第2話 この世界での成長
突然のモンスターとの遭遇で全ての装備を失ったカケルだが
その情報提供によりギルド長より報酬としてそこそこな額を貰ったカケル。
カケルはギルドを出た後、装備を揃えるため街の店を回った。
今回みたいに全てを失うことがまたあるかもしれない。
そう考えると、高価すぎるものは避けつつ、今までより少し良いものを選んだ。
まず丈夫で出し入れしやすいバッグ、軽いけどある程度の防御力はありそうな革鎧、採取用だが多少頑丈なナイフ、薬草やポーションも揃えた。
ただ、草刈りと採取ばかりしている新人にしてはかなり羽振りがいい。
店主からは「採取だけでそんな金どこから?」と怪訝な目を向けられることが多かった。
そのたびカケルは「激レアモンスターと遭遇して全てを投げ出し命からがらギルドに逃げ帰ってきて、それをギルド長に報告したらモンスター発見の情報料として結構もらえたんです」と
多少の誇張と卑屈さを混ぜ、納得はしてもらいつつも活躍したと思われないよう説明して回った。
いちいち説明するのは疲れるが、不信感は与えず今のポジションを維持するためには仕方ない。
街中を買い物で歩きながら、次はこんな目に遭わないよう占いを過信しないようにと心に誓った。
カケルは装備を揃えた後、今日の出来事で疲れ果てた体を引きずって街の食堂へ向かった。
異世界に来てからは、あの頃食べていたような食事を取っていなかった。
カウンターに座り、普段は見もしないメニューの「お肉料理」のページを開く。
この世界では肉は貴重で、値段もそれなりに高い。
それでもお金もまだ残ってるし今日くらいはいいだろうと、ステーキを注文した。
こんがり焼かれた獣肉のステーキ。
少し固くて、噛むたびに微かな臭みが鼻をつく。
それでも口に広がる肉の味に、カケルは思わず目を潤ませた。
異世界に来てからろくなものを食べられず、採取の合間に硬いパンと味のしない保存食や食べられる草でしのいできた。
元の世界では当たり前だった肉の味が、こんなにも心を揺さぶるとは思わなかった。
スプーンとナイフを手に、ゆっくり味わいながら少し泣いた。
異世界には来たが、ただの会社員だった僕には、この元の世界の知識を活かして技術革命を起こすなんて大それたことはできない。
それでも、食事の基礎知識くらいは理解してる。
タンパク質、炭水化物、ビタミン、繊維質などをバランスよく摂る。
この世界の人は、そんな知識すらを持たない者ばかりだ。
肉は高価で食べられないが、安いパンや豆、家畜のミルク、野菜を組み合わせれば、安価でもそれなりに安定した栄養は取れる。
ただ今日だけはタンパク質を肉で補う。
カケルは肉を食べ終えると、追加で野菜の付け合わせ、パン、そしてミルクを注文した。
これで一日の栄養は十分だ。
あとは睡眠をしっかり取り、準備運動や筋トレ、依頼をこなすことで自然と運動もできている。
この生活を続ければ、恐らく体についての基礎知識のない人たちより、少しだけ成長が早いはず。
戦闘力はないが、体力と健康でなら勝負できるかもしれない。
カケルは食堂のテーブルで食後のミルクを飲みながら、ふとこの世界での生活を振り返った。
成長といえば、この異世界で数少ないメリットに感じることがある。
経験が溜まっても失われないことだ。
レベルアップなのかスキルアップなのか、仕組みはよく分からない。
でも、元の世界だったら受験勉強で詰め込んだ知識はすっかり忘れ、仕事でも同じミスを繰り返して上司に怒られるばかりだった。
でも、この世界では違う。草刈りや採取の技術が、日々着実に高まっていると実感できる。
最初はナイフの扱いもおぼつかず、薬草の見分けも怪しかった。
それが今では、手際よく草を刈り、使える植物を簡単なものなら見抜けるようになった。
双首トカゲに襲われた時だって、折れたナイフでなんとか傷をつけられたのは、これまでの経験が体に染みついていたからだと思う。
失われない成長。
この世界で生き抜くための小さな希望かもしれない。
ふと以前した草刈依頼での出来事を思い出した。
草刈りの依頼で訪れたお宅で、おばさんに何気なく言ったことがある。
「もっとギルドの人達も草刈りのスキルを学べばいいのにね〜」と。
するとおばさんは笑いながら「冒険者なんてのは一攫千金狙ってるのに、草刈りスキルが上がってもねぇ。あんたが変わってるんだよ」と返してきた。
確かに、この世界の冒険者はモンスターを倒したり宝を見つけたりで大金を夢見る人が多い。
草刈りなんてのは地味すぎるのかもしれない。
カケルはさらに「おばさんは自分で草刈りスキルを高めたりしないの?」と聞いてみた。
おばさんは少し考えてから「私にその才能があるか分からないし、自分でやらなくてもいいことに時間を使うより、もっといい才能を探したり生活に必要なことに時間を使うよ」と。
その言葉には納得しかない。
冒険者なら戦闘や魔法、生活なら料理や裁縫の方が役立つだろう。
でも、カケルにとっては、この地味な草刈りや採取のスキルが蓄積していくのが強みだ。
おかげで比較的安全で、こうやって仕事を請け負いギリギリ生活できている。
そんなことを思い出しながらミルクを飲み干して
カケルは食堂で久しぶりの肉を食べ終え、腹も心も満たされ店を出た。
異世界に来てから初めての贅沢な食事だった。
満足感を抱えたまま、街の安宿に戻り、硬いベッドに体を沈めた。
双首トカゲに襲われ、装備を失い、ギルドで揉めた今日。
色々あったけど、振り返れば「あさモニ」の占い通り、確かに1位だった気がする。
命が助かり、金貨を手に入れ、肉まで食べられたのだから。
疲れ果てた体を休めながら、カケルは小さく笑って目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます