第16話 ひとり眠る夜

 シェアトの敷地内にある小さなログハウスに帰宅すると、妹のりょうの部屋はもう真っ暗で、弱い玄関の灯りだけが彩佳あやかを迎えてくれた。もうそんな時間なのかと思いながら、いつも通り小ぎれいなリビングに入ると、そらが心配そうな顔で彩佳に声をかける。


「どうかしたの?」


「別に。克也かつやさんとちょっと話してただけ」


 つっけんどんな彩佳の返答に、空は困惑する。「そう……」とだけ言って、そのあとどうすればいいのかわからない。かつての自分とは違い過ぎる娘の態度に少し動揺していた。おずおずと娘に尋ねる。


「あの、お昼のこと、気にしてるの?」


「そんなことない。私たちの方が遅かっただけ」


 少し言葉に力が入るが、彩佳にはそれを止められなかった。


「そうなの。それならいいんだけれど」


 あの時少しだけ手を抜いて娘に勝ちを譲ればよかったのだろうか。いや、それは違う。そんなことをすれば彩佳は傷つくだけだ、と空は胸の内で自問自答をする。


「おう、遅かったな」


 ネイビーのTシャツ短パン姿で、風呂上がりの裕樹ひろきがリビングに入ってくる。どこかのんびりとした優しい口調で、それはそれでしゃくさわった。また自分のことを子ども扱いしている、と感じる。


「食堂で原沢さんと、分館で克也さんと話してたので遅くなりました。ごめんなさい。これでいい?」


 さらに尖った声で応える彩佳。裕樹と空は顔を見合わせるしかなかった。


「お風呂入る」


 大股でずかずかと、わざと大きな足音を立てて、ふたりの間を強引に割ってリビングを出た。シャワーを浴びながら思う。

 ああ、今の私、またすごくやなヤツになってる。

 でも、どうして自分がこうなってしまうのかはわからなかった。きっと言葉にできないたくさんの気持ちが私をこうさせているんだ、としかわからない。

 このまま私、嫌な奴になっちゃうのかな。そう思うと情けなくなって涙が出そうになる。大きなため息をひとつ吐いて風呂から上がり、身支度と歯磨きをして、両親には感情を抑えて「おやすみなさい」を言って、逃げるようにリビングを出て、自室のベッドに潜り込む。どんな気分で両親と向き合えばいいのかわからなかった。今日、母との競争で、自分は風を捉えることができなかった。風になり切れなかった。そのもどかしさや、義父に対する言葉にできない、言葉にしたくない想いがずっと彩佳の胸の中で渦巻いていて、克也も章太も彩佳の中には全く存在しなかった。

 答えのない問いと、言いようのない感情やわだかまりに揉まれながら、彩佳はようやくひとり眠りについた。眠ることしかできなかった。


【次回】

第17話 なぐさみ

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