【三題噺】白黒のまま残された願い

本日の三題:モノクロ写真、図書室の机、叶わなかった夢


 図書室の奥にある、使用禁止の書庫には、もう何年も人が入っていない。

 春休みの補習を受けにきたナツキは、なぜか図書室の先生に頼まれて、その整理を手伝うことになった。

 使われなくなった机、色あせた百科事典、破れた地図。そんなものたちの中に、ひときわ古びたノートが挟まっていた。

 それと一緒に、一枚のモノクロ写真が落ちた。

 旧校舎の一角。割れかけた窓辺に、笑っているひとりの女の子。セーラー服、肩までの髪。今ではもう取り壊されたあの建物を、彼女は背景にしている。

 ナツキはその場にしゃがみ込んで、ノートを開いた。

 そこには、詩のような文章と、日記のような記録が交互に綴られていた。

『昼休み。誰もいない図書室。風が静かに本をめくる。 』

『今日も机の上で、物語の続きを考えている。』

『いつか、誰かの心に届くお話が書けたらいいな。』

「……この人、小説家を目指してたのかな」

 日付を見ると、30年以上も前のものだった。

 名前は書かれていない。ただ、“B組の図書当番”という一文があった。

 ナツキは、写真をもう一度見つめる。

 その笑顔は、不思議と印象に残った。懐かしいような、でも会ったことはない誰か。



 翌日、ナツキは再び書庫に向かった。

 ノートの続きを読んでみたかったからだ。

『今日はうまく書けなかった。放課後にまた来よう。』

『机の引き出しに、夢の続きをしまっておく。』

 その記述を読んで、ナツキは顔を上げた。

 引き出し——。

 この机の?

 恐る恐る引き出しを開けると、底の板がわずかに浮いていた。

 指先をかけて持ち上げると、そこにはさらにもう一冊、ノートが隠されていた。

 中には、書きかけの短編小説。  登場人物の名前は、“ナツキ”だった。

「……え?」

 ページの最後に、こう書かれていた。

『もしこの物語を読んでくれる人がいるなら、あなたが続きを書いてください。』

『わたしの夢は、ひとりきりでは終われなかったから。』

 胸が、強く締めつけられる。

 ナツキは、物語を書くのが好きだった。  でも、誰にも言えなかった。言えるほどの勇気がなかった。

 だから、彼女の“叶わなかった夢”が、自分と重なって見えた。



 それからナツキは、空いた時間を使って、少しずつ物語の続きを書き始めた。

 彼女の文体を真似て、彼女が想像した世界の続きをなぞるように。

 はじめは筆が進まなかった。でも、いつのまにか夢中になっていた。

 やがて春休みが終わる頃、ナツキはノートの最後のページに、こう書いた。

『これは、ふたりで書いた物語です。』

『遠くにいても、時間が離れていても、あなたの夢はここにあります。』



 新学期。

 図書室の入口に、新しく一冊の文集が並べられていた。

 題名は『夢の続きを知っている』。

 著者の欄には、二つの名前。

 “図書当番”と、“ナツキ”。

 ページをめくると、白黒写真が一枚、挟まれていた。

 そこには、今はない旧校舎と、遠い夢の続きを笑うような少女の姿。

 ナツキは、図書室の窓辺に座りながら、次の物語のことを考えていた。

 ——彼女の夢の続きを、まだ見つけられる気がしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る