第28話 正しいフり方、フられ方

 翌日の十時前、章太と克也かつやはバツが悪そうに彩佳あやかの前に立っていた。二重の意味で気まずい。


「最初に、二人の前から逃げ出したことは謝らせて下さい。嫌な思いをさせてごめんなさい」


「い、いや、仕方ねえべ」


「彩佳ちゃんが悪いんじゃないよ。僕のせいだ。気にしないで」


「ありがとうございます」


 彩佳は真面目な顔で礼を言うと、つばを飲み込み勇気を振り絞って続けた。


「それと、私はどちらの告白もお断りします」


 身を縮こまらせ恐縮する二人の男子。


「章太」


 章太の目を正面から見据える彩佳に、章太はたじろぐ。


「お、おう」


「私、章太のこと幼馴染の友達としか思えない。わかって」


「……わ、わがった」


 章太は顔を真っ赤にしてうつむかせる。


「克也さん」


「はい」


 克也もすっかり打ちひしがれた表情だ。


「克也さんのことは、どうしても年に二週間だけ会える『優しいお兄さん』でしかないんです。どうかわかって下さい」


「……うん」


 克也もすっかりしょげかえった様子でうつむいている。


「私、今恋している暇なんてないんです。もっとやりたいことがいっぱい」


 二人は押し黙ったままだ。


「それに私が好きな人は、私が自分で選んで見つけます。誰かに告白されたからつきあうって言うのはしないと思います」


「わ、わがっだ……」


「う、うん、そうだね……」


 ふたりの男子はすっかり小さくなって、小さな声で返事をした。


「でも……」


 一息ついてから彩佳は続けた。


「私がこんなことを言うのはおこがましいとは思うんですけど」


 ふたりは面を上げて彩佳の言葉を待つ。彩佳は深く息を吸い込んで吐き出した。


「無理にとは言いません。今まで通りにしていただけたら嬉しいです」


 しばらく沈黙が流れる。これはいくらなんでも虫がよすぎたかな、と後悔した。最初に口を開いたのは章太だった。


「んだべな、そったら言わっちゃ しゃあねぇな…… 親の代がらの腐れ縁だもんな。また競争すっぺ。今度は負げねぇがらな」


「ありがと。嬉しい」


 克也もゆっくりと面を上げ、彩佳の目を見て話した。


「うん、それが彩佳ちゃんの望みだっていうなら僕はそうする。嫌われたくないからね」


「ありがとうございます。私のわがままを聞いてくれて」


「ま、まぁ…気にすんなって。はなっから無理だべって、思ってだし…」


「僕も…… 遠距離だし、こんな弱々しい僕では無理だと思ってた……」


 章太の眼つきが、急にとても真面目なものになる。


「んでもな、好ぎって気持ぢはちゃんと伝えねば、わりいなって思ったがら」


「僕も」


 二人の言葉に何だか真剣な気持ちのようなものを感じた彩佳は、少し嬉しくなった。だがそれを口にしたら誤解されるかもしれない。


「うん。そうだね」


 とだけ返答した。


 こんなフり方で良かったのか彩佳には判らない。なにせ初めての経験だったのだから。でも二人の誠意に救われた気がして、心の中で深くお礼を言った。


 彩佳はシェアトの通用門で章太と別れる。去り際にちらりと厩舎に目を向けた章太は「今度こそ、勝づがらな」と言い残しタケルに跨って去っていった。本館前では克也から「また気が向いたらピアノ聴きに来てね」と言われ、克也はグランピング場へと去っていった。二人と別れた彩佳は食堂に向かった。

 食堂で原沢の向かい側に座る。


「昨日は大変だったね」


「はい、原沢さんにもご迷惑をおかけしました」


 昨夜から何度目か、深々と頭を下げる。


「いいんだって気にしなくて。しょうがないだろ母娘なんだからさ。色々あるって。まあ、あいつもめんどくさい奴だからな、仕方ないって」


「ありがとうございます」


「いいからさっさと食べちゃいなよ」


「はい、いただきます」


 二人はしばらく無言で生姜焼き定食をかきこんでいた。そして小さな声で原沢に語りかける。


「昨日、章太に告白されました」


「へえ、やっとか」


「えっ、やっとってなんですか?」


「だから、言葉通りやっとってこと。気付いてないのあんた本人くらいだったんだからね」


「えっえっえっ……」


 あまりにも驚いた彩佳は声が出ない。逆に変な声が喉から勝手に出てくる。


「他には? 告白されてないの?」


「えっ、やっぱり昨日克也さんに…… ってこれもわかってるんですか知ってたんですかみんな? みんな?」


「そう。二人とも『好き好きオーラ』出しまくってたじゃん。ほんと鈍いね彩佳」


「えーっ」


「まあ、青春の大事なひとコマを、野暮なチャチャ入れて台無しにしたくなかったんで。だからみんな黙ってた。しっかし、一日に二人から告白されるなんてモテるねえ。あたしなんか一回も告白されたことはないし、告白しても玉砕してばっかだったし。あー、うらやましいうらやましい」


「ひ、冷やかさないで下さいっ、恥ずかしくなってくるじゃないですかっ」


「いやー、モテることは別に恥ずかしくないよー? むしろ自慢になるねー。あーうらやましー」


「もうやめて下さいっ、あー、言うんじゃなかった」


「大丈夫、誰にも言わないから」


 いたずらっぽく目を輝かせる原沢。


「ホントですか? お願いしますよ? ホントですよね?」


「ホントホント。女の約束」


 原沢が拳を突き出すと、彩佳も渋々と拳を突き出しグーでタッチする。


「さ、行こっか。お馬さんたちが待ってる」


「はいっ」


 二人はトレーを持って勢い良く立ち上がり笑顔を交わした。


【次回】

最終話 風になる

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