第3話 夏の静養
林道の分かれ道で章太と別れた
シェアトにたどり着いたところで、シェアトの向こう側の広場に到着する一台のSUVに気付いた。見覚えのあるその車を見つけると、彩佳は歓声を上げ、目を輝かせながらエイールを駆けさせた。
「入江さん! 克也さん!」
車の中から三人の男女が降りてくる。いずれも高名な作曲家の入江
「あいかわらず元気だね、彩佳ちゃん」
穏やかな笑顔の入江奏輔とは対照的に、藍は少し驚いたような顔をする。
「また少し背伸びた?」
「そうですか? 自覚はないんですけど」
彩佳は藍の明るくはきはきした声が好きだ。テレビで見る姿もいつも元気で賑やかだ。一方で夫の奏輔は藍とは逆に物静かで穏やかな表情をしている。この正反対の二人がどうして夫婦になったんだろう、と彩佳は時に不思議に思っていた。
「うちの克也はもう成長止まっちゃったみたいだけどねー」
そう藍が言うと、両親の後ろから少し照れくさそうな顔をのぞかせる克也。
「一年ぶり」
「うん」
父に似て温厚な微笑をたたえて彩佳の前に立つ克也。彩佳の笑顔がまぶしく映り、目を細める。
「また乗馬教えてね」
「私もピアノ教えて下さい。あと宿題も」
「わー、仲いいなあ、うらやましいなあー」
ニヤニヤ笑って冷やかす藍を奏輔はたしなめる。
「こら、そういうこと言うんじゃない」
克也は少し困惑して照れたような苦笑いを浮かべたが、彩佳には藍が何を言っているのか理解できなかった。
「今年も二週間?」
彩佳が訊くと藍の方から答えがあった。
「そ、ここくらいだからさあ、のんびりした休みが取れるのって。彩佳ちゃんもよろしくね」
「こちらこそよろしくです。私また藍さんのピアノ聴きたいです!」
「ふふっ、まあ気が向いたらね」
「ええー、聴きたいです聴きたいですぅー」
じゃれ合う藍と彩佳はまるで母娘のようだ。そこに作業着、作業パンツ、安全靴に麦藁帽を身にまとった
「いらっしゃい。しばらくここもにぎやかになるわね」
「あははっ、よろしくお願いします。みさきともえさん」
空に藍はいたずらっぽい顔であいさつする。
「やめて、空でいいから」
落ち着いた表情の空は、今では本来の自分を取り戻していて、およそ十五年前のあの頃とは見違えるようだ。笑顔で歓談する空と藍。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。来て下さるのを楽しみにしてました」
「ねえ、もう準備しよ」
藍が奏輔に声をかけると奏輔もそれに賛同した。
「そうだね。早速始めよっか」
入江一家は毎年ここに来るとまずバーベキューをするところから始まる。
「あ、私は先に馬の蹄を掃除してきますから、そうしたらお手伝いしていいですか」
「もちろん。ほら、克也もこの馬に会いたがってたろ。行っておいで。準備はこっちでやっとくから。じゃあ、
奏輔がそう言うと表情を明るくする克也。
「はい」
エイールを連れ馬房に向かう彩佳と肩を並べた克也は、彩佳と楽しそうに話しながら歩み去ってゆく。二人の後姿を確かめてから車に乗り込んだ藍は、運転席の奏輔をのぞき込んだ。
「ナイスアシスト」
と言って奏輔の肩を叩く。やはりどこか含みのある顔と声だった。
「まあ、これくらいはね」
一方で、グランピング場の駐車場に向かう車を運転しながら、爽やかな笑みを浮かべる奏輔だった。一方で克也と一緒に厩舎に向かう彩佳には得体の知れないざわつきが胸を占めていた。
▼用語
Skeið(スケイド):
アイスランド語。「
アイスランドホース特有の歩法で、これを自然に行えるのはアイスランドホースの他にはない。印象的で美しく、速度もあるため、レースやショーで使用されることが多い。
【次回】 第4話
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