第27話 母と娘
夕闇まだ深い頃、父に背負われた
父の背中越しに母の姿が見えると、彩佳は自分から
「よかった!」
母の行動が意外だった彩佳は、しばらく沈黙していたが、やがてそっと母の細くて薄い背中に腕を回す。
「ごめんなさい…… 私……」
「いいの、いいのよ。気にしないで。お母さんが、彩佳のもう一人のお父さんのことを、ちゃんと話してなかったのがいけないの」
「お母さん……」
「いつか聞いてくれる? 彩佳の産みのお父さんで、お母さんの昔の旦那さんのこと」
涙声の空に抱き締められながら、彩佳も涙を浮かべ何度もうなずいた。
「お姉ちゃん?」
「凉、まだ起きてたんだ。心配かけてごめんね」
彩佳はそっと凉を抱きしめる。
「どこ行ってたの?」
「うん、暗い森の中でちょっと道に迷ってた。怖かったけど、今はもう大丈夫。お父さんが助けてくれて還ってこられたよ」
「よかった」
「ごめん、ごめんね…… もう凉にも心配かけないからね」
「うん、約束」
「約束するね」
「さ、疲れたでしょ。お風呂入る? もう寝る?」
空の優しい言葉に首を振る彩佳。
「エイールは?」
「今馬房に繋いでもらったけど、見に行く?」
「うん、エイールにも迷惑かけちゃったんだもん。謝らなきゃ」
馬房に繋がれたエイールは彩佳を見つけると嬉しそうに何度もいなないた。
「ごめんね、ありがとう、私なんかのために。悪い飼い主だね」
エイールの頭をそっと抱きしめる彩佳。エイールは甘えたように鼻を鳴らした。
「もう大丈夫だから。私、ちゃんとあなたにとっていい飼い主になるから。待っててね。また一緒に走ろ」
エイールは耳をパタパタさせると優しくいなないて、彩佳の言葉に応えた。
「これ」
空が彩佳にニンジンを渡す。
「ありがと」
ニンジンを受け取りエイールに食べさせる。ぼりぼりと音を立てながら夢中になってニンジンを食べるエイール。
「私のこと助けてくれたんだものね、これくらいのご褒美じゃ足りないよね。これからいっぱい恩返ししてあげるからね」
その姿を見て空が目を細める。その姿に自分とシエロを重ねたからだ。
「さあ、色々あって眼が冴えているんだろうけど、今日はもう寝なさい」
裕樹が彩佳に優しく声をかけた。
「ん、でもその前に。お父さん、お母さん、凉、そしてエイール」
「なに?」
空の言葉に深々と頭を下げる彩佳。
「今日は本当にごめんなさい。そしてありがとうございました」
「何言ってるんだ、僕たち――」
「家族、なんだもんね」
彩佳は顔を上げて照れくさそうな笑みを浮かべた。
「そう、よく判ってるじゃないか」
裕樹も笑って彩佳の肩を指で小突いた。その姿に彩佳のどこかが変わったような感覚を覚えた空も、凉もエイールでさえも笑っていた。
エイールと別れ、厩舎からログハウスに戻ろうとすると、
「あ、あの……」
深刻な表情の克也を見て裕樹と空は凉を連れて「先に帰ってるね」とだけ言って立ち去る。頭を下げる彩佳。
「ご心配をおかけしました」
「あ、いや、こちらこそ……」
克也は自分のせいで彩佳が家出して遭難したのではないかと思っていたようだ。実に申し訳なさそうな顔をしている。ごめんなさいとは言えなかった。だけど、何事もなかったかのような顔も、さすがにできない。
「あの……」
「明日、引き馬が終わったら納屋の裏でお話します。章太も呼びます」
「えっ!」
激しい動揺を見せる克也。しかし彩佳は微笑をたたえる。
「別に克也さんが心配するようなことじゃありません。お二人にちゃんとお話ししなくちゃいけないことがあるので」
「そ、そう、なんだ……」
「はい」
打ちひしがれる克也の姿は哀れを誘った。彩佳は少し励ますような口調になった。
「もう、なんて顔してるんですか。もっと背を伸ばして下さい。らしくないですよ」
「う、うん……」
「じゃ、私仮眠取ってきますのでまた」
「うん、また……」
どこか颯爽とした彩佳の背中を克也は寂し気に見送るのだった。
【次回】
第28話 正しいフり方、フられ方
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます