第26話 父と娘
「やめろ
「早く! 早く直して撃ってよ早く!」
クマは一瞬
「落ち着け。ストレスクリアだ。銃床を地面に叩きつけろ」
我に返った
「くっ、来るなっ、こっちくんなこいつっ、この化け物っ!」
さっきとは逆の言葉を吐きつつ彩佳は心細い木の枝を振り回してじりじりと後ずさる。
そこに声高いいななきと蹄の音が聞こえると、一陣のつむじ風となって彩佳の前に立ちはだかり、棹立ちになる一頭の馬の姿があった。
「エイール!」
驚いたクマも再び立ち上がりエイールを威嚇する野太い声をあげる。静まり返った森にクマと馬の雄叫びが響き渡る。
「やめてエイール下がって!」
エイールが前脚の蹄鉄がはめられた蹄を振り下ろそうと棹立ちになると、ツキノワグマもこの新たな敵にひるむ様子すら見せず、頭を突き出し牙を鳴らして吠え威嚇する。
「よく狙え。確実に仕留めろ。この距離ならスラグ弾で充分だ。心配はいらない」
乾はエイールとクマから目を離さず、
「俺がフォローするから心配するな。お前の家族だ。お前が守らなくてどうする」
乾の低い落ち着いた声に
「うぉーっ!」
ツキノワグマが彩佳に向かって左腕を振り上げた瞬間、またけたたましい銃声が聞こえた。一発目でまず倒すべき脅威は
三発の轟音が鳴り響いた直後、いきなり力を失ってガクっと崩れ落ちるツキノワグマ。森に静けさが戻ってきた。
乾が
「こんな危ない真似はするな! どうなっていたか分からないんだぞ!」
腕を痛いほど掴まれ激しくゆすぶられる彩佳。
「だってお父さんが――」
全てを言いきらないうちに彩佳は乱暴に抱き締められる。
「よかった…… 本当によかった……」
その
「どうして……」
「どうして?」
「どうして私のことなんか……」
「どうしてもこうしてもないだろう! 彩佳は僕の娘だ! 家族を守ろうとするのは当
前じゃないか!」
「娘…… 家族……?」
「そうだ」
「だって、だって私本当の……」
「本当のってなんだ? 嘘の家族ってあるのか? 僕が家族と言ったら家族だ。大切な僕の娘だ」
「大切……?」
「そうだ。大切な娘だ。彩佳が生まれた次の日、東京の病院で面会に行くと、保育器の中の彩佳はじっと僕のことを見つめていた。その目を見て本当にかわいいと思った。その時、僕は彩佳の家族になるって、父親になるって決めたんだ。それじゃだめだったか?」
「だめって……」
彩佳の目が潤む。
「だめじゃ……」
ああ、かなわないな、と彩佳は思った。この思いの強さは比べ物にならない。そう思うと彩佳はまた自分がとてもちっぽけなもののように思えてきた。だけど今度はなにかが違う。胸の奥のどこかから今までと違う温かいものがこみ上げてくる。鼻の奥がつんとする。いつの間にか彩佳は泣きじゃくって
【次回】
第27話 母と娘
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