す。


「賢者候補殿、我輩に対してだけ扱いが酷くありませんか!?」


「シッタはもう二回目だしいいかなって……」


「良くないですぞ!?」


 俺は前回、シッタとまともに会話することが時間の無駄だと学んだ。

 あの四時間にわたる一人語りを経て、今度シッタと話すことがあればまともに取り合わないでおこうと決めた。


「それでシッタは臨時パーティーの件、いいのか?」


「モチのロンです。ハンキョクジュはウラギーリ森林でトップクラスの危険な魔物。人手は多いほど良いですからな! それよりも知っておりますかな? ハンキョクジュというのは一節によると、元はりんごの木だったと言われており――」


「そうか。全員が良いなら臨時でパーティーを組むか」


「やったー! 愛されラレッタちゃんの勝利ですねっ」


「これから戦うんだろ」


 ぐっと拳を握るラレッタは俺の言葉は届いていないようだった。


「さぁ! 善は急げです! 向かいましょう!」


「……ふ、ふむぅ。話はこれからでしたが。まぁ、話は後ほどたっぷりと致しましょう」


「うふふふ」


 うきうきとスキップをしながら先に向かうラレッタのあとに続くシッタ、ヨクゥニーナ。

 その二人に少し遅れて立ち上がったユーシャに並び、ラレッタを追いかける。


 戦闘が始まる前に念の為、ユーシャにも言っておくか。


「ユーシャ」


「は、はいっ。どうしました、ハムさん?」


 クリっとした丸い目が俺を見上げる。

 ピョンピョンと飛び跳ねるラレッタを見ながら、俺は言った。


「裏切りに気をつけろ」


「ぇ……」


「深くは考えなくてもいい。ただ、ちょっとだけ気にしていてくれ」


 《自動翻訳》スキルが彼女の名前を『裏切られた』と翻訳した。そして今いる場所は、ウラギーリ森林。

 おそらく、今回のクエスト最中か終わりにラレッタは裏切られる。

 

 シッタ・ガブリ。ヨクゥニーナ・ガサレル。どちらか、あるいはその両方に裏切られるかもしれない。


「知っていて、わざわざ見過ごすわけにはいかないからな」


 俺の言葉に呼応するかのように、ザワザワと木々が揺れる。その音は何かを嘲笑っているかのようで、どこか薄気味悪く感じた。

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