第1話 復活の大首相
「私は死の淵から舞い戻ってきたのであります。一度死んだ身です。日本のために粉骨砕身の想いで職務にあたります。岸田君には迷惑をかけましたので外務大臣と改めて働かせていただきたい。最後に国民の皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました」
安倍晋三元首相はテロリストの卑劣な凶弾に倒れたが驚異的な生命力を発揮した。一週間の昏睡状態は死と同義とみなされる。郁恵夫人が24時間も付きっ切りで祈り続けた。医者も奇跡と口をあんぐりと開けざるを得ない。その間に事件の捜査が行われたが事件が事件だけに早期決着が望まれた。犯人に追従する者が出ないようにと超高速で進めれる。
諸外国も安倍晋三の大復活に驚きを以て受け止めた。誰もが死を覚悟したが奇跡の復活劇にネット上はミームに溢れる。政治家たちはこれから国際的な動乱が訪れることを予期した。岸田外交から安部外交に切り替わることを警戒する。実際に岸田首相は即座に秘密の見舞いに訪れた。彼が復帰して直ぐに参画をお願いしている。すでに岸田首相の中では第三次安部政権の構想が練られた。
リハビリも神がかり的なスピードである。医者や看護師も本人の頑強な意思が働いて医学的には証明できないような人の底力があると認めた。世間は一気に安部晋三の大復活に沸き上がる。これには混沌を極めた野党たちも素直に称賛せざるを得なかった。一部から心無い声が聞こえれど雑音と聞くに値しない。
「憲法改正の機運は高まっています。私が生きている内に必ずや成し遂げる。覚悟は人一倍と自覚していました」
リハビリ後は一議員と復帰したが直ぐに国内外と接触した。元首相が大復活を遂げたことにすり寄る者は多いことで疲弊を強いられる。病み上がりどころではなく岸田首相もシャットアウトを試みた。当の本人が許さない。彼は「一度でも死んだからこの程度は造作もない」と妙な説得力を持たせた。究極的には国際連合の場で演説が期待される。
岸田首相も安倍晋三氏が切り札であることを自覚した。盟友を存分に活用する。当時は中国やロシアを筆頭に極東情勢は切迫したが嘗ての大首相はジョーカーと機能した。それも復活を遂げてから強硬は磨かれる。死の淵まで追い詰められた男は尖閣諸島の要塞化や北海道の強化などベクトルを数段も上に押し上げた。自衛隊の待遇改善と称して護衛艦から小銃に至るまで刷新を主張して止まらない。最後に憲法9条を主とする憲法改正を推進した。
「再び総理大臣の椅子に座ることはあるのでしょうか」
「それはわかりません。私が決めることではない。国民の皆様が選挙を通じて議員を選んで決めることですから」
「意欲はあると」
「もちろんです。やり残したことは数えきれない…」
安倍晋三の両目に生気と言うべきか執念が見える。
議員と復帰してから暫くは挨拶回りに忙殺された。自身の支持者たちはもちろんのこと経済化の重鎮などをお礼参りに訪れる。地元に凱旋することも怠らなかった。まずは地盤を固め直すに精を出したが皆から「ぜひとも次期内閣総理大臣に」と言われて苦笑を強いられる。まだ政治家としてリハビリの段階に過ぎないが圧倒的な支持と希望を受けて覚悟を引き締めた。
いきなり自民党の総裁から内閣総理大臣は無茶が過ぎる。感覚を取り戻すことも含めて岸田内閣の外務大臣就任が妥当と言われた。岸田首相も外務大臣就任を是非と頭を下げる。今までは岸田外交を展開して成果をあげてきたが、大国たちを相手するには安倍晋三の力が必須であり、世界をリードした大首相の手腕に期待せずにどうするのだ。
会見場を後にして旧友たちとの密会にスライドする。
「もう身体は大丈夫なのか? 外務大臣を代行するぞ」
「麻生さんこそ」
「俺は良いんだよ。どうせ朽ちるだけなんだから。お前さんは生きないといけない。それよりもこれからどうするんだ」
「世間は安部ブームで止まりません。支持率はうなぎ登りで野党も事情が事情だけに攻めきれなかった。今こそ憲法改正の好機ではありませんか」
「スパイ防止法案なども通せます。この機会を逃してはいけない」
「そこらへんは任せるよ。俺は媚中や媚露を徹底的に排除する。野党も巻き添えだ」
「上手い事やってくださいね」
復活を誰よりも喜んだ人物は麻生太郎氏だ。自民党のドンと君臨して岸田政権を裏から操作しているなど悪評の多い人物も人間である。親友が蘇って涙を溢したかと思えば一瞬で政治家に切り替わった。日本の置かれている状況は厳しいが国内は空前の安部ブームが吹き荒れる。犯人を即刻と死罪にすべきなど過激な声も聞かれたが支持率はV字回復どころでなかった。野党は元首相が瀕死から大復活を遂げたことを批判できるわけもなく黙りこくってしまう。いわゆる政治とカネの問題は一瞬にして消え去った。
自民党は絶好のチャンスと認識して秘蔵の法案を次々と通過させようと試みる。その際に野党の反発は必至だが国民の支持を糧に押し通した。党内にも慎重論が出ようとも構わない。国益のための法案に「待った」をかけるとは逆賊に等しく媚る勢力のあぶり出しと一斉検挙を予定した。特に中国やロシアに媚びる者は政治家でいられようと舞台から降板してもらう。マスメディアが国民を煽りに来るだろうがインターネットを活用した。
「これからYouTubeやTwitterなどソーシャルメディアを活用していきます。マスメディアの虚構とソーシャルメディアの真実です」
「俺には分からんが扱いを誤るなよ。ありゃ劇薬だ」
「毒物と良薬は紙一重です。しかし、ソーシャルメディアも大ほら吹きに溢れています」
「自民党の男前が来たぞ」
「遅れまして申し訳ございません。記者たちに付き纏わました」
「そういうものだよ。私も病院に張り付かれたからね」
ここで岸田首相が遅れて合流する。時の首相とは多忙を極めるものだが前首相の大復活より大注目されて当然のことだ。岸田首相は安部前首相と連携を密にすることに加えて外務大臣のポストを打診する。まるで最初から仕組まれたようだが偶然が積み重なった。したがって、いつ何時でも記者が付き纏ってプライベートは皆無である。いきつけの散髪屋で髪を整えただけでスクープになる始末で苦笑した。そのような環境な故にインターネットの活用を強める。マスメディアは信用ならないと自分達で発信するのだ。
「とりあえず小泉君を充てようかと」
「あぁ、小泉は普通の人だからね。俺たちみたいな真似はできないが、国民の支持は得られやすく、ピエロに据えるに丁度良いんじゃないか」
「それが最近は父親の背中を反面教師にしているようです。奇しくも、殺害未遂事件から覚醒した」
「人は時間をかけて見ていきます。現に中露の刺客が紛れていると通報が入っており…」
「そんじゃあ一斉検挙と行こうじゃないか。祭りは激しい方が盛り上がる」
「政治とカネを盾に粛々と進めます」
今更だが安倍晋三と麻生太郎、岸田文雄に秘書官の名を被った分析官が混じる。第二次安倍政権から秘書官の名称で秘密の組織が存在した。中露に限らず米英仏まで掴めない幽霊が立っている。安部前首相が幽霊じゃないのかとジョークを飛ばす余裕はなかった。
「まずは憲法の改正と自衛隊の国防軍への格上げです。軍備を整えます」
「第三次世界大戦でも起こるのかな。中国とロシアはろくでもないが」
「アメリカの動きまでもが不穏ですからね。表向きには親友とされるトランプさん」
「経済の戦争にも備えてください。日本は世界秩序の崩落から免れて一人勝ちしなければなりません。尖閣諸島や竹島、北方領土に限らず台湾も射程に収めます」
「おいおい…」
「正気ですか…」
「本気なのですね」
続く
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