税金徴収人の悲劇
久遠 れんり
駄目でしょ!!
「トレリャ=トルレスだな」
そう言って、若い男は朝からドアをノックする。
彼の仕事は税金徴収人。
時間が遅くなれば、皆仕事に行ってしまう。
その前に、彼は動き始める。
それは彼の誇りか、たとえ道が凍っていようが、不在なら嵐の夜でも幾度でも彼は対象の家を訪ねる。
「なんだいあんた?」
「ぜいき…… ドアを閉めるな」
ドアから顔を出したのは、若い娘。
いやしっかり女だな。
「どこ見てんだよ。銭を取るよ」
「いつも取っているのか?」
「はっ?」
そう答えると、彼はやれやれと首を振る。
「胸を見たからと言って、金を取っているのか? それは一日何回で金額は? 申請書類にそんな項目は載っていない。不申告の商売だな」
それを聞いて、当然だがトレリャは焦りの表情を浮かべる。
「いやだねえ。あんたがじっくり見たから脅しだよ」
にまにまと、そんな切り返しをしてくる。
「そんなにまじまじと見ていない。失礼な」
それを聞いてにんまり。
「あんた女の経験が無いんだろ? 中に入るかい?」
そう聞かれて、彼は赤くなると少し声がうわずる。
「いや結構だ。わっ私には許嫁がいる」
彼は十七歳。若さ故か、つい言わなくて良いことまで言ってしまう。
トレリャは二十二歳。
夜の店での勤めは長い。
この世界、気に入った男を連れて、家に引っ張り込むのが商売として成り立っている。
ただまあ危険なので、大体は店の二階とかだが、彼女は違う様だ。
「おほん。トレリャ=トルレス。調査により、かなり報告が少ないことは判明している。追徴の課税だ。金貨一枚と銀貨二枚を払っていただく」
それを聞いて驚くのは彼女の方だ。
「ちょっとお待ちよ」
そう言った彼女の前に、突き出された羊皮紙。
それには、きっちりと日にちと人数が書かれている。
「申告は呆れたことに三分の一のみ。それに、女給としての給料、それにチップも無申告。申し開きはあるか?」
なんとか威厳を出しながら、彼はトレリャを睨み付ける。
「ちょっと、そんな金なんかあるわけないでしょう」
あたふたと、彼女は言い訳をする。
どうやら形勢が逆転したようだ。
彼は一気にたたみかける。
「ほう。無いのか。それでは強制労働が、六ヶ月ほどかな?」
「それなら、少し待ってくれれば稼げるじゃないか?」
その言葉に彼の目が光る。
「ううん? 調査よりも対価が高いのか?」
当然彼女はヤバッという表情を出してしまう。
痛恨。
「正確な金額を言いたまえ」
そう聞かれて、彼女は内心でほくそ笑む。
初心なこいつ、揶揄ってしまえ。
なんとかごまかせるかも。
「そりゃ、内容によって金額は変わるさ」
彼はにやっと笑う。徴収額がアップ。
回収額の五分が取り分となる。
五分と言えば、小さいようだが、金貨ならば銀貨五枚になる。
追徴金が金貨一枚と銀貨二枚だったが、それよりも多くなる。
「これに、変更された金額を記入せよ」
ずいっと、羊皮紙が出てくる。
「そんなの覚えていないし、ある程度以上は特別だからね。そんなにいつもいつもはしないさ。疲れるしね」
「本当か?」
「そりゃそうさ。特別なのは」
そう言って彼女の顔が近寄ってくる。
「何をする」
「内容を聞きたいんだろ?」
そう言ってニヤニヤ。
「そこで喋れ」
内心でにやっとする彼女。
「恥ずかしいんだけどねぇ。旦那がそう言うなら、仕方ないね。まず逸物を取りだして、こうあんぐりと」
「ちょっと待て、本当にそんな事を?」
やはり彼は、赤くなりあたふたし始める。
朝が早いと言っても、町中で人通りはある。
「そうさ。だから疲れるから、あまりしないと言っただろう」
「うっうむ。そうだろうな」
「それにね」
そう言って顔が近寄ってくる。
耳元でわざとじゃないかと思うくらい、息を吹きかけながら卑猥な話が口からあふれてくる。
彼の若い体はつい反応してしまう。
「あら、元気になったわね。中に入るかい?」
「ひっ、ひつようない」
つい声がうわずってしまう。
「それで結局どのくらいだ?」
「銀貨十枚」
「違う。いや違わない。申告では銀貨三枚となっているな」
「そんな安…… そうよ安いから大変なのよ。おほほほ」
じろっと彼女を見つめる。
彼女自身も、これ以上喋るとまずそうなので、無い知恵を振り絞る。
「あー、追徴は金貨一枚と銀貨一枚だったわね」
「違う。銀貨は二枚だ」
「ちょっと待ちな」
そう言って、彼女は家の中に入る。
中に入って出ないことも考えたが、相手はしつこそうだし……
「あっそうだ」
彼女は袋と、保険にいくつかの荷物を持ち、外へ出ていく。
「お待たせ。行くよ」
そう言って、さっさと歩き出そうとし始める。
「ちょっと待て、どこへ行く気だ?」
予想通り。彼女はにやっと笑うと、次の瞬間真顔に戻り、振り返る。
「バンコに決まっているだろう」
バンコというのは銀行だ。
「家に金貨なんぞ持っているのは、金持ちと商人くらいだろう」
その時に浮かべた、彼女の馬鹿にしたような笑顔で少しむっとするが、この手合いは多い。
バンコに行くなら、釘を刺しておかねばならん。
「借りても、私は保証人にはならんぞ」
同僚で手柄を焦り、保証人になった者達が、泣きながら金を返すところを見てきた。
そう彼等は、保証人としては最適である。
そうして彼等は、バンコへと入る。
彼は、彼女が逃げないように背後に立つ。
彼女が窓口に何かを言っている。
「金額は幾らだ?」
なにか、声色が変だが、答えないわけにはいけない。
「物覚えの悪い奴だ。金貨一枚と銀貨二枚だ」
そう言うと、何かやり取りをしている彼女。
「ほらよ」
そう言って確かに、お金を受け取った。
すると彼女は、にやっと笑う。
「たすけてぇ」
そう叫ぶと、身を翻して逃げてしまった。
「あっ、おい。受け取りを」
そこに、バンコの用心棒がやって来て、彼を取り押さえる。
「なっ何をする」
「やかましい、強盗が。暴れるな」
「馬鹿な。私は税金徴収人だ」
それを叫ぶと、一瞬だけ動きが止まったが、すぐに殴られる。
「ひどい奴だ。税金徴収に強盗までさせるのか?」
「えっいや違う。そんな事は言っていない」
彼は反論するが許されることはない。
暴れていると、コロンとナイフが床に落ちる。
「やっぱり。これで脅したんだな。とんでもない奴だ」
「いや私は、こんな物など知らん」
「これが何か知らないだと?」
目の前に出されるナイフ。
「いやナイフだけど」
「やっぱり。捕まえろ」
そうして彼は反論むなしく、逮捕されてしまった。
彼女は、必死で家に帰ると旅支度をして、姿を消したとか……
―― そして。
「どうしてこの子は、まだ三歳と言うのに、こんなに疑い深いんだい? ほらプリンだよ。卵豆腐じゃないからお食べ」
「本当に?」
パクッと食べて、変な顔をする。
「これなに?」
「茶碗蒸し」
奇しくも、転生して彼等は親子になっていた。
税金徴収人の悲劇 久遠 れんり @recmiya
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