第6話 星の距離
「だからエイールとは仲がいいんだね」
感心したような克也の言葉に、少し嬉しそうな響きを含ませて彩佳が答える。
「そうなんです。あの子、結構誰とでも仲良くなれる甘え上手なんですが、やっぱり私との相性が一番いいみたいです」
「へえ、そっか。うらやましいな」
「明日乗せてあげますから。大丈夫、あの子頭いいからちゃんと覚えててくれてますって」
「ん、ああ、そうだね……」
子供たちがどこか微妙に噛みあわないやりとりしつつ野菜を焼いている間、大人たちはまた別の話をしていた。
「ねえ、熊が出たんですって?」
酔って赤らんだ顔の
「ここからは遠いんですが農作業中の人が見かけたそうです。トウモロコシでも狙っていたのかも知れません」
「あー、トウモロコシかー。今一番おいしいものね。そっかそっかー。こわ」
「ここ数年の猛暑で、山のドングリとかの餌が不足しているのも関係あるみたいですね。今年も暑いですし。まあ、一瞬の目撃でそれ以来ぱったり見ていないそうですから、心配はいらないでしょう。ただ、ここから出る時は必ず私たちに声をかけて下さい。お願いします」
「はあい」
この話題はここで終わったが、かたわらでトウモロコシを焼いていた彩佳の心には何か漠然とした影が差した。その熊は飢えて今でも森の中をうろうろしているのだろうか。そう思うと少しかわいそうでもあり恐ろしくもあり、彩佳は小さくぶるっと震えた。
バーベキューを終えると、みんなでヘッドライトを点けたり懐中電灯を持ったりして、岩手山と姫木山がよく見える見晴らしのいい丘に足を運ばせる。そこには一台の天体望遠鏡を操作する痩せぎすで長身の男がいた。
「お待たせしました
「いや、そうでもない。今設置が終わったところだ」
空や
ヘッドライトを消し空を見上げると、東から南にかけてうっすらと天の川が見える。「やっぱりここは空気がきれいなんだなあ」と感心したように
「土星に合わせてみた。
ぼんやりと退屈そうな声で乾が克也を呼び寄せた。
「うわあ、ほんとだ。環にうっすら縞がありますね?」
「それは『カッシーニの隙間』だ。土星は地球からの距離が12から16億キロもある。光の速さでもざっと1時間から一時間半はかかる。だから我々は1時間以上前の土星の姿を見ていることになるな」
「さすが乾さん」
「何でも知ってますね」
笑顔で乾を褒める両親の声色に改めて不思議なものを感じる彩佳。
「そうだ、僕も少し復習してきましたよ。『夏の大三角』」
克也が望遠鏡から目を離して明るい声で言った。
「えー! 私全然憶えてない! 去年やったような気はするけど……」
驚いて感心する彩佳に克也は笑顔で星々を指し示す。
「えっと、あれがベガで、こっちがわし座のアルタイル。それであそこにあるのがはくちょう座のデネブ」
「すごい! 克也さんも物知りだ」
「そんなことないよ。あとアンタレス…… は、見えないか」
と言う克也は残念そうだ。
「早い時間なら見えるんじゃない? ね、乾さん」
親し気に空が訊ねる。
「いや、ここからだとあの林や施設が邪魔して見えにくい。アンタレスの高度は低いから南西が開けた場所でないとな」
乾さんはあいかわらずつまらなさそうな声で無愛想に答えるだけだった。
「
「いいね。ぜひ案内してよ」
「私は飲めるならどこでもー」
奏輔と藍の夫妻も快諾する。すると克也が顔を輝かせて隣の彩佳に声をかけた。
「彩佳ちゃんも一緒においでよ」
「えっ、いや、お邪魔しちゃいけませんし」
克也の提案に彩佳は少し戸惑った。家族三人で遊びに来たというのに、自分がその中に混ざっていいのか彩佳には疑問だった。
「いーじゃない、全然邪魔じゃない。むしろ来て」
目を細めて、まるで何かを見透かしたように藍が口を挟んでくる。
「えっ、えーと、エイールの世話もありますし……」
「えー」
「母さんやめてよ…… 仕方ないよ。残念だけど」
慌てる彩佳の言葉にあっさり引き下がる息子を見て、何かを言おうと口を開きかけた藍だったが、それは奏輔のひとにらみで阻止された。
乾は、後片付けは頼む、とぼそりと言い残し去っていく。入江一家と簑島一家の六人は夜更けまで星空を眺めていた。
【次回】
第7話 シェアトの朝
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