異世界に転生した俺は《自動翻訳》スキルでネタバレされる 〜 名前を言っただけなのに、すべてを見通す賢者だと勘違いされた件 〜

彼方こなた

第1話 テサッキー・マオーノは魔王の手先



 ――周山 ハム。

 嘘みたいな、俺の名前。祖父母も父母もハム工場で働いていたからって、俺の名前に『ハム』って付けやがった。


「前野中学校から来ました、周山 ハムです。よろしくお願いします」


 自己紹介嫌だったなぁ。名前を言っただけで大爆笑。皆、ハム、ハムって呼びやがって。苗字で呼ばれたことなんて一度もない。


「うわぁ! ハムがハム食べてる! 共食いじゃん!」


 小学校はもっと酷かった。名前だけでいじられて、いや虐めだろってぐらいバカにされた。


 名は体をあらわすなんて言葉があるけれど、じゃあ俺はタダのハムみたいな人間だってことかよ。くだらねぇ。


 生まれ変わったらもっとマシな名前になってやる。もしくは、全員が名前が酷かったら俺の名前をバカにされないかな。


 自分の名前を気にしなかった頃が懐かしいや。


 ――あれ? 俺、何で昔のことを思い出してるんだっけ。



 …………あ、そうだ。俺、死ん




 ☆ ☆ ☆



 ――眩しい。

 目を覚ますと、俺はどこかの森の中に横たわっていた。


「どこだ、ここ」


 森に来た覚えは無い。というか、家の近くにあるどの山とも違うような気がした。


 ――ガサっ。


「誰!?」


 背後から何かが動く音がして、パッと振り返った。その先にいたのは、青色のぷよぷよした生き物。


「……スライム?」


 この形状には見覚えがあった。RPGでは定番の、スライムさんだ。


「ほ、本物……?」


 手を伸ばして触ってみる。スライムはこちらに反応せずに、ゆっくりと動いていた。


「うわぁ。本物だ!」


 スライムの中はひんやりしていて気持ちがいい。夏とかに抱いて寝たら最高だろうなぁ。


 ……よし。これで確証が得れた。


 (これは、異世界転生だ!)


 そうなると最初にすることはひとつ。ステータスの確認からだ。


「ステータスオープン!」


 手を掲げて叫ぶ。


 …………反応無し。


「ステータス・オープン!」


 ちょっと変えて叫ぶ。


 …………反応無し。


「…………」


(指をクルッと回して念じる形式もダメか)


 ガクりと力が抜けて座り込む。何か馬鹿らしくなってきた。


「ステータスとかないタイプかぁ。でも、《ステータス ヲ ミル》ことが出来たら便利な――」


 ヒュルンっと気の抜けた音と共に目の前に半透明の板が表示された。


 ――――――――――――


名前: シュウザン ハム

Lv : 01

MP: 150/150

技能: 固有スキル 《自動翻訳》

魔法: なし

耐性: なし 

称号: 『転生者』


 ――――――――――――


「えっ!?」


 目の前に出てきたのが自分のステータスであることを瞬時に理解する。


「なるほど。HPはないタイプか。称号はよく分からないけど、技能はスキルだよな。《自動翻訳》っていうのは、異世界語を日本語に変換してくれるやつだろ、多分」


 基準が分からないので凄いのかどうなのかは分からないが、とりあえずここまでスカスカだと強くは無いだろう。


「今の状況を確認できたところで、これからどうするか…………あ」


 ぐるりと周囲を見回すと、人工物らしき壁が見えた。


「異世界だと、ああいう壁の中に街があるんだよな」


 ラノベや漫画の知識なので実際はどうなのかはわからない。でも、別に他にいるところがあるわけじゃないからな。


「よし、とりあえず行ってみよう!」


 俺の異世界生活は見切り発車で始まった。



 


 ☆ ☆ ☆




「……あの、ここって冒険者ギルドですか?」


「はい、そうですよ」


 にこやかにそう答えてくれるメガネのお姉さん。

 あれから俺は無事に街の中に入ることが出来た。そしてぷらぷらと歩いていると、『ハジマリーノ冒険者ギルド』と書かれた看板を見かけ、今に至る。


「その、冒険者になりたいんですが、お金って必要ですかね……?」


「そうですね。入会金として500ノワが必要になるます」


「そ、そうですか……」


 当然のことだが、俺がこの世界のお金を持っているわけがない。どうしたものかと悩んでいると、察してくれたらしい受付嬢のお姉さんが提案してきてくれた。


「これから受注するクエストの料金から支払う、後払いというシステムがあるのですが、ご活用されますか?」


「そんなシステムがあるんですか!? ぜひ、お願いします!」


「かしこまりました。少々お待ちくださいね」


 お姉さんがにこりと微笑み、何やら書類を取り出してくれる。その時、後ろからドンッと横に押された。


「うわっ、と……!」


「時間がかかるならこっちを優先してくれねぇかなぁ」


 俺を押しのけて前に出たのは、厳つい男性。

 モヒカンに肩にはトゲトゲなんかがついていて、世紀末感のある姿だ。


「えっ……と、申し訳ありません。順番ですのでそちらの方が終わってからでお願いします」


「はあ? オレ、忙しいのよ。なのにこんなガキのために待たないといけないわけ?」


 トントンと机を指で叩きながら文句を言うモヒカン。

 正直、関わり合いになりたくないタイプだ。俺はトラブルを避けるために恐る恐る申し出る。


「俺は全然待てるので、そちらの方を優先してください」


「え、ですが……」


「ほら、ガキもそう言ってんだからさっさと対応しろよ。鈍臭いな」


「……少々お待ちくださいね」


 お姉さんの申し訳なさそうな目が合って、俺はそっと会釈する。

 喧嘩はあまりしたことが無い俺としては、ここで乱闘騒ぎになることは避けたい。絶対に負けるから。不必要に痛めつけられることは避けたい。


 そんなことを考えながらモヒカンの用事が終わるのを待っていると、不意におかしな言葉が聞こえてきた。


「――では、本日の報酬はこのようになります。テサッキー・マオーノさん」


「おう」


 ……ん? 気の所為だろうか。


「テサッキー・マオーノさん。依頼主から何件かクレームが来てますので、もうちょっと丁寧な仕事を」


「わかったわかった。これで終わりだな? このオレ、テサッキー・マオーノはてめぇらと違って忙しいんだよ」


「…………魔王の手先?」


 瞬間、ものすごい形相でモヒカンがこちらを見た。

 もしかして名前を呼んだと勘違いされたのだろうか?


「今、なんて言った?」


「え、あ、その、別に呼んだわけでは」


「このオレ、テサッキー・マオーノが魔王の手先だって言いたいのか!?」


「そうじゃなくて、その、名前が魔王の手先みたいだなーって」


「……それは本当ですか?」


 真面目な顔で追求してくるお姉さん。

 もしかして、俺が人の名前をバカにしてるように聞こえたのか……? いやまあ確かに、魔王に敵対してる世界ならスパイだって言い張っているようなものだけど……これ、もしかして相当やばいのでは?


「違うんですよ! その、悪気があった訳じゃなくて、何となく魔王の手先だって聞こえただけで!」


 やばい、このままではモヒカンが名前をバカにされたって怒り出すかも。

 

 どう言い訳をしようかと考えていると、モヒカンの方からクックックと笑い声が聞こえてきた。


「まさか――気づかれてしまうとはなっ!」


 モヒカンがそう言うと、彼の姿がみるみるうちに変化していった。肌は漆黒の色に染まり、モヒカンは禍々しい角に生え変わる。


「その通り、テサッキー・マオーノは魔王様の手先だったのだ!」


「え……?」


 もしかしてドッキリ?

 そう思い辺りを見回すが、ギルド中の人たち全員が緊張の面持ちでモヒカンを見ている。その空気感はとても冗談には見えない。


「もうしばらく身を潜めるつもりだったが予定は変更だ! オレの正体を見破ったそのガキを殺して、ここのギルドもぶっ壊してやる!」


「そんな……っ! まさか、テサッキーさんが魔王の手先だったなんて!」


「今更気づいても遅い! さぁ、まずはてめぇからだ、ガキ!」


 モヒカンは鋭い爪をした手を振りかぶる。それで引き裂くつもりなのだろう。


 初めての命の危機。

 俺はパニックになり、ただ後ろに下がりながら叫ぶことしか出来ない。


「や、やめろ!」


「やめねぇ。このまま魔王様の脅威となるかもしれねぇ相手を、みすみす逃がすわけねぇだろ!」


「やめろ! と、止まってくれ! ――《トマレ》ぇ!!」


「――あ?」


 その瞬間、モヒカンの身体に光の縄が巻きついた。

 モヒカンはまるで力を失ったかのように、ふらりと前から倒れ込む。


「まさか、てめぇ!」


「これは上級魔法……!? いえ、今はそれどころでは。この場にいる皆さん、確保です!」


「お、おい、やめろ! やめてくれぇ!」


 ギルドにいた数十人の男女が倒れて動かないモヒカンに雪崩込む。最初は抵抗していたモヒカンの声も、次第に弱くなっていく。

 

 仕方がないとはいえ、傍から見ればリンチにしか見えない。俺は見ていられなくなって目を逸らす。と、その先に受付嬢のお姉さんがいた。


「いつから気づいていたのですか? ……いえ、どうやって気づけたのですか?」


 最初の質問は相応しくないと思ったのか、首を横に振ったあとに別の質問に変えた。ただ、どちらにせよ俺は何もしていないので返答に困る。

 だから、


「ただの偶然だよ」


 なんかそれっぽいことを言って誤魔化すことにしよう。


「……なるほど。手の内は隠しておきたい、と。そういうことにしておいてあげますね」


 クスクスと笑う受付嬢のお姉さん。

「しておいてあげる」じゃなくて、そうなんだよ。というツッコミは置いておく。


「ところで、お名前はなんと言うのですか?」


「あ、ああ。俺はシュウザン ハム」


 俺がそう名乗ると、受付嬢のお姉さんは何やら書類を書き始めた。この隙に冒険者登録をしてくれるのだろうか。


 そう思っていると、お姉さんは突然立ち上がるとギルド中に響き渡るような声で話し始めた。


「聞いてください! ただ今、魔王の手先の正体を見破ったのは――この方。シュージン ハムさんです!」


「「「「うおおおおぉぉぉ!!」」」」


「やるじゃねぇか新入り!」


「俺にはさっぱりだったぜ!」


「まさかテサッキー・マオーノが魔王の手先だったなんてな!」

 

 ギルド中が熱狂に包まれる。

 何か俺を褒め称えるような空気感になってきた。……だけど、その前にひとつ。名前間違えているよ!?


「そしてもうひとつ――この方は、次の賢者候補のようです!」


 シン、と空気が冷える。

 それもそのはずだ。新人を賢者と持ち上げるなんて、さすがにやり過ぎ。……そう思っていた。


 次の瞬間には、ドンッと地面を揺らすほどの言葉の数が降ってきた。


「「「「「うおおおおぉぉぉぉ!!」」」」」


「この街から英雄が誕生するのか!」


「めでてぇ、これはめでてぇぞ! 今日はさっさと帰ってビールでも飲みたいぜ!」


「世界を救ってくれよ! よろしく頼むぜ、シュージン・ハム!」



「「「「「シュージン・ハム! シュージン・ハム!」」」」」


 ボルテージが一気に跳ね上がる。

 特に年老いた連中は上機嫌になり、そこらかしこで酒盛りを始め出した。

 若い人たちも互いに抱き合ったり、なぜか乾杯し出したりとやりたい放題だ。

 

 ……これは訂正出来そうにない雰囲気。


 そんなことを考えながら、しらっとした目で見る。



 これは、主人公――否、シュージン・ハムの物語である。



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