第11話 すれ違う言葉

 昼食時になると、スタッフはそれぞれのタイミングで各自昼食をとる。昼のシェアトの食堂は、静かに湯気の立つ揚げ物とタルタルソースの匂いで満ちていた。


 そらは仕事モードに入ると寝食を忘れて没頭するタイプだ。なので、仕事が入ると食事はシェアト本館の食堂でとる日が増える。本館は簑島みのしま家と目と鼻の先にある。裕樹ひろきが料理をしてくれることもあるが、手が回らないことも多く、なかなかそうもいかない。

 彩佳あやかが原沢と食堂で向かい合って日替わり定食の「タルタルソースたっぷりチキン南蛮」を食べていた。好きなメニューの日は、それだけでちょっと嬉しくなる。すると、彩佳の隣に空が音もたてずに座った。騒がしさが身についている彩佳にとって、この空の物静かな振る舞いは、遠い世界の存在のように感じる。原沢がいてくれて助かった。きっと母は心ここにあらずといった表情のまま終始無言で食事を終えるだろうから。彩佳の予想通り漂う、何とも言えない気まずい空気を原沢が破る。


「そうだ、エイールの調子はどう?」


「あ、すっごくいいです。もともと素直だし、私の指示もちゃんと聞いてくれて」


「彩佳も上手くなってきてるからだね」


「えへへ、そうかなあ」


 すると、ふと彩佳の隣で黙々とチキン南蛮を口に放り込んでいた空が、遠くを見つめぼそりとつぶやく。


「しばらくシエロに乗ってない……」


 彩佳はこの唐突なつぶやきに対して一瞬言葉につまる。なんと返したらいいかわからなかった。こういった時も、彩佳が母を遠い存在だと感じる瞬間だった。


「えー、あまり根つめてないで、たまには気張らした方がいいっすよ」


 原沢は何気ない調子で声をかける。それが彩佳にかすかな劣等感を与える。

他人の原沢が普通に話せるのに、なんで娘の私は母親とうまく話せないんだろう。


「……不器用なのよ。頭の中、ひとつのことでいっぱいいっぱいになっちゃうの」


「シエロ寂しがってるんじゃないすか? あんなに仲がいいのに」


「うん、そうね。だから手が空いた時にはなるべく厩舎に行ってる」


「あ、でもあまりニンジンやらないで下さいね。変なクセになりますから」


「はい、気をつけます。なんだか原沢さんには私、昔っからいつも叱られてばかりね」


 空は苦笑して細くて薄い肩をすくめた。


「そんなことないすよ」


 原沢は少し不貞腐ふてくされた風に言い返した。


「なんか、仲がいいよね。お母さんと原沢さん」


 その彩佳の言葉に、二人は少しぎくりとしたような表情を見せる。


「そっ、そう……?」


「いっ、いや普通だと思うけどな、ねえ?」


「そうね、そう普通よね……」


 二人のどこかかすかに慌てた様子に気付かないまま、彩佳はチキン南蛮の三切れ目にかぶりついていた。

 その時「ここ、いいか?」という声が聞こえ、彩佳が答える間もなく、裕樹はどかっと隣の丸椅子に腰を下ろす。彩佳は一瞬時が止まったような感覚を覚える。呼吸が止まる。


「珍しいじゃない、こんな時間に。いつもなら3時ぐらいなんて普通でしょ?」


 裕樹ひろきの登場によって、ふと夢から覚めたように、空が少しからかう口調で声をかける。


「別に好きでやってるんじゃないんだけどなあ。色々見てるとどうしてもさ。今日は熱中症になった馬もいなかったし、少し早めに手が空いたんだ」


「少しは他のスタッフに任せてもいいんすよ? センパイいつも自分で何でもやろうとするから」


 原沢の忠告を涼しい顔で無視して昼ご飯をかきこむ裕樹ひろき


「いや、癖なんだ。自分の目で確かめないと、なんだか落ち着かなくて」


【次回】

第12話 近くて遠い

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