第163話
やはり無理をさせてしまっていた。
そうなった原因はわかっている。私が、楓さんの気持ちも考えずに自分勝手にやってきたからだ。
これじゃあ恋人失格だ。いや、それ以前に楓さんの夢を叶えると誓った者として情けない。
私は、楓さんに自分の夢を託したと同時に、彼女からも夢を託されたのだ。それなのに自分ばかり夢を叶えて、彼女の夢は叶えないだなんて、自分で自分のことが許せない。
だから夢を叶えてあげたい。
方法は定まっている。今回に関しては楓さんの夢がほとんど明らかになっているからなにをすれば良いのかはわかる。
―――私が、楓さんを抱く。
それしかない。おそらく彼女の中では、様々なものが溜まり続けている。彼女自身が強いから未だに爆発せずに済んでいるけれど、それは結局のところ我慢しているに過ぎない。
彼女の夢を叶える者として、夢を諦めようとしている彼女を放ってはおけない。
それに、私は彼女の恋人なのだ。だから抱くことは別に変なことじゃないし、それができる関係にあるのだ。
ただ、一つだけ障害がある。それは楓さんが、えっちなことが苦手ということだ。
決めつけが良くないのはわかっているけれど、今こうやって私といろいろしてくれているのも、あくまで私に付き合っているだけな気がしてしまう。でもそれは、私が恋人として不甲斐ないせいで、彼女がまだ私に恥ずかしい姿を見せる勇気がないということだ。
だから、私が恋人としてレベルアップすることこそが、楓さんの夢を叶える鍵になる‥‥と思う。
はあ、とため息をつく。
なんとなくやるべきことは定まっているはずなのに、踏ん切りがつかない。
勇気が出ない、というよりは単にショックなのかもしれない。確かに恋人として不甲斐ない部分があるのは自覚しているし、必ずしも毎回上手くいくとは限らないこともわかっていたけれど、えっちなことに関してはお互いに満足し切れているとばかり思っていた。
そういうことに関して自信があったというわけではないけれど、楓さんはあんなにも私のことをえっちな目で見ているのに、満足させてあげられていないことが不思議でならない。
でも、こういう慢心と優柔不断さが私を更に悩ませてしまうのだ。
今日は楓さんへの誕生日プレゼントを買うためにショッピングモールにやってきていた。
いろんな店を歩き回っては悩みを続けていたら、気付けば二時間が経過していた。足も疲れてきたから、ひとまず周辺にあったベンチに座って一休憩する。
どうして私は楓さんの恋人なのに、彼女が欲しいものすらわからないのだろう。これも、これまで彼女のことを知ろうと努力してこなかったせいだろうか。いや、しているつもりではあった。でも、それは結局したつもりだったというだけで、実際にできたわけじゃないのだ。
恋人になってお互いに正直になれたはずなのに、まだまだ知らないことがたくさんある。それだけ月宮 楓という人間が奥深くて、魅力的ということなのだろうけれど、いくらなんでも私は彼女のことを知らなさすぎる。
はあ、と再びため息をついた。
「ん? あれ?」
そのとき、隣から声がして振り向くと。
全体的にふわふわな印象の女の子が隣のベンチに座っていた。
その子は私に気付くと、真横に移動してくる。
「あれれ~、ゆめのさんだあ~」
「あ‥‥えっと」一瞬名前が出てこず「花音さん‥‥」
こんなところでばったり会うなんて、正直運がない。
どうも彼女のことは苦手だから、委縮してしまう。
「ゆめのさんは、どうしてここにいるの~?」
「あ、う、えっと、楓さんへのプレゼントを探しに」
「ああ~、かえでぇ、もうすぐで誕生日だもんね」
「う、うん」自然に発音できずぎこちなくなる。そして一瞬の間に虚無を感じて、「あ、えっと、花音さんは?」と質問することで会話を続ける。
「わたしはね~」
花音さんは人差し指を顎先に当て、わざとらしく間を空けると。
「かえでぇの誕生日プレゼントを買いにきたんだ~」
「えっ?」
思わず驚いてしまったけれど、別に変な話じゃない。花音さんは楓さんの友達なんだし、誕生日パーティに来るのも自然だ。
でも、ムッとなってしまう。なんかこう、ムムッとなる。
「わっはは、なにその顔~」
私の顔を見て、花音さんはなぜか笑う。
「ところでゆめのさん、なんか悩んでるの?」
「え?」
「いや、さっきため息ついてたから」
確かに悩んではいるけれど‥‥‥言うのを躊躇ってしまう。
「もしかして、プレゼントなににするか悩んでるの?」
向こうからきいてきてくれたから、うんと頷く。
「わたしが一緒に探したげよっか」
「そ、それは大丈夫」
「おや、がっつり拒否られた。悲ピー」
手を目の下に置いて、しくしくとわざとらしく泣いた仕草をされる。
それでなぜか焦ってしまって、言葉を繋ぐ。
「いやえっと、自分一人で選びたくて‥‥」
「そっか」途端に笑顔になり「偉い」となぜか褒められる。
「まあ、それはそれとして、なにかを参考ぐらいにはしてもいいんじゃない?」
そう言って、花音さんは自分で買ったであろうプレゼントを鞄の中から取り出して見せてくる。
「入浴剤?」
「そう。まあ、こういうのは変に残るものだと逆に迷惑みたいなとこあるしね。すぐに消費できるものをと思いまして」
「なるほど」
理にはかなっている。けれど、私個人としては、できれば形に残るものの方が良い。私の誕生日のときに楓さんが送ってくれたリップみたいに、変化がわかるようなものの方が特別感があって良い気がする。
「まあ、あくまで参考までに」
「うん、ありがとう」
花音さんのおかげで気付けた。
そう、特別だ。私は楓さんの恋人なんだ。少しぐらい、特別を望んだって許されるはずだ。
ハッとした。
「思い付いた」
「お、もう?」
「うん。ありがとう花音さん。参考になった」
「なら良かったけど」
「ちょっと買ってくる」
「即決ですな」
ベンチから立ち、目的のものが売っている店の方へ歩き出す。
するとなぜか花音さんも隣を歩いてきた。
「え、ど、どうして付いてくるの?」
「ん~? まあ、もうちょっとお話したくて」
「うぬぬ」
悩みに付き合ってくれたし、悪い人じゃないのはわかったけれど、それはそれとして別に仲が良いわけでもないから一緒にいても話題がない。
正直、そういう状況はかなり苦手だから、できれば一人になりたかったのだけれど‥‥彼女だとそうもいかない。
「そういやゆめのさんって」
一応、向こうから話題を投げかけてくれるみたいだけれど、上手く返せるのか心配になる。
「かえでのどこが好きなの?」
「‥‥え?」
足が止まってしまう。
予想外の話題に思考が停止しかけてしまう。
花音さんが私の前にちょんっと立って、ニヤリと笑いながら言ってくる。
「おっぱいか」
「わーわー!」
思わずあたふたしてしまう。正直、図星だからなんとも言えない。
花音さんは弾けるように笑い、私の肩をポンポン叩いて「冗談だって」と言った。
からかわれて、彼女を若干睨む。それでも彼女はへらへらと笑いながら「ごめんって」と反省の色が全く見えない謝罪をしていた。
「あー、えーっとそうだなー。お、そうだ。人として、人としてどういうところが好きかってきいたの」
「人として?」
「そうそう」
私たちは再び歩き出し、ながら会話する。
「楓さんは‥‥私におはようって言ってくれたから」
「ん? どゆこと?」
流石に内容をまとめすぎた。
「えっと、私って結構人との距離を作っちゃうタイプだったから。クラスの人たちともほとんど会話しなかったし、しなくてもいいと思ってた。なんなら話し掛けられるのが面倒くさいとすら感じて、寝ることでバリアを張ってた。でも楓さんは、そのバリアを壊して、欠かさず毎日おはようって言ってくれた。こんな私でも、孤独は嫌いだったから、それがたぶん、嬉しかった」
「ふ~ん、なるほどね~。あれ? でもゆめのさん、今は普通にわたしと話せてない? それとももしかして、面倒くさいとは思ってる?」
「あ、え、えっと‥‥そ、それは」
「思ってんのか~い!」
ベタなツッコミをされる。
それに対してどうも上手く返せず、へへっと笑って誤魔化して話を続ける。
「た、たぶんそれは、楓さんが私を変えてくれたから‥‥だと思う。なんていうか、夢から覚ましてくれた感じで‥‥って言っても、私も今気付いた」
「ふむふむ」
「と、とにかく、そういう無理やりな感じなところも好き。夢ばかり見てた私に、夢を叶えることを教えてくれたから」
「ほほ~う」
花音さんは顎に手を当てると、「あやつ、愛されますな~」と謎目線で呟く。
「にしてもあのかえでぇが、無理やりって、なんか不思議」
「どういうこと?」
「ん~? あ~、いやね、わたしのかえでの印象って、とにかく他人優先って感じだから。わたしたちと遊んでるときも、大体わたしたちの意見を優先してたし」
「そうなんだ‥‥」
「だから、あれなのかもね。かえでにとって、ゆめのさんは、トクベツ、なのかもね」
特別の部分がやけにハイライトされて聞こえる。
それで思わず顔がにやけてしまう。けれどすぐに力を入れて直す。
「あ、でも最近はなんだか、遠慮がちになってきてる」
「というと?」
「なんか、私の気持ちを優先して、自分の気持ちは押し殺してる感じになってる‥‥」
「ありゃりゃ、そりゃいかん」
やっぱり、恋人になってからの楓さんの変化は、これだ。
昔はもっとガンガン積極的に来てたのに、最近は遠慮がちになっている。ただ、なぜそうなってしまったのかが一向にわからないのだ。
「もしかしたら、距離が近づいたからこそ、そういう風になっちゃてるのかもね」
「そうなのかな‥‥」
ちょっと落ち込んでしまう。恋人になったからこそ遠慮せずにやりたいこと全部やって欲しいのに、それとは真反対の状況になってしまっているから。
「まあ、人間関係なんて案外そんなもんよ。それこそ海みたいなもの。岸から見れば綺麗な海が広がってるけど、中に潜れば深海は真っ暗で恐怖すら感じる。恐怖を感じたら慎重になっちゃうのは当たり前のことだし」
「でも、せっかくここまで来たのに、今さらそんなの‥‥」
「じゃあ、逆に考えてみたら? それだけ仲良くなれたんだって。少なくとも、かえでが積極的になってたぐらいにはトクベツなんだからさ。なんなら、自分が積極的になっちゃう、とか」
「でも、そんなことして嫌われたら‥‥」
なんだか、毎回否定から入ってしまう。たぶん、自信をかなり消失してしまっている。自分でも気付かなかったぐらいには、楓さんに遠慮されているのがショックだったということだ。
「いやいや」
そこで、花音さんが再び否定する。
「やっちゃいなよ」
若干投げやりな感じもしたけれど。
「だって変じゃん。それで嫌われたら。自分もそうしてたくせに。ってか、もしそれで嫌われたら、あんたもそうしてたやないかい! って文句言ってやったら?」
「な、なるほど?」
「結局さ、待ってるだけじゃ、夢は叶わないよ。それはたぶん、ゆめのさんもわかってるんじゃない? この世界は神様が創ったかもしんないけど、人生を作るのはその人生を歩む本人なんだから」
花音さんは、前方を一歩二歩と先を進んで止まると、振り返って私に笑い掛けた。
「ね? だから恋は面白いんだよ」
なぜか説得力があって、思わず納得してしまった。
でも、一つだけ引っ掛かる。
「え? こ、恋?」
「おっと、間違えた。そういう恋があれば、面白いよねって話」
「な、なるほど?」
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