第4話「魔法の才能、制御不能」

 初めての護衛任務を成功させてから三日。

 ミサとレティアは、毎朝ギルドの訓練場で顔を合わせるようになっていた。


「よし、今日は魔法の制御訓練よ。ミサ、準備はいい?」


「う、うん……たぶん」


 ミサは不安げに杖を握る。ギルドで貸与された木製の杖は軽くて使いやすいが、いざ魔法を使おうとすると、どうしても緊張が走る。


 魔法は“感情”に連動するものらしい。特にこの世界では、魔力とは“想い”に近い概念で、思考と感情が混ざることで発動するのだという。


「まずは、火の初級魔法フレアを撃ってみて」


「うん……えっと、えっと……」


 ミサは深呼吸し、魔力を集中する。


「《火よ、燃えろ——フレア!》」


 杖の先が淡く光ったかと思うと、勢いよく炎が噴き出した。

 それはまっすぐ標的に向かって飛び、的の脇に設置されていた藁束を――盛大に燃やした。


「きゃああああああっ!」


「って、バカ! そっちは燃やすなって言ったでしょ!」


 レティアが走ってバケツを手に取り、水をぶちまける。ぱしゅんという音と共に、あたりには蒸気が立ちこめた。


 ミサは真っ青な顔で、ただ立ち尽くす。


「ご、ごめんなさいっ……!制御が、全然……!」


「はぁ……でも、魔力の出力は悪くない。むしろ、かなり高い方だと思う」


 レティアは額の汗を拭いながら、真面目な顔になる。


「たぶん、魔法の才能自体はかなり上。だけど、それを“扱う経験”がない」


「うん……自分でも、感情が入ると暴走する感じがある。怖くなって、手放せなくなって……」


 ミサは自分の胸に手を当てて、苦しげに笑った。


「なんだか、前の自分と似てるなって思うの。仕事でも、無理して無理して、壊れるまで走り続けて……」


 レティアは黙って聞いていたが、やがて言った。


「そういう過去があるなら、なおさら、自分の力を“信じる訓練”をしないとね」


「……自分の力、か」


「ミサ、あんたは強い。でも、もっと“自分の感情”と向き合って」


 そう言って、レティアはにっと笑った。


「じゃなきゃ、私みたいなタイプに振り回されちゃうよ?」


「えっ」


「えっ、じゃないわよ。これからだって、私と一緒に色々乗り越えるんだから」


 その一言に、ミサの胸がふっと熱くなった。


***


 訓練の後、ミサはギルドで受けた“簡単な納品依頼”の荷物を届けるため、街の南端へと足を運んだ。

 行き先は小さな孤児院。ギルドが定期的に支援しているらしく、今回は食料と薬品の届け物だった。


「こんにちは、ギルドからの荷物をお届けに来ました」


 扉を開けると、中から出てきたのは年配の女性と、数人の子どもたち。


「あら……まあ、あなたが新しく来た商人さん? 本当にありがとう」


「いえ、私、まだまだ新人で……」


 子どもたちは興味津々な目でミサを見ていた。


「このお姉ちゃん、すごくきれい!魔法、使えるの?」


「え、えっと……ちょっとだけなら……」


「見たい!見たい!」


 子どもたちの期待に囲まれ、ミサは困った顔で笑う。


「じゃあ……少しだけだよ?」


 そう言って、小さな火球を手のひらに浮かべて見せる。《フレア》の極小版だ。


 ふわりと空中に浮かぶ光の玉に、子どもたちは「わあ!」と歓声を上げた。


(ああ……なんだか、癒される)


 この世界で初めて、純粋な「ありがとう」をもらえたような気がした。


 孤児院を後にした帰り道、ミサは空を見上げた。


(もっと、ちゃんとこの世界で生きたいな……)


 不意に、視界の端で何かが光った。


 森の外れ、崖の上。

 黒い影が、こちらを見下ろしていた。


(誰か、いる……?)


 瞬間、視線が合った——そう感じた。


 だが、次の瞬間にはその影は消えていた。


(……気のせい、かな)


 だがそのとき、ミサの胸の奥にざらつくような“不安”が芽生えた。


***


 夜。ギルドの食堂で、レティアと二人、軽い夕食をとっていた。


「孤児院に行ってきたの? あそこは治安も悪くないし、任せてよかったわ」


「うん。すごく良い子たちばっかりだった」


「で、何かあった?」


「……ううん。ただ、ちょっと、変な気配を感じた気がするだけ」


 ミサの言葉に、レティアの表情が僅かに曇る。


「それ、もしかすると“黒き教団”かもしれない」


「くろき……?」


「最近、あちこちで不穏な動きがあるの。教団っていっても宗教じゃなくて、魔族や堕落した貴族が混ざった、裏社会の連中よ」


 レティアの目が鋭く光る。


「ユニークスキルを持つ“転生者”は、特に狙われるって噂もある」


「……っ」


「だから、もし次また気配を感じたら、すぐに知らせて。あんたが襲われたら、私が本気で怒るから」


「レティア……」


 その真剣な表情に、ミサは胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。


(誰かが、自分を“守りたい”って言ってくれるなんて……)


「ありがとう。本当に……ありがとう」


 ぽろりと涙がこぼれそうになって、ミサは慌てて笑顔を作った。


「でも、私も守れるようにならないと。魔法の訓練、明日からもっと頑張る」


「ふふ、いい心意気。じゃあ、明日は“実戦訓練”ね」


「え、また戦うの……!?」


「当然。戦えないと守れないから」


 レティアがにやりと笑う。その表情は頼もしくて、どこか優しかった。


(私、少しずつ強くなってるのかな)


 ミサは思った。


 それは、ただ力を得ることではなく、誰かを思って行動できる“心”を手に入れること。


 そして、誰かと共に戦い、笑い合う日常が、今ここにあるということ——


(つづく)

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