最終話 風になる

 あれから彩佳あやかと二人の男子は、ぎこちないながらもどうにかこうにか友人関係を続け、二週間後に克也かつやは東京へ帰っていった。あいが思わせぶりな笑顔を彩佳に向けていたが、彩佳は素知らぬ顔を決め込んだ。


「じゃ」


 藍が車のそばでそう言って手を差し出すと、簑島みのしま家と入江家はお互いに握手を交わす。その中には彩佳に手を差し出す克也もいた。


「じゃ」


 一瞬躊躇ちゅうちょしてから克也の手を握る彩佳。凉をハグしていた藍がなんだかもの言いたげな笑顔でそんな二人を眺めていた。


 同じころには補講も終わり、章太と乗馬登校することはなくなった。章太と下校時に寄り道することもなんとなく減り、裕樹のもとに稽古に来ることもなくなった。聞けば少し遠くで道場を見つけ、そこに通っているという。


 自然、彩佳はシェアトやエイールと接する時間が増え、牧場の仕事も次第に憶えていった。最近はアイスランドホースを紹介するため、観客を前にしてトルト(Tölt)(※)やスケイド(Skeið)などを披露できるまでに腕を上げる。この夏休み中、章太や克也からのLINEもめっきり減って少し寂しい彩佳だったが、その分好きなことに熱中できたのは良かったのかも知れない。成績も少しだけ上がって空を喜ばせた。進路志望票には、今いる牧場で働くために、ゆくゆくは農業大学の畜産科に進学したいと書き裕樹を感激させる。章太は高校を卒業したら米農家を継ぐと決め、克也は悩みながらもピアノの道に進み、すでにいくつものコンクールで賞を獲っていた。


 そして、そろそろ晩秋の気配もしてきた頃、彩佳は見知らぬ男子生徒から告白を受けた。その場で相手を傷つけないよう丁寧にお断りしたが、自分の内面も知らないくせに、自分のことを好きになれる人がいることが理解できなかった。それなら幼馴染の章太の方がまだ理解できる。

 その週の土曜、時間の空いた彩佳は、一人エイールと姫木山や岩手山の良く見える丘まで、ちょっとした遠出をした。

 ささやくように頬をなでる風が気持ちいい。薄曇りの雲の隙間から光が差し大地を照らす。煙るような山々の嶺がギザギザとそびえ立つ。

 今年の夏は本当に思い出に残る、忘れられない夏になった。彩佳は初恋を失った代わりに家族を得、異性の友を失った代わりに自分の生き方を見い出した。友ならこれからだって見つかるだろうし、それに同性の友なら何も不自由していない。

 ポニーテールをたなびかせる爽やかな風に吹かれながら彩佳は思う。私は風になれるだろうか、と。あのシエロを自在に操る母のように、空を駆ける風になれるだろうか、と。いや、なれる。きっと私ならなれる。遥か遠くを見つめる彩佳はそう確信した。心を真っ直ぐにもって、ひたすら進んでいけばきっと道は切り拓ける。私はあそこで、シェアトで生きていく。そう決めたんだ。その思いに応えるように、短いたてがみをなびかせるエイールが小さくいなないた。

 エイールに跨る彩佳は今、祝福の風に吹かれ遥かな未来を見つめていた。


                               ―了―

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