ダンジョン街の若領主

ぎあまん

第1話 街の継承



「悪い、義実家がやばいんで俺が継がないといけなくなった、後は頼む」


 だいたい、一年ぐらい前。

 そう言って、親父とお袋がこの街を去った。


「悪ぃ、嫁さん家が危ないらしくて俺が継がないといけなくなった。後は頼むな」


 それから半年後。

 家を継いでいた兄貴がそう言って義姉と一緒に街を去った。


 そうして、次男の俺がこのダンジョン街の領主となった。

 ダンジョン街とは、名前の通りダンジョンの中にある街だ。

 世界でもかなり稀有な存在だと聞かされている。

 唯一かもしれない。

 少なくとも、この国には同じような作りの街はないと聞いている。

 一応、街にはハウディールという名前がある。俺の家名と同じなのだけれど、それよりもダンジョン街という通称の方が有名らしい。

 俺としても、自分の街だと言って家名を連呼するのはなんか嫌だったのでちょうどいい。

 俺のご先祖である賢者が当時の王に協力したご褒美としてこの街を作ったのだとかで、歴史がある街なのだ。

 だから、その街の領主になるのは、とても名誉なこと……なのかもしれないけれど。

 まさか、次男の俺が家を継ぐことになるとは思わなかった。

 それに、これまでの流れが……。


「怒涛すぎない?」


 諸々の書類手続きを書き終え、疲労困憊になった俺はそう言うのがやっとだった。

 ハロンハロンハロン……いろんな書類に自分の名前を書くのしんどいです。

 心が虚無になります。


「王家はこのダンジョン街を潰したいのでしょう。それは、前からわかっていたことではないですか?」


 代官……政治が全然ダメな俺たち一家に代わってダンジョン街を取り仕切ってくれているヴァスカールが言う。

 声が冷たい。

 いや、このおっさんの声が冷たいのはいつものことだ。

 決して、たかがこの程度の書類作業で疲労困憊になった俺を情けなく思っているわけではない……はずだ。


 そして、このダンジョン街がいまの王家に嫌われている事実の方が、冷たくて怖い。

 そして謎だ。


「だけど、ちゃんとこの街を治めてるだろう?」

「そうですね。ダンジョンの魔物の脅威を外に出さない。守護者としての任をまっとうしていますね」

「それならいいじゃん!」

「ですが、ダンジョンがある限り、その危険は常に存在し続ける。それもまた事実です」

「そうかぁ?」


 とヴァスカールが正論ぶって言っている内容に首を傾げる。

 そんなに危険か?

 ダンジョンって?

 ……わからん。


「あなたたち一家にはわからないことかもしれませんが、ね」


 ヴァスカールは無表情に言う。

 まとめた書類をトントンと整える姿も事務的だ。


「手続きは終わりました。あなたに政治のことは期待していませんので、今日も魔物を間引いてきて下さい」

「よっしゃっ!」


 そう言ってくれるのを待っていた。

 ヴァスカールが書類をまとめている横で、床に放っていた剣を拾って執務室を飛び出す。

 新人の代官補佐が「え? いいんですか?」とか言っているけど、ヴァスカールは「問題ない」と返している。

 俺も問題ない。

 役所兼実家を飛び出し、冒険者案内所に入る。


「あっ、坊ちゃん。ご出勤ですか?」

「おうよ」


 受付のお姉さんに答えて、入場記録を付けてもらう。

 たとえ領主でもこの記録付けを怠ってはいけない。


「坊ちゃんが領主になったんですよね」

「そうなんだよ」

「じゃあもう、坊ちゃんはダメですね」

「それはどっちでもいいよ」


 受付のお姉さんが記録帳に俺の名前を書き込みながら話しかけてくる。

 いつものことなので気楽なものだ。


「お父様とお兄様が相次いで街を出られるなんて思いませんでした」

「それは俺も」

「でも、坊ちゃんがいるから、街はまだ大丈夫ですよね」

「それはもちろん」

「お願いしますよ。私、就職したばかりなのに失職したくないです」

「まぁ、ダンジョンのことは任せといて」


 と、請け負う。

 それ以外は……うん、わからん。

 ヴァスカールに聞いて。


「それで、溜まってる依頼はある?」

「それはもちろん!」


 にっこりと笑って、依頼内容を一覧化したものを俺に突きつけてきた。


「人手は不足してますけど、依頼は不足していませんから」

「みたいね」


 いつも通りの分厚い束に、俺は少しだけ引き攣った笑みを浮かべた。


「ダンジョンが不要なんて、こういう依頼がなくなってから言って欲しいですよね」

「まぁ、おかげでうちは儲かっているけどね」

「そうですね。冒険者はいませんけど」


 それはそう。

 いまここ、冒険者案内所にいるのは俺と受付のお姉さんだけ。

 受付カウンターの向こうにはお仕事している他の職員もいるはずだけど、ここには俺たち二人だけしかいない。

 ダンジョンに潜る前の英気を養うための食堂も空っぽ。

 依頼札を貼り出す掲示板の前も無人。

 誰かが入ってくる気配は? ……なし!

 冒険者はいない!


「ダンジョン街なのに、人気なのは温泉目当ての湯治客ばっかりですもんね」

「時代の流れって奴らしいよ」


 ここだって、昔は冒険者ギルドって国際的な組織の支部だったのに、いまやダンジョン街限定の案内所だからね。


「太陽炉ですっけ? ダンジョンから採れる魔石を燃料にしなくてよくなったといったって、ダンジョンが完全に不要になったわけじゃないと思いますけど」

「ダンジョンは危ないらしいよ。俺にはよくわからないけど」

「危ないのは本当ですよ?」

「え?」

「私が魔物に出会ったら即死すると思って下さい。目が合っただけで死にますからね。絶対に外に出さないでくださいね」

「あ、はい」


 すごく真面目に言われた。

 カウンターから乗り出してきたお姉さんの目はマジだった。

 怖い。

 でも、わからん。

 魔物って、そんなに怖いか?

 剣を振ったら死ぬよ?


「まぁいいや。とりあえず、行ってきます」

「はい、よろしくお願いしますよ!」

「任せとき」


 俺を手をぶんぶん振って、カウンターに沿って奥に向かい、そこで分厚い石壁に守られた光の渦の前に立つ。

 ポータルと呼ばれるそれは、ダンジョンの中の別の階層に繋がっている。


「さあて、まずはどの依頼から片付けようかな?」


 魔物の移動を調べるためにも、二階の薬草集めからかな?

 そう考えながら、ポータルを潜った。







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お読みいただきありがとうございます。

3話まで同時UPしておりますのでお楽しみください。

今後の更新予定ですが、34話まで毎日更新(35話は登場人物紹介なので34話と同時更新)。

その後は火・木・土の定期更新を予定しております。

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