第11話 すれ違う言葉
昼食時になると、スタッフはそれぞれのタイミングで各自昼食をとる。昼のシェアトの食堂は、静かに湯気の立つ揚げ物とタルタルソースの匂いで満ちていた。
「そうだ、エイールの調子はどう?」
「あ、すっごくいいです。もともと素直だし、私の指示もちゃんと聞いてくれて」
「彩佳も上手くなってきてるからだね」
「えへへ、そうかなあ」
すると、ふと彩佳の隣で黙々とチキン南蛮を口に放り込んでいた空が、遠くを見つめぼそりとつぶやく。
「しばらくシエロに乗ってない……」
彩佳はこの唐突なつぶやきに対して一瞬言葉につまる。なんと返したらいいかわからなかった。こういった時も、彩佳が母を遠い存在だと感じる瞬間だった。
「えー、あまり根つめてないで、たまには気張らした方がいいっすよ」
原沢は何気ない調子で声をかける。それが彩佳にかすかな劣等感を与える。
他人の原沢が普通に話せるのに、なんで娘の私は母親とうまく話せないんだろう。
「……不器用なのよ。頭の中、ひとつのことでいっぱいいっぱいになっちゃうの」
「シエロ寂しがってるんじゃないすか? あんなに仲がいいのに」
「うん、そうね。だから手が空いた時にはなるべく厩舎に行ってる」
「あ、でもあまりニンジンやらないで下さいね。変なクセになりますから」
「はい、気をつけます。なんだか原沢さんには私、昔っからいつも叱られてばかりね」
空は苦笑して細くて薄い肩をすくめた。
「そんなことないすよ」
原沢は少し
「なんか、仲がいいよね。お母さんと原沢さん」
その彩佳の言葉に、二人は少しぎくりとしたような表情を見せる。
「そっ、そう……?」
「いっ、いや普通だと思うけどな、ねえ?」
「そうね、そう普通よね……」
二人のどこかかすかに慌てた様子に気付かないまま、彩佳はチキン南蛮の三切れ目にかぶりついていた。
その時「ここ、いいか?」という声が聞こえ、彩佳が答える間もなく、裕樹はどかっと隣の丸椅子に腰を下ろす。彩佳は一瞬時が止まったような感覚を覚える。呼吸が止まる。
「珍しいじゃない、こんな時間に。いつもなら3時ぐらいなんて普通でしょ?」
「別に好きでやってるんじゃないんだけどなあ。色々見てるとどうしてもさ。今日は熱中症になった馬もいなかったし、少し早めに手が空いたんだ」
「少しは他のスタッフに任せてもいいんすよ? センパイいつも自分で何でもやろうとするから」
原沢の忠告を涼しい顔で無視して昼ご飯をかきこむ
「いや、癖なんだ。自分の目で確かめないと、なんだか落ち着かなくて」
【次回】
第12話 近くて遠い
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