第10話 一日目/珍客



 周囲からの視線を浴びながら屋敷に向かう。

 屋敷の入り口で執事っぽい男に招待状を求められ、カレンがそれを見せる。

 招待状の中身を確認した執事は、すごく引き攣った顔で招待状とカレンを視線で往復した。


「し、失礼しました! ただいま控え室にご案内します!」


 執事の案内で、控え室とかいう部屋に連れて行かれた。


「なんで控え室?」

「会場に入る順番には決まりがあるのよ」

「そうなのか?」

「だから、なんで知らないのよ?」

「それはもう言ったぞ?」

「もう……信じられない」


 俺たちが中に入って待つことしばし、さっきの執事に呼ばれて会場前の扉までやってきた。


「第一皇女カレンティナ様、ご入場!」


 うん?


「第一皇女?」


 なんか、傭兵じゃない呼ばれ方したぞ?

 名前も違ったし。


「ほら、行くわよ」


 カレンに背中を押され、会場の中に入っていく。


「カレンティナ様、ようこそいらっしゃいました」

「こんばんは、オストック伯爵。今宵はお邪魔させていただきますね」

「いえいえ、光栄なことでございます」


 早歩きでやって来たおっさんが慇懃に挨拶し、カレンは慣れた様子で応対する。

 オストック伯爵?

 となるとこの街の領主か。

 いや、ていうか、カレンじゃなくて、カレンティナ?

 第一皇女?

 ……まぁいいか。


「ところで、そちらの男性は?」

「ああ、彼は……」


 ツンツンと肘で突かれた。

 自分で挨拶しろってことかな?


「はじめまして、オストック伯爵。ハロン・ハウディール男爵です」

「男爵? いや、それよりハウディールというと」

「はい。ダンジョン街の領主です」

「ダッ!」


 あれ、固まった?


「はっ、はははは……皇女様。ご冗談にしては、ちょっと」

「冗談ではないそうよ」

「……は?」

「すいません、ちょっと奥さん探しに来ました」

「……は?」


 そのままオストック伯爵は固まってしまった。


 なんで?

 そしてなんかざわざわとした空気が広がっていった。

 みんな、こっちに聞き耳を立てていたらしい。


「ハウディール男爵?」

「ダンジョン街?」

「セイダシーバ王国の?」

「え? 人間兵器?」

「魔人という話では?」

「どうしてダンジョンから出ている⁉︎」

「嫁探しだとか?」

「なんで国内で探さない!」

「セイバシーバめ! 我が国に生け贄を探しに行けとでも言ったか⁉︎」


 視線がそこら中から刺さり、コソコソとそんなことを言われている。

 あれ?

 うちってなんか嫌われてる?

 ええ、街の外との関わりなんてほとんどないと思うんだけど?

 ていうか生け贄とか言ってないか?

 どういうことだよ?

 そして……。


「なんで?」

「こんなに人がいないパーティなんて初めてかも。快適〜♪」


 会場にいる人の数が、ぐっと減った。

 明らかに、俺が名乗ったから出ていった……いや、逃げていった。

 なんでだよ?

 愕然とする俺の横でカレンはとても機嫌がいい。


「いや、なんで?」

「なんでって、それだけハウディール家が歴史的にすごいことをしてきたってことでしょ?」

「いや……ほとんどダンジョンに篭ってただけだろ?」

「ダンジョンに篭ってただけって……」

「そうだろ? 兄貴も親父も祖父さんも、そのまた祖父さんも、ずうっとダンジョンに篭ってただけだぞ?」

「いや、それは見た目だけはそうかもしれないけど……」


 カレンはなにかもごもごとして黙ってしまった。

 まぁ、それはいいや。

 よくないけど、カレンになにか言ったところでこの状況が変わるわけじゃないし。

 それよりも問題は……。


「これだと、奥さん探すなんてできないんだけど?」


 残っている人も、俺を見てくれない。

 だって、目を合わせようとしたら、みんな青くなってあからさまに顔を背けるんですけど?

 なんかカタカタ震えてるんですけど?

 世間知らずの自覚はあるが、あれが怖がられてることくらい俺にだってわかる。


「残念ね」

「いや、笑い事じゃないんだけど?」

「でも、奥さん探すなら、どっちにしても自分の家名は明かさないといけないんだし、こうなることは避けられないわよ?」

「むぐぐ」

「現実を早く知られて幸運だったと思っておいたら?」

「……はぁ〜〜」


 それはそうか。


「ええ、じゃあまずは、うちを怖がらない貴族を探さないといけないということか」


 ここからさらに難易度が上がるのかよ。


「大変ね」

「ん?」

「え?」

「そういえば、カレンは俺のことを知っても怖がらなかったな?」

「え? ええ、まぁ……」

「つまり、カレンは俺と結婚できるな」

「な、なんでそうなるのよ!」

「ダメか?」

「……あのねぇ、私は皇女よ? そう簡単に国の外に出してもらえるわけないでしょ」

「ああ、そっかぁ」


 つまり、カレンもダメってことか。

 なんかよさそうだったのにな。


「い、いきなりなに言うのよ。もう」

「あれ? カレン、顔赤い?」

「赤くない!」

「ふうん」


 はぁ、しかしそれじゃあ、もうここにいても仕方ないな。


「帰るか」


 人が寄って来ないから食事も食べ放題だったけど、もう満腹だし、ここにいるだけ無駄だし。


「帰るの? それなら私も」

「いいのか?」

「いいのよ。城から出る前に渡されてた招待状を使っただけだから」

「ふうん」

「ていうか、一緒に来たくせに、私を置いて帰る気だったの?」

「あっ、それはまずいか」

「まずいわよ」

「なるほどなぁ」


 ん?

 そういえば。


「カレンは皇女なのに、なんで傭兵みたいなことしてたんだ?」


 出会った時には行商人の護衛をしていたんだよな。

 それは皇女のやることじゃないだろう。


「それとももしかして、帝国ってそんなにお金がないとか?」


 皇女が出稼ぎしないといけないぐらい?


「そんなわけないでしょ!」

「そうなのか」

「私は、ちょっと事情があって修行の旅をしていたのよ」

「修行ねぇ」


 皇女が?

 それはまた不思議な。

 不思議……だよな?


「いや、それより……あなたの世間知らずっぷりの方がダメダメなんですけど?」

「だから、仕方ないだろ」


 兄貴が継ぐ予定で俺はそういう勉強してなかったって、言ったよな?


 ……と、結局帰らずに言い合いをしていた時だった。


「きゃああああっ!」


 会場の外から悲鳴が聞こえた。

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