【三題噺】ホットパンツ魔王と雨上がりの逃走劇

本日の三題:雨上がりの水たまり、ホットパンツ、走る

ジャンル:魔王もの


 雨が止んだ午後、王都シェルガルドの石畳はまだ濡れていた。

 空は少し明るくなり、陽が射しはじめた。だが、空気はまだひんやりと湿っていて、路地裏にはあちこちに雨上がりの水たまりができていた。

「ちょっと! そこどいてっ!」

 鋭い声が響くと同時に、水たまりが跳ねた。金色の髪を乱しながら、少女が駆け抜けていく。

 片手に大剣、もう片方には焼きたての肉まん。見るからに戦闘スタイルの彼女の服装は、戦乙女らしい鎧ではなく、黒のホットパンツにタンクトップという、限界突破の軽装だった。

 「魔王だ!! 魔王が逃げてるぞ!!」

 通行人たちの叫びが追いかけてくる。

 そう、この少女は“魔王”である。正式名称:第七代 魔王アイリス・ヴァレンタイン・ダルク。称号:恐怖の嵐、灼熱の魂、王都ビーフまん愛好家。

「なんで! なんでこんな目に!!」

 彼女は石畳を蹴りながら走った。

 朝起きて、ちょっと肉まんを買いに外出しただけだ。それなのに王都騎士団が総動員されて大追跡劇になった。

「パンツじゃないもん!ホットパンツだもん!!!」

 走りながら叫ぶアイリス。市民は逃げ惑い、兵士は追いかけ、天気はまるで彼女の気分のように目まぐるしく変わっていく。

 だが、彼女がただの脱走魔王でないことは、数秒後に明らかとなる。

「追いついたぞ、魔王アイリス!ここでおとなしく——」

「するわけないでしょぉぉぉぉぉ!!」

 叫ぶや否や、彼女の背から燃える魔力が爆ぜた。

 水たまりが熱気で蒸発し、空気がビリビリと震える。

「火の主よ、狂い咲け——《インフェルノ・ルージュ》ッ!!」

 魔王が叫びと共に放ったその魔法は、直径10メートルの爆裂火球となり、追っ手の騎士団ごと市街地を焦土にしかけた。

「アホ!アイリス様アホ!逃げる時にぶっぱする魔王がどこにいるんですか!」

 すぐ後ろで追走していた執事服の少年が、涙目で叫んだ。

「うっさい!!こちとら肉まん冷めるのがいっちばん嫌いなんだよ!!」

「それが理由!??」

 水たまりを次々に飛び越え、魔王とその従者は走り続ける。

「なんでこうなるの……」

 アイリスはふと、水たまりに映った自分の顔を見た。少しだけ、少女のような表情をしていた。

「ねえ、シオン。やっぱ、魔王ってさ、ダメなのかな」

「……似合ってますよ。たぶん世界で一番」

「それ、褒めてないでしょ」

「褒めてますよ。……僕は、アイリス様が走って逃げてても、ホットパンツであろうと、魔王だろうと、絶対に見捨てませんから」

「……バカ」

 ふたりは、走る。

 水たまりを蹴り上げ、陽射しの差す通りを駆け抜ける。

 魔王と従者の、ちょっとおかしくて、でも誠実な逃走劇。

 その足音は、王都に新しい伝説を刻みつつあった。

「よっしゃあ! 逃げ切ったら今夜は肉まんパーティーだぁ!!」

「……また走らされる未来しか見えません」


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