第24話 森に迷う
気がついたら森のどこかにいた。どこかとしか言いようがない。自分がどこにいるか、どこを向いているかさえ分からない。
息を整え、気を取り直し、スマホを取り出し方角だけは辛うじて分かった。でももうあの家には帰れない。母親をあそこまでなじって傷つけてしまった以上、彩佳はもうあそこに自分の居場所はないと感じた。体育座りをして呆然とスマホを見つめる。圏外だった。これからどうするか。どうしようもない。彩佳はため息をひとつ吐いて立ち上がる。このまま盛岡市街まで行くか。でも徒歩では無理だ。その時エイールが思い浮かぶ。エイールは、エイールだけは、私が何者であろうといつものようにじゃれついてくれて、私と一緒に風になってどこまでも駆けてくれるはずだ。エイールを連れてどこかに行こうか。どこかほかの牧場にでも行けば住まわせてもらえるんだろうか。さすがに中学生ではそんなことはないだろう。やっぱり家に帰るしかないのか。また自分が中途半端な存在であることに思い至り、悔しさがにじみ出る。
そんな時、ふと原沢とハンサム芦原の言葉が頭に浮かぶ。「外に出る時は必ず馬と一緒にいろ」という言葉を。急に心細くなりスマホ画面に目を向ける。充電は76%ある。大丈夫だ。そう自分に言い聞かせ、これからどうするか改めて考えてみるが、何のアイディアは浮かばない。八方ふさがりだった。
「二人ともどうしてるかな……」
誰もいない闇の中で独りつぶやく。もしかしたら必死で探してるかも知れない。でもあんなふうに逃げ出したんだから呆れて私のことなんか放置しているだろう。両親にしてもそうだ。母の空はもちろん、義父の裕樹も腹を立てているに違いない。色々と考えていると盛大な音を立てておなかが鳴る。こんな時でもおなかは減るんだ、とつまらないことをぼんやりと考える。取りあえず町に出れば何かあるかもしれない、と思って立ち上がる。
スマホのライトを点け、その明かりを頼りに歩き出す。自分の肩までの高さがある笹をかき分け、どうにかこうにか狭い林道らしき道に出る。熊よけに熊鈴かラジオが必要だと思ったので、ラジオの代わりに音楽再生プレイヤーアプリでガンガン音楽を流す。これは「ここに人間がいるぞ」というサインになり、普通の熊はそれを避けるように歩く。普通の熊であれば。
十分ほど歩いていると、左手からがさがさと下草を踏み鳴らす音が聞こえる。シカかウサギかと思った。あるいはタヌキかキツネか。でもイノシシだったらどうしよう。いや、もし…… 最悪のケースを思い浮かべる。
まさか。彩佳はアプリのボリュームをマックスにして小走りに林道を駆け抜ける。下草の少ない開けた場所に辿り着いたので、ライトに浮かび上がったクスノキの大木の影に身を潜める。追跡されていると感じたのでアプリを切る。静まり返った森の中で低いうなり声が聞こえた。人間や馬はもちろん、聞いたことのある他のどんな動物とも違っていた。
【次回】
第25話 人狩り
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