『声劇台本』小説家と警察官シリーズ

橘志貴

奇妙な溺死体

 小説家…性別問わず

 警察官および語り…性別問わず


小説家※以降、小と記載

「文を書くことを生業にしている私とは言え、筆が進まない、筆を持つことすらかなわないそんな日もたまに在る。私の担当から、いつものことだから、早く書けとどやされてしまうのだろうが。締め切りは守っている、破ることは今までもないから、稀なのだろう。」


小「こんな日は娼館にいって、少し高めの娘と一晩を共にする権利を買うか、賭場に足を運び、使う機会のない銭を溶かすかして、欲に塗れた日を送って話のタネを作るものだった。」


小「しかしながら、今日は何を思ったか、

 朝早く、めざめた。外はまだ霧が掛かっている。まだ羽織が必要なくらいに寒いのにもかかわらず、私は堤に向かった。そこの堤は溺死体が揚がる。そんな噂話を聞いていたかはわからないが、奇妙なものを見た。白い装束を纏った、女が立っていた。いい女だ。雰囲気もある。声をかけることすらしり込みしてしまう。それにもかかわらず、私はぽつりとこういった。」

小『どうして、君はここにとどまっている。』


警察官以降、警と記載

「私は早朝、堤で溺死体が出たという報告を受けて、現場に向かった。そこで見た溺死体にかすかな違和感を覚えた。なんだろうか、そのかすかな違和感の正体について検討もつかない。私はその違和感を探るために遺体を隅から隅まで、穴が開くようにみた。」

警「遺体に見られるのは鮮紅色の死斑、溺死ならば、血の気の引いた淡い紫色のような死斑が出るが、今回のようなケースもある。

 病気の中毒によるものとも考えられるが、爪や肌などを見る限り、生前は健康体であるのが見て取れる。だが、溺死体には見えない。そんな漠然とした思いとかすかな違和感が私に焦燥感を与えた。私はこの焦燥感を取り除くために、少し変わった知人の小説家の書斎を訪れた。」


小「ようこそ友よ、私の書斎へ。して、この

 人畜無害の売れっ子でなおかつ稀代の文豪であり、なおかつ君がこれからくちにするであろう、案件とは全く関係のないごくごく一般人に何の用かな?若き警察官殿?」


警「この変わった小説家に盛大に馬鹿にされたように出迎えられた私は険しい顔を小説家に、向けながら要件を言った。」

警「あんたの耳にも入っているはずだ。この近所の堤で揚がった溺死体のことを。」


小「もちろんだとも、小説家たるもの、時事問題には敏感でいなくてはならないからね。

 それで?その溺死体がどうしたのだ。」

警「これはあくまでも私一個人の意見で感覚  

 の問題にはなるがどこか違和感があるのだ。

 しかしながらその違和感の正体が恥ずかしながらわからない。」


小「ほうほう、それでその違和感の正体を知りたいがゆえに、この私のベストセラーを支える知恵の泉の力を借りたいと。ふむ、よかろう。君の違和感それは複数の因子がかかわっている。まずその遺体の死因は溺死ではない。そして、なにやら投身自殺と警察は考えているようだが、それは違う。他殺だ。そうして、君は警察犬並みに鼻がいい。きっと、水草とは違う、燻ぶったような匂いを嗅ぎ取ったのだろう。無意識にね。」


警「どうしてそんなことが言える。」


小「まぁまちたまえ。そのことを証明するために、現場に行こうではないか。してその前に確認したいことがある。その遺体、鮮紅色の死斑が浮かび上がっていたのではないかい?」


警「な!?なぜそれを…っ!」


小「おいおい、別に私が最初にその遺体を見たわけでも犯人でもないよ。簡単な推理さ。まず一つの前提として、たとえ若い刑事といえ、君とて何度も水死体は見てきたはずだ。そんな君が違和感を抱き、これは溺死体ではないかもしれない。けれどそう断定するにしても状況証拠が乏しい。なら、この私に助言を乞うためにここにきている時点で、水死体にはめったには見られない現象でなおかつ君が感じ取った燻ぶった匂いということがらから、鑑みた結果、その遺体の死因は病的な中毒死にも思える。」


警「それはない。遺体は生前かなりの健康体であることが爪や肌から見て取れた。」


小「ほう、ならば死因は一酸化炭素中毒だろうな。君が感じ取ったかすかに燻ぶった匂い、それは密室にて低温で練炭が燃えた匂いだ。そうして死後、誰かしらが、彼女の遺体に重石を括り付けて堤に沈めた。死体の発見を遅らせるために。」


警「私はそういう小説家の言葉に一つの疑問を抱いた。重石は?遺体と重石を繋ぎとめていたものはどこに消えた?と、思考を巡らせていたら、小説家…基、変人が口を開いた。」


小「重石とその重石と遺体を繋ぎとめていたものの行方はこの堤に手掛かりがあるのだよ。まず重石については堤の底に沈み切っているから、捜索は不可能に近いな。ならば、繋ぎとめていたものだ。これについては、水溶性の繊維、裁縫用のナイロンでも使ったのだろう。十か所ほど重石と繋ぎとめていれば女性の遺体程度なら十分に沈ませることができるだろう。そして、時間がたてば、一部が水に溶け、遺体と重石が外れ、遺体が水面に浮かび上がってくるという仕掛けさ。」


警「なるほど…と私は納得しかけたが、そのトリックをするにはこの堤の水温じゃ成立しないはずだと言い返した。すると小説家が嘲笑うようにいい着眼点だとかいいだした。」


小「この若き刑事はとてもいい着眼点をしているなぁ!これであるならば日本の未来は明るいというものだ。確かに、その繊維は二十度以上にでなければ溶解が始まらない。しかし、堤の水温はどうだろう?せいぜい十五度前後といったところといいたいが、実はそうではない。所々ではあるが、近くの活火山の影響で底のほうでは温水が出ている。そしてその温水は少し塩分を含んでいる。そのため温水は水面には上がらず底のほうでとどまる。つまり、水面と底のほうでは水温が違う。十分に水溶性の繊維が解ける環境であるということさ。」


警「確かにそれが本当ならば、その説は立証できる。検証しなくては。」


小「その必要はないよ。私の知恵の泉が事実だと告げているからね。」


警「自信過剰な奴だとおもいつつも、奴の言い分に納得するだけの材料が出揃っている以上、ぐうの音も出ない。しかし、犯人はなぜこんなことを、こんな回りくどいことをしたんだ。そんな思いを巡らせているとつい、口走ってしまった。」

警「犯人はどんな人物だ」


小「おいおい、それを探るのは小説家の仕事じゃぁない。君ら警察官の仕事だ。せいぜい頑張りたまえ。ああ!それとありがとう、良い話のタネになりそうだ。また謎が起きたら遠慮せずに泣きついてくるといい。いつでも私の知恵の泉を貸そう。」


警「そうやって奴は私を嘲笑いながら、去っていく。奴の小説自体は残念だが探偵の真似事をさせたら天才だ。なんとも恥ずかしい話だが、今後も奴に相談するのだろう、迷子になった子供が見知らぬ大人を容易に頼ってしまうように。」


小「ふむ、面白い謎だったなぁ、しかし今回の事件、怨恨の線は薄いというよりは、ないだろう。計画でもしなきゃ、水溶性の繊維なぞ手に入れんからな。愉快犯か、それとも自己顕示欲が強い人間の仕業か、ふむふむ、謎解きは幕を開けたばかりのようだ。

 その画面の前で我々の声を盗み聞きしている傍聴者の諸君。謎は序章を迎えばかりだ。さぁ!我々とともに謎に魅入られて行こうではないか!……なんてな。」

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