「きみは幸せでしたか?」いえ、あなたのことが嫌いだ。
めんだCoda
第1話
あなたのことが嫌いだ。
目線を斜め下に落とし、ゆっくりとだがハッキリと、そう言われた。
水葉はスマホのアプリの中にある大量の写真を日付順に遡っ見ていく。水葉が座っている縁側は昨日までの雨天とは打って変わって今日はポカポカと温かい。庭の木々には雨が残した雫がしたたり濡れた木々を艶かしくみせる。
息子が今度結婚をするというので、結婚式に使う息子の子どもの頃の写真を選んでいたのだ。
問題は写真のデータがたくさんあり過ぎて見るのに時間がかかりすぎることだ。
1人では決められないと水葉は短くため息をつき、一休みにとスマホを膝のうえに置く。
息子に選ばせようかな。
そう考えながら水葉は両手を背中後ろで組み伸びをする。
写真のアプリには家族が自由にアクセスできる。にも関わらず息子が自分で選ばないのにはわけがある。面倒くさいと口では言っていたが、本当は私に選んで欲しいからだ。何でもかんでも嫌だと反抗する時期はあったけれど、結局は母親である私のことを頼りにしているのだ。
結婚式まであとどのくらいだったかな。写真を選ぶのに時間がかかるって伝えておかなきゃ。
水葉は温かく居心地の良い縁側にまだいたい気持ちをどうにか抑え、息子に連絡しようと立ち上がる。
そのとき、ピンポンとインターフォンが鳴った。
誰かしら。
水葉はインターフォンを確認しに行くとそこには息子の顔がうつっていた。
ちょうど良かったわ、ナイスタイミングじゃない。
水葉は玄関へパタパタと小走りで向かい玄関を開け笑顔で息子を迎え入れる。
久しぶりね。どうしたの?ちょうど私も伝えなきゃいけないことがあってね。写真たくさんあって決められないのよ。どれにする?ちょっと一緒に見てくれない?
水葉は一気にまくしたてるように話出す。まるで久しぶりにひねった蛇口から出る水のように。
息子は黙ったまま俯いている。表情は暗い。
水葉は心配になり結婚相手と何かあったのかと尋ねようとした。そのときだった。
もうやめてくれよ。迷惑なんだよ。関わってこないでくれ。
息子が顔をあげ鋭く光目をこちらに向ける。
そんな睨みつけないでいつもの形の良い綺麗な目で見てくれたらいいのに。アーモンド型した息子の目は私のお気に入りなのに。
水葉はそんな目で見ないでと伝えようとしたところ、
俺は写真も頼んでいない。必要としていないから。頼むから関わってこないでくれ。あなたのスマホに入っている写真は好きに使ってもらっていい。
それだけ言いにきた。もう帰る。ここにはもう来ない。さようなら。
唖然とした水葉を玄関先に残し、息子はくるりときびすを翻し、背中を向け去っていく。
何か言わなきゃ・・水葉は口を開けかけたとき、
息子が振り返り、
あなたのことが嫌いだ。
そう言われた。
水葉は息子に向かって伸ばしかけていた手をゆっくり下におろし、息子が去っていく姿をただ静かに見ていた。
水葉はまた先ほどの縁側に戻り静かに座る。スマホを手に取りまた写真を見返す。
そこには息子の幼い頃の写真がたくさんあった。この縁側に座布団をひいてその上でゴロンと寝かされている赤ちゃんの息子。私とニコニコとくつろいで座る息子。一緒にお菓子を食べる息子。縁側から降りて靴を履いて庭で遊ぶ息子。同じような写真が何枚も入っている。
だがそれ以上の写真はない。
離婚したからだ。夫は息子を連れて再婚し、以来息子とは疎遠だった。
ある日街へ買い物へ出たときに息子と夫に会った。いつぶりかと懐かしくなり息子に声をかけ話したのだが、どうやら息子が結婚すると言うではないか。息子の側に立っている女性が結婚相手だとか。水葉はそれならばと急いで帰宅しはりきって息子の写真を選び始めた。
母親だった水葉の家から帰り道、息子は重く長くため息をつく。
父親と離婚した母に久しぶりに会ったときは驚いた。記憶にあった母親とはだいぶ印象が違った。ずいぶん小さくなっていた。
それから、まさか自分の子どもを自分と間違えるとは思っていなかったほどに。
母親がこの前会った息子と勘違いした相手は自分の子どもで母親である水葉からみれば孫にあたる存在であったこと。水葉は息子の結婚式と勘違いしているようだった。会っていない何月の重さを感じさせた。
息子は夕焼けの空を見上げる。
水葉は縁側に座りまたスマホに手を伸ばす。写真を人差し指でスライドしながら夕焼けを見上げる。その口元は微笑んでいた。
あなたは幸せでしたか?
「きみは幸せでしたか?」いえ、あなたのことが嫌いだ。 めんだCoda @syala
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