第41話「星降る小道と、“二人の輪郭”」

 アウローラの町を発って三日、ミサとレティアは山あいの街道を歩いていた。

 進む先は未定だった。けれど不思議と焦りはなかった。


 「次は“導かれる場所”じゃなく、“ふたりで選んだ場所”へ行ってみたい」


 そうミサが言ったとき、レティアはすぐにうなずいた。


 その日は町を出てからずっと曇りだったが、夕方近くになると、雲の切れ間から金の光が差し込み、ふたりの影を長く伸ばした。


 山道の脇にある小さな小道を見つけ、ふたりは脇道へ入る。

 途中に人の気配はなく、ただ草の香りと風の音があった。


 ふたりは言葉少なに歩いた。

 けれどその沈黙は、どこまでもやさしい。


 やがて小道の先に、小さな丘が広がった。

 そこからは谷と湖が見渡せ、空は高く澄んでいた。

 木の根元に腰を下ろし、ミサは深く息を吐く。


「……なんだか、こうしてると、すべてが少しだけましに思えるね」


「まし、か?」


 レティアが少し笑う。


「うん。きっと全部解決してなくても、今だけは“壊れてない”って思える」


 ミサの声はやわらかく、そして少しだけ弱かった。


 レティアは、そんな彼女の横顔を見つめていた。


 ミサの目元に疲労の色があることに、レティアは気づいていた。

 このところの連続する交渉が、彼女の心を確実に削っていたのだ。


 「……あんた、最近寝れてないだろ」


 ぽつりと言ったレティアに、ミサは笑って首を振った。


「ううん、寝てるよ。でも夢を見ちゃうの。誰かの声が耳に残ってて、なかなか“私自身”に戻れないの」


 レティアは黙って、そっと自分のマントを広げた。


「なら今日は、ここで寝ろ。何も考えず、何も背負わず、ただ“私の隣”で」


 ミサは驚いた顔をした。

 でもすぐに、彼女の目に小さな涙が浮かぶ。


「……いいの?」


「当たり前だろ。私はあんたの剣で、盾で、羽だ」


 ミサは、そっとレティアの肩に身を預ける。

 ふたりの影が重なる。

 静かに、でも確かに。


 夜、星が降るように広がった。

 ふたりはマントにくるまって、並んで空を見上げていた。


「レティア……」


「ん」


「わたし、ずっと“誰かに選ばれる”ってことに憧れてたんだ。仕事でも、家族でも、“誰かの必要な存在”になりたくて、でも結局、選ばれなかった」


 星を見ながら、ミサはぽつぽつと言葉をこぼす。


「だから、転生してからも、“誰かの役に立たなきゃ”って……そうしなきゃ、私には存在する価値がないって、思ってた」


 レティアは、ミサの手を取った。


「私は、選んだよ」


 ミサは、驚いてレティアを見る。


「ミサ、あんたは“必要だから”じゃない。

 あんたがあんたでいることが、私にとって、たったひとつの意味なんだ」


「……わたしが、ただいるだけで、いいの?」


 レティアは頷いた。

 それは言葉ではなく、確信そのものだった。


 ミサは、涙があふれるままにレティアに抱きつく。


「……ありがとう。生まれて初めて、こんなふうに言われた」


 レティアは、その背をしっかりと抱きしめた。


「何度でも言う。私はあんたの全部を、抱きしめたい」


 その夜、ふたりは眠るまで寄り添っていた。

 触れ合う手。

 感じる体温。

 言葉にできない安堵。


 そして、心に描かれる未来の輪郭——それは、もはや“独りでは描けない景色”だった。


 翌朝。

 陽光が草原を照らし、鳥がさえずるなか、ふたりはまた歩き出す。


 今度の旅先は未定。

 けれどふたりの間には、“選ばれた理由”ではなく、“選び合った絆”が、確かに芽生えていた。


 ミサの交渉は、世界に対して続いていく。

 でもこの時ばかりは、彼女はひとりの“女”として、誰かと共に生きる道を踏み出していた。


(つづく)

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