飛び入り参加のベストカップルコンテスト
文化祭二日目の午後。体育館に響き渡る大歓声と、ステージ上でスポットライトを浴びる男女。毎年恒例の『ベストカップルコンテスト』は、今年も最高潮の盛り上がりを見せていた。
俺、橘 翔太は、体育館の後方で友人たちと、その熱狂を少しだけ醒めた気分で眺めていた。クラスの出し物のシフトが終わり、手持ち無沙汰だったのもあるが、本当の理由は別にある。
(……遥、どこにいるかな)
人混みの中に、無意識に彼女の姿を探してしまう。水瀬 遥。クラスの中心で、いつもお洒落でキラキラしていて、男子からはもちろん、女子からも憧れの的。それが、俺の彼女だ。……なんて、口が裂けても言えない、トップシークレットだけど。
俺たちは、高校二年生。クラスの人気者同士、なんて言われることもあるが、校内では挨拶を交わす程度。必要以上に近づかない、クールな同級生。それが、俺たちが周りに見せている仮面だ。本当は、毎日のようにこっそりメッセージを送り合い、たまの休日に人目を忍んでデートを重ねているなんて、誰も知らない。
正直、窮屈だ。彼女の手を堂々と繋ぎたいし、周りの目を気にせず笑い合いたい。けれど、俺たちそれぞれの友人関係や立場を考えると、公にするのはリスクが高すぎた。嫉妬や憶測、面倒な噂。それを想像すると、どうしても躊躇してしまう。
「それにしても、今年のベストカップル、レベル高くないか?」
「だなー。特に三年生のあのペア、マジでお似合いだよな」
隣で友人たちが噂している。俺は適当に相槌を打ちながら、再び遥の姿を探す。……いた。ステージの反対側の、少しだけ人垣が途切れたあたり。彼女も、友人たちに囲まれて笑っている。だが、その視線が、ふとこちらに向けられた。
目が、合った。ほんの一瞬。彼女の、いつもは自信に満ちた強い光を宿す瞳が、悪戯っぽく細められる。そして、唇の端が、くいっと持ち上がった。それは、俺にしかわからない、特別な合図。
(……まさか、遥……本気か?)
心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。数日前、彼女が冗談めかして言っていたこと。「ねぇ、翔太。文化祭のベストカップルコンテスト、飛び入り参加とか、してみちゃう?」って。まさか、本当に実行する気じゃ……。
その時、ステージ上の司会者が、マイクを高々と掲げて叫んだ。
「さあ、皆さん! ここでサプライズ! なんと今年もやります! ベストカップルコンテスト、飛び入り参加枠! 我こそはというカップルは、今すぐステージへカモーン!」
会場が、どっと沸く。俺の隣で、友人の一人が「うぉー! 誰か行くやついんのかよー!」と野次を飛ばす。別の友人は「翔太、お前、誰か誘って行けよ! モテるんだから!」なんて無責任なことを言う。
冗談じゃない。俺が行くとしたら、相手は一人しかいない。そして、その相手は……。
再び、遥と目が合った。彼女は、もう笑ってはいなかった。真剣な、挑戦的な眼差しで、俺を真っ直ぐに見つめている。「どうするの?」と、その目が問いかけている。周囲の喧騒が、嘘のように遠のいていく。俺たちの間だけに、見えない糸が張り詰められているような感覚。
迷いは、一瞬だった。ここで引いたら、男じゃない。それに、俺だって、本当はずっとこうしたかったんだ。
俺は、友人たちの「え?」「どこ行くんだよ?」という声を背に、人混みをかき分け、ステージへと向かって歩き出した。ほぼ同時に、反対側からも、遥が友人たちの驚きの声を振り切って、ステージへと向かっているのが見えた。
体育館中の視線が、俺たち二人に突き刺さる。どよめきが、波のように広がっていく。
「え……橘くん?」「水瀬さんも!?」「なんでこの二人が!?」
ステージの手前で、俺と遥は合流した。どちらからともなく、視線を交わし、小さく頷き合う。覚悟は、決まった。
司会者も、俺たちの登場に目を丸くしている。
「おっとぉ!? これは驚いた! まさかの、橘翔太くんと、水瀬遥さんじゃないか! 君たち、どういう……!?」
「俺たち、付き合ってます」
マイクを奪い取るようにして、俺は言い放った。隣で、遥が、悪戯が成功した子供のように、くすくすと笑っている。その肩を、俺は、ごく自然に、そして強く抱き寄せた。もう、隠す必要はないのだから。
瞬間、体育館は、爆発したような歓声と悲鳴に包まれた。
「「「えええーーーーーっ!!!」」」
地鳴りのような声。信じられない、という表情で固まるクラスメイトたち。特に、ステージ近くで見ていた、俺のことを狙っていたと噂の女子グループと、遥に言い寄っていた男子グループ。彼らが、文字通り、膝から崩れ落ちていくのが見えた。「そんな……翔太くんが……」「俺の遥が……」という、悲痛な声が聞こえてくる気がする。……悪いな。でも、これが現実だ。
「お、お前ら! いつからだよ!? 全然気づかなかったぞ!」
「遥! あんた、隠してたのね!?」
友人たちの、驚愕と、少しばかりの非難が入り混じった声。
俺は、マイクを通して、もう一度、はっきりと言った。
「結構、前から。ずっと、秘密にしてたんだ。……でも、いい加減イチャイチャしたいから、もう隠すのはやめた」
隣の遥を見る。彼女は、少しだけ頬を赤らめながらも、幸せそうに微笑んでいた。その笑顔を守るためなら、どんな噂も、どんな視線も、怖くない。
「てなわけで、飛び入り参加、よろしく!」
俺がそう言うと、司会者はまだ混乱から抜け出せない様子だったが、会場の異常なまでの盛り上がりに押されるように、「お、おう! それじゃあ、急遽エントリー! 橘・水瀬ペアだー!」と叫んだ。
コンテストの結果なんて、どうでもよかった。俺たちは、一番大切なものを、ここで手に入れたのだから。
ステージを降りると、友人たちに囲まれ、質問攻めにあったが、今はそれすら心地よかった。遥も、女子グループに囲まれて、嬉しそうに、少し照れたように、なれそめを話している。
人混みを抜け出し、少しだけ人気のない、体育館裏の通路へ。二人きりになると、遥は、それまでの優等生的な仮面をかなぐり捨て、満面の笑みで俺の腕に飛び込んできた。
「しょーた! やっと、やっと言えたね!」
「ああ。長かったな」
俺は、彼女の柔らかい髪を撫でながら、感慨深く呟く。人目を気にせず、こうして彼女に触れられる。ただそれだけのことが、こんなにも幸せだなんて。
「ねぇ、もう我慢しなくていいんだよね?」
遥が、甘えた声で俺を見上げてくる。肩にすり寄る仕草。校内では絶対に見せない、俺だけの彼女の顔。これが、彼女の本当の「ギャップ」だ。
「いい加減、みんなの前で名前で呼んでよ。あと、手! 繋いで!」
言うが早いか、彼女は俺の右手を掴み、自分の指を絡ませてくる。その、少しだけ冷たい指先の感触に、愛しさが込み上げる。
「はいはい。……遥」
わざとぶっきらぼうに名前を呼んでやると、彼女は「んー!」と、満足そうに目を細めた。
「あとね、さっき模擬店で買ったクレープ、まだ残ってるんだけど……」
彼女は、自分の鞄から食べかけのクレープを取り出すと、「あーん」と、俺の口元に差し出してきた。
「……自分で食えよ」
「やだ! 食べさせて!」
上目遣いでねだる彼女に、俺はため息をつくふりをして、差し出されたクレープを一口食べた。生クリームの甘さが口の中に広がる。
「ん。……うまい」
「でしょー?」
彼女は、花が咲くように笑った。俺は、そんな彼女の姿を、少し呆れながらも、どこまでも優しい気持ちで見つめていた。こういう時の彼女の扱いには、もうすっかり慣れている。秘密の関係だった頃から、二人きりの時は、いつもこうだったのだから。
「これからは、堂々といちゃつけるね!」
彼女が、幸せそうに俺の腕に抱きつき直す。その温もりを感じながら、俺も、ようやく手に入れたこの自由に、心からの喜びを感じていた。
「ああ。……でも、あんまり人前でベタベタすんなよ?」
「えー、なんでー?」
「……俺が、他の男に嫉妬されるだろ」
少し意地悪く言うと、彼女は「もー!」と、俺の胸を軽く叩いた。
文化祭の喧騒が、遠くに聞こえる。
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